表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/76

5.熊嵐

 ラティエの金切り声を聞くやいなや、ルークは右方向へ素早く寝返りをうった。

 ドンッという大きな音と共に、側で爆弾が爆発したのかと思う程の振動と風圧を感じた。僅かにスカートの左裾を引っ掻けてしまった感覚もする。


 ルークは顔を拭い、目をしょぼつかせつつも何とか開く。舞い上がった土埃が、落ち着いてきているところだった。


 先ほどまで自分がいた場所には、丸太2つ分はあろうかという程に太い熊の腕が、地面に突き立てられていた。


 他の二人は無事だろうか?

 素早く周辺に目をやると、四つん這いの熊のすぐ側で、こちらを見て固まっているバァンと、目に涙を溜めて震えるラティエが見付かった。


「二人共、あぶな……!!」


「ル、ルークさ……それ……」


 ただならぬ二人の視線を辿り、自身の足元を見てみると、少し引っ掻けたと思っていたスカートの左側は、チャイナドレスのスリットの様に破れ、左の太ももは上から下までぱっくり裂けてしまっていた。

 そしてそこから、おびただしい量の血が流れ落ちている。


「っ……!」


 不思議なもので、傷口を見てやっと激痛を感じた。


「ヒ、ヒーリング……」


 早く回復魔法を唱えて止血しなければ。

 しかし、激痛のせいで上手く集中できず、思うように傷が塞がっていかない。


 熊は近くにいるバァンとラティエには目もくれず、ルークのみを見据えている。


「クソ!そうはさせるか!!」


「ファイアもおまけ致しますわ!」


 バァンが斧を振りかざし、勢い付けにラティエが炎を絡ませる。

 しかし、発達した筋肉は防御力にも優れており、斧の刃は岩に当たったかのように弾かれた。

 炎も、他の動物達と違って大した反応は見られない。


 ルークに近付こうと、熊が体勢を変える。


「ルーク!死んだふりだ!死んだふりをしてろー!!」


 バァンが熊へ手当たり次第に斧をぶつけながら、今までに無い程に必死に叫ぶ。


「ダメだバァン、それは効果ないんだ!

 一番良いのは大きな生き物と勘違いさせる事なんだけど……」


 昔、テオおじさんから教えてもらった記憶が呼び起こされる。熊の習性か、ルークに完全に執着しているようだ。


「でもでも!こんな怪物より大きくなんてどう頑張っても無理ですわ!」


 ラティエがそう言いながら、氷の刃を熊へぶつける。背中のトゲを何本か破壊したが、それでも熊は怯まない。


「コノヤロー!!止まりやがれ!!」


 自分が注目されていないのを良いことに、バァンは前へ出て熊の眼球めがけて斧を振る。

 熊の右目が大きく裂け、近くにあった木の幹が赤く血で染まる。

 熊は不気味なうめき声を上げ、うずくまった。


 この隙にバァンとラティエは、ルークに駆け寄った。まだ回復魔法を唱え続けていた。

 どうにか血は止まっていたが、痛々しい傷口はまだ完全には癒えていない。


 熊の腹部が、荒い呼吸のために激しく動いていたが、次第にそれが落ち着いてくる。








(勝てたのだろうか?)


 三人は遠巻きに様子を見ていた。

 しかし、その期待と予想は裏切られた。


 熊は突然ガバッと二本足で立ち上がる。パーティの中で一番体格も身長も大きなバァンが小さな子ども並に見える。

 そして三人は、動揺せざるを得ないものを見る。


 潰れたはずの右目が復活していた。


 熊は歯を剥き出し、二足歩行のままこちらに向かってきた。両腕を高々と振りかぶる。


 バァンとラティエは、ルークを守るように前へ出た。

 ルークは自分ばかり狙っている事を利用して、どうにか他の二人に攻撃のチャンスを作ろうと、歯を食い縛り立ち上がった。

 力を入れると傷口が微妙に開いてくるのか、痛みが強くなり、血が滲んでくる。


「ぐっ……!」


 ルークの顔が苦痛で歪む。

 一瞬気を取られたその時だった。







「きゃあ!!」


「うおお!!」


 ラティエとバァンの悲鳴でハッと前を向く。


 二人は薙ぎ払われ、左右それぞれに吹っ飛ばされいる瞬間だった。

 ラティエは木の幹に、バァンは大きな岩に、背中や頭を強く打ち付けた。

 二人の口と額から血が流れ落ちる。


「バァン!ラティエ!!」


 ルークが仲間へ気を向けた瞬間を、熊は見逃さなかった。

 ルークの喉笛を狙って、熊の顔が近付いてくる。


 ルークは反射的に左腕でそれを庇った。

 前腕部に、サーベルタイガーの様に発達した犬歯が食い込む。

 メキメキと骨が砕ける音がしたかと思うと、そのまま乱暴に腕を引かれた。


 ルークの左肘から下が消えた。








「あ───────────」








 獣の咆哮の様なルークの悲鳴が、渓谷中に響き渡る。


 そのまま気を失い、足元にできた血溜まりへと崩れ落ちた。


 バァンとラティエは何が起きているのか、理解するのに時間を要した。









 血塗れで倒れるルークを見て、ラティエが叫び、バァンは凄惨な光景に思わず目を背ける。


 熊はラティエの叫び声が気に障るのか、ラティエを威嚇した。

 ラティエはそれに気付かず、泣き声と叫び声が入り乱れた声を上げ続ける。


 自分が狙われている事に気が付いたのは、四つん這いの熊の胸元が、自分の視界を完全に遮った時だった。


「はひ…………」


 叫ぶ声が止まり、震えながらゆっくりと見上げる。


 血を滴らせている口元の隙間から、人間の指が見えた瞬間、ラティエの思考は完全停止した。


「ラティエー!!早く逃げろー!!」


 バァンが頭の血管を破裂させそうな程、ありったけの力を込めて叫ぶ。

 しかし、恐怖に支配されたラティエの耳には、何も届かない。

 腰が抜け、歯がガチガチと鳴り、全身が震える。


 そんなラティエを頭から丸噛りしようと、熊が口を開けて近付く。

 口から滴った血がラティエの頬をつたう。


「っきしょぉぉぉ!!!」


 バァンが転びつつ足をもつれさせながら、どうにか斧を振り上げ熊へと駆け寄る。

 ラティエの頭に熊の牙が食い込むその時、








 ヒュンと一陣の風がラティエの横を通り過ぎた。


 弾け飛ぶように、熊がバラバラの肉片になり、その血がシャワーのようにラティエに降り注いだ。


 茫然自失としていたラティエだが、熊の頭部の一部が、ごちんと頭にぶつかった衝撃でようやく正気を取り戻した。


 血にまみれている事に気付いてぎょっとしたが、目の前に土下座する様に座り込んでいるバァンを見付けると、ラティエはきつく抱き付いた。


「バァンさん!!

 バァンさん、ありがとう……助けてくださって……」


 まだ余韻が残っているのだろう。その声は震えていた。


「いや……、俺は脚しか斬ってない……」


 バァンは呆気にとられて固まっていた。


「では一体誰が───」


 すると突然、ラティエの後ろの茂みが、ガサガサと激しく動き出した。


 二人は驚きのあまり、肩をすくめてひしと抱き合った。


 落ち着いてよく見ると、人間の両足が突き出ていてバタバタと暴れている。ブーツを見ると、それはルークの物だった。


 バァンとラティエは、慌ててルークを茂みから引っ張り出した。


「ぶはっ!!ど、どうなった!?」


 ルークがキョロキョロと首を振って見回す。

 すぐに血で全身が真っ赤になっているラティエに気付き、涙をあふれさせながらぎゅっと抱き締めた。ラティエは腰が引け顔を赤らめている。


「ゴメン!俺のためにこんな怪我を……!」


「大丈夫ですわ!これはほとんど熊の血ですの。それに、ラティエはルーク様のお側にいたいから着いてきたんですのよ」


 獣臭さを気にして、ラティエはルークの抱擁を名残惜しそうに振りほどいた。


「それにしてもルークは凄ぇぜ。いつの間に身体を再生する魔法なんか覚えたんだ?

 それに、さっき熊の野郎が細切れになったのもお前の技なんだろ?」


 バァンが豪快に笑いながら言った。


 ルークはそう言われて、自分の腕を見た。

 なんと、熊に引き千切られたと思っていた左肘から先がバッチリあるではないか。


 ルークは驚いた。

 あれは夢だったのだろうか?


 しかし、血が付いた鎧と、肘から先がビリビリに破れているアームカバーが現実だった事を物語る。


 それでも、失った身体の一部を再生させる魔法など、この世には無い。いくら強力な回復魔法であろうと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ