4.第2の聖域
「加護を封印すれば、再び盲目となる。それを知っても、エテルナの気持ちは変わらなかった。
メガルダンド様が封印を施すと、エテルナは『何かあったら、その時にこの封印を解いてほしい』そう言ってそのまま行方知れずだ。
英雄の権威をもう少し上手く使えばこんな事にはならなかったのに、哀れな女だ」
「……そうか、やっぱりこの呪いは守護竜様が……」
ルークは、呪いが今の今まで解けていなかった理由に納得した。
だが一方でリレーミアは、納得のいかない表情でルークを見ている。
エテルナに施した封印は、元々メガルダンドの加護を封じ込めるだけの魔法であり、メガルダンドが使う神聖なものらしい。
それを『呪い』と呼んでいるルーク達が気に入らないようだ。
しかし、リレーミアが言う魔法の効果に加えて、違う効果が現れているのも事実である。
ルークは詳しい話が聞きたく、メガルダンドに会いたいとリレーミアに頼んだ。
しかし、リレーミアは酷く悲しい顔をし、首を横に振る。
「無理なんだ……」
三人はどういう事か尋ねた。
リレーミアの話によると、メガルダンドはレイヤカースとの戦いと、エテルナへの大掛かりな封印がきっかけで魔力が尽きてしまった為、眠りにつく事にしたらしい。それも、肉体と魂を切り離して。
肉体は、今ルーク達がいる不思議な大海原の底に。
そして魂の方はというと、ここからずっと南の方にある渓谷の滝裏の洞窟にあるらしい。そこは魔力に満ち溢れた場所で、この山とは逆の意味で聖域と呼ばれているそうだ。
こうする事で、短い期間での復活が可能らしい。
しかし数年前、復活を目前にしてレイヤカースの配下の動きが活発化。メガルダンドの魂を魔法陣の中に閉じ込めてしまったそうだ。
「あんた、レイヤカースと戦ったくらい強えんだろ?だったらその手下くらいパパッと倒せるんじゃないのか?」
バァンが楽観的に尋ねる。
「それは大丈夫だろう。だが私達が今いるこの空間は、メガルダンド様に代わって私の魔力によって維持されている。
私がこの場を離れると空間は消えてしまい、肉体のみのメガルダンド様はそのまま消滅してしまう」
「助けに行きたくても、ここを動けないんですのね……」
ルークはバァンとラティエの顔を交互に見た。二人は力強く頷く。
皆同じ気持ちを抱いている。
「渓谷の場所の事、もう少し詳しく教えてくれないか?」
ルーク達は真っ直ぐな瞳でリレーミアを見つめた。
「……危険だぞ」
リレーミアはそう言うと、ルーク達の額に順番に指を押し当てた。
今まで行ったことが無い場所なのに、そこまでの道のりが鮮明に頭に思い浮かぶ。
「渓谷の場所、それからメガルダンド様の魂の場所を記憶に埋め込んでおいた」
「凄ぇな、まるで昔から知ってる所みたいだぜ!」
バァンが額に手を当てて感動している。
「レイヤカースの配下に感付かれると厄介だ。渓谷まで直接送る事はできないが、近くまでは転移ゲートを作ってやる」
リレーミアはそう言うと、手をパッと一度払った。その場の空間が切り裂かれ、裂け目からはゴツゴツとした岩場が見える。洞窟の中のようだ。
「すごい、校長先生はこんな事できるのかな……」
ルークはリレーミアのあまりにも高度な魔法に、ただ圧倒されるばかりだ。
ラティエも驚きのあまり、口が開いたままになっている。
「さあ、早く。魔力の気配で気付かれてしまう」
リレーミアが冷静に促す。
ルーク達はリレーミアに礼を言い、空間の裂け目へ飛び込んで行った。
ハッと気が付くと、そこは防空壕のような小さな洞窟の中だった。
長い間船に揺られていたような、独特の感覚がまだ体に残る。
洞窟の中はかつて何者かが暮らしていたような形跡があるだけで、これといって役に立ちそうな物は無さそうだ。
ルーク達は外に出た。明るい日差しが差し込む山林の中だ。
遠くからさらさらと水が流れる音が聴こえる。
目的地は滝裏の洞窟だ。飛行魔法を使いたい所だが、あれは魔力の消耗が激しく、回復道具の補充ができずにいる為、仕方なく徒歩で向かう事にした。
三人は水の音へ近付きつつ、上流へ向かう為坂道を登る。
リレーミアから埋め込まれた記憶のお陰で、道に迷う事は無いが、整備された道があるわけでもなく、青々とした草や小枝が足元を覆い隠す程に伸びきっている為、非常に歩きにくい。
先頭を歩くルークが、ロングソードで草木を伐ったり払ったりしながら進む。
人間が行き来する様子は、全く感じられない。
だんだんと滝が近くなってきているのだろう。穏やかだった水の流れる音が、ドドドと激しく大きくなってきている。
そして音が近くなるにつれ、なにやら力が沸き上がってくるような感覚がした。
それに伴い、魔力の影響で凶暴化した野生動物達が現れるようになった。アクストゥアの古城周辺の魔物が、魔力によって活性化したり変異していたのと似た現象である。
野うさぎや鹿が、こちらと視線が合うなり血走った目と歯を剥き出して襲ってくる。
幸い、野生動物の本能か、炎の魔法を軽く見せ付けるだけで逃げていってくれた。
しかし、どんなに追い払っても、次から次へとやってくる。おそらく、この動物達のせいで誰も人が立ち入らないのだろう。
魔物避けのランプも、明るいせいだろうか、効果が感じられない。たまらず三人は草や木に身を隠すようにして進んだ。
その時だった。
ルーク達のすぐ側で、バキバキバキバキッと木を薙ぎ倒す時のような音がした。
音の方を見てみるとそこには、肩や背中に黒光りする歪なトゲを生やした巨大な熊が、大きく発達させた醜悪な爪を、自身と同じように巨大な木に押し付けていた。熊が魔物化しているようだ。
一目見て、ちょっかいをかけていい相手ではないことが分かる。
木が押し倒されそうな程の勢いで爪を研ぐ、その音に紛れながら脇を通り抜けようと、三人は低くした姿勢を更に低くし、地面に寝そべらんばかりの体勢をとった。
しかし、早く通り過ぎたいという焦りから、動きが雑になる。 熊は草の動きから何かしらの気配を感じとったのだろう、爪とぎをやめ、辺りを警戒しはじめた。
ルーク達は動くのをやめ、じっと息を潜めた。
ルークは位置関係のせいで、熊の姿が見えない。
左横後ろから、重たいものが草を踏み潰す音と、ふごふごと鼻息が聞こえる。
姿を確認したいが、迂闊に頭を動かすと、頭周辺の草の揺らめきで気付かれる可能性がある。
じわじわと冷や汗がにじみ出てきて、髪の毛が肌に貼り付く。額の汗を拭いたいが、腕も当たり前だが動かせない。
バァンとラティエには熊が見えているだろうか?後ろの様子が気になって仕方がない。
その時──
(痛い!?)
急に目を開けていられなくなった。
額の汗が流れ落ち、目に入ってしまったようだ。
擦りたい気持ちをぐっとこらえ、ぎゅっと目を閉じる。
(頼む、早く通り過ぎてくれ……!!)
今まで生きてきた中で、これ以上無いほど天に祈りを捧げた。
息が苦しくなってきた。無意識に呼吸を止めてしまっていたのだろう。
呼吸を整える為、フッと軽く息を吐くと、
「ルーク様危ない!!」




