2.下り坂のその先は
下り坂は、今までの道のりと比べると緩やかで、まだ歩きやすい。
少し休憩をとると、ふらふらのラティエとルークもどうにか気力が回復してきた。
しかし、しばらく道なりに進んだ最終地点は、洞窟ではなく、左右を岩壁に囲まれた崖であった。
「ごめん、二人とも。俺が楽をしようと思ったから……」
ルークは咄嗟に謝ったが、疲れているのはルークだけではない。二人ともルークを責める事はなかった。
「大丈夫ですわ、ルーク様。ラティエだってあの時、登り道は嫌だなって思ってましたから。さ、早く戻りましょう」
ラティエがルークの手をとり、元来た道を歩きだしたが、それをバァンが呼び止めた。
「二人とも、こっちに来てくれ。この先に何かありそうだぜ」
バァンは右端の崖っぷちと岩壁が重なった部分に立っている。
「バァン、危ないぞ」
「まあまあ、見てみろよ」
バァンに促され、ルークとラティエも覗いてみると、そこには岩肌にあるちょっとした段差のような細い細い道があった。人が一人、壁に張り付いてなんとか通れる程の小さな出っ張りだ。
道を目で辿ると、幹のように太い世界樹の根と岩肌が複雑に絡み合ってできた、縦長の亀裂と呼んだ方が適切な穴があった。当たり前だが、中は真っ暗でまだまだ奥行きがありそうだ。
「な、いかにも何かありそうだろ?」
バァンは得意気に言うが、ルークとラティエには気掛かりな事がある。
「ええ、何があるか確かめたいとは思いますけど、ラティエとルーク様はともかく、バァンさんはあの隙間に入れますの?」
「まー何とかいけるだろ。人はギリギリ通れそうだしよ」
バァンはあっけらかんと答えた。
どちらにしようが、ここに置いてはいけない。三人は岩壁に張り付いて、摺り足で小路をつたい歩く。
ルーク達が来た方角とは真反対なのだろう。足元の遥か下は、枯れ木の森ではなく、雪混じりの草原が広がっている。崖は少し傾斜があるため、例え足を踏み外したとしても、滑り落ちるだけで死にはしないだろうが、大怪我は免れないだろう。
出来るだけ下を見ないようにしながら、慎重に足を運んだ。
例の亀裂は、近付いてみると意外と大きく、中は体格が一番良いバァンが少しだけ狭く感じる位の余裕はあった。
外からの光は入り口以外からは届いておらず、少し進むとすぐに見えなくなってしまった。
「そうだ、ランプ……」
ルークはそう言ってあの魔光石のランプを点けてみた。
昨夜と比べると明るさが半減しているようだが、それでもこの穴の内では充分だった。
「古いから効果切れ間近とかじゃないのか?」
「バァンさん、魔光石の明かりは半永久的ですわよ」
「聖域のせいか効果が弱くなってるけど、魔法道具の類は一応使えるみたいだな」
ルークは胸を撫で下ろした。
穴の中も、極太の世界樹の根があちこちに、蛇が絡まるように張り巡らされていた。たまに道が極端に狭まっている所があり、バァンの鎧がつっかえたりしながらも何とか奥へと進む。
「守護竜様って聖域の洞窟から出て来られたんですのよね……。
守護竜様ってこんな狭い洞窟から出入りするくらいお小さいのかしら……」
ラティエが不意に呟いた。
「竜だって中には小さいのはいるだろ?気にする事ぁ無ぇだろ。それに、ここが違うならまた別の所を探すだけだぜ」
バァンが前向きに答えるが、ラティエは納得行かないという顔だ。ルークの顔にも嫌な汗が浮かぶ。
「そもそも『聖域』と呼ぶ場所がここ以外にもあったとしたら……?」
ルークの言葉に、バァンとラティエは心臓がギュっと鷲掴みにされたような気分になった。
もしもルークが言った事が本当ならば、この山に来たことそのものが無駄足になる。
もう魔女の屋敷は燃やされてしまった為、また手探り状態で手掛かりを探さなくてはならない。フィグゼーヌ王国の隊長であるヴォーマに目を付けられている以上、この国での情報収集はスムーズには行かないだろう。
その為、守護竜そのものには会えなくとも、それに関する何かしらの手掛かりは、何としてもここで見付けておきたい。
祈るように進んでいると、円形に拓けた空間が現れた。その中央には、いかにもという雰囲気で、6枚羽根の真っ白な天使像が鎮座していた。
この場所には、天使像以外に調べられるものは無さそうだ。隠し通路があるなら別だが、特に分かれ道も見当たらない為、三人はあからさまに怪しいこの場所を徹底的に調べる事にした。
「この像の下に道があったりしてな」
そう言ってバァンは、像を押したり引いたり持ち上げたりしたが、全くびくともしない。
「じゃあ像のどこかに仕掛けがあるのかもですわ!」
今度はラティエが、乱暴に像を触り始めた。
「ラティエ、壊すなよ……!」
ルークが不安気に言いながら、何気なく像に触れた。その瞬間、なんと像が眩く輝き出した。
周りが見えない程に白く包まれ、三人はたまらず目を閉じ、顔を覆う。
しばらくして、光が弱まってきたところで、ゆっくりと瞼を開いた。
そこは、もう洞窟の中ではなかった。




