12. 空への逃避行
「お前達、手出しはするなよ」
ヴォーマは周りの兵士達へ指示すると、兵士達は敬礼で答える。
しかしルーク達は挑発を受けても、ヴォーマの隙のない構えと威圧感のせいで動けないでいた。
動いた瞬間に負ける、そんな気がして仕方がなかった。
「どうした?来ないならこちらから行かせてもらうぞ!」
ヴォーマが思い切り踏み込み、一気に距離を詰めてきた。
ギロチンのように剣がルーク目掛けて振り下ろされるので、ルークも剣で受け止める。
特注品の武器なだけあり、鉄の塊を受け止めても折れずに持ちこたえているが、武器同士の重さの差がありすぎて、じわじわとルークは追い詰められていく。
ヴォーマがルークに気を取られているのに乗じて、バァンがヴォーマの武器を持つ腕目掛けて斧を振り下ろす。
ヴォーマはそれに気付き、素早く力の方向を変えてルークの体勢を崩させたと思えば、バァンの方を向いて攻撃を受け止めた。
「兄貴……!何でだよ!何でこんなこと……!!」
「フィグゼーヌを最強にする為だ!」
そう言ってヴォーマはバァンを押し返す。あまりの力に、バァンはバランスを崩して尻餅をついてしまった。
「私はアクストゥアを!そして自身の家の事しか頭にない父親達を許さない!」
10年前のある日、ヴォーマは取引先への顔見せを兼ねて父親に同行し、フィグゼーヌ王国に滞在していた。
戦争が勃発するかどうかの緊張状態だったが、何もない今のうちにという父親の判断だったそうだ。
だが結局、戦争は始まってしまい、帰国途中に運悪く激戦に巻き込まれ、父親とはぐれてしまった。
その時に、アクストゥアの兵士と共に捕虜として捕えられ、処刑を待つだけの身になっていたが、捕虜の中で唯一の子どもであった彼を哀れに思ったフィグゼーヌ王に助けられたという。
その後、生家での英才教育のお陰か、魔法の腕を見出だされ、あれよあれよと魔法剣士隊隊長までのしあがったそうだ。
「フィグゼーヌの人々は親父と違い、私を子どもであり、一人の人間として向き合ってくれた。そのお陰で、自分の家庭が歪だったと気付いたんだ」
ヴォーマは口角をニヤリと上げつつも、眉間を怒りで歪ませる。
「一年程前だったか……私は別れを告げる為に親父達に会いに行った。そしたらあいつは何て言ったと思う?」
あまりの威圧感に、ルーク達は何も答えられない。
「『商会の事はどうするんだ?』とさ。
行方不明の息子が帰って来たにも関わらず、だ。
もう少し生還を喜んでいたなら、家に戻る事を多少は考えたんだが、実に残念だよ」
怒りに染まる表情だが、その瞳には悲しみが宿っているように見えた。バァンは知らない間に、家でそんなやり取りがあった事に驚いた。
そしてヴォーマは家族を捨てて以来、命を助けてもらった恩を返したいと、フィグゼーヌ王の為に働いてきたそうだ。
フィグゼーヌ王国が最強の国として世界を統一すれば、戦争が無くなり、世界が平和になると考えているらしい。
「そんな思い通りに行くと思うのか?」
ルークは警戒の糸を張りつめたまま、ヴォーマに尋ねる。
「できるさ、魔物の力を使えばな!」
「魔物だって!?」
なんとフィグゼーヌ国王お気に入りの宰相が、太古に廃れた魔物を使役させる技術を復活させたらしい。この技術を足掛かりに、世界統一を成そうと言うのだ。
そして最近、強大な力を持つ魔物が発見されたので、近々ヴォーマは兵を率いて遠征するそうだ。
「そんな上手く行くわけが――」
「どうだバァン、お前もあの親父に散々振り回されて来ただろう。家を捨て、私に協力するなら命だけは助けてやるぞ」
ヴォーマはルークを無視してバァンを見下ろす。
バァンは身体を震わせてただうつむくばかりだ。
「兄貴……。家で雑に扱われてた俺を、兄貴だけは優しくしてくれたよな……」
勝ち誇った笑みを浮かべるヴォーマ。陰った顔に、白い歯が不気味に光る。
ルークとラティエは迂闊に動く事ができず、ただ成り行きに身を任せるしかなかった。
「でも、今の兄貴に協力するのはお断りだね!!!親父の事は同意だけどな!!」
バァンはそう言って、足でヴォーマの足元目掛けて足払いした。
ヴォーマはバランスを崩すが、巨大な剣を支えにして持ちこたえる。
「バァン!」
その隙に起き上がったバァンが、急いでルーク達と合流した。
「残念だバァン、今ここで反逆の芽として摘み取ってくれる!」
ヴォーマは、左の籠手に埋め込まれた紫色の宝石を高々と掲げた。
すると、赤紫色のもやが立ち込め、そこから様々な武器を持ったスケルトンの群れが現れた。
「この力さえあれば、どんな魔物も意のまま!フィグゼーヌ王国は最強の国となる!」
ヴォーマがルーク達に向かって指差すと、スケルトン達がユラユラと揺れながら、あるいは持っている武器を滅茶苦茶に振り回しながら向かっていく。
ルーク達は心臓が押し潰されそうな程驚きつつも、スケルトン達の攻撃をいなしていく。
一体一体は動きも遅く脆い為、ちょっと武器や魔法をぶつけるだけで簡単に崩れる。
しかし、数分後には全て元通りになってしまう上に、ヴォーマの横やりが入る。
ヴォーマの一撃を抑えている間に、スケルトンの攻撃が当たる等が原因で、ルーク達はどんどんと消耗していった。
「うう、回復する隙が……」
ルークは、血が滲む汗を拭いながら呟く。
ラティエもバァンも消耗が激しく、限界が近い。このままヴォーマと戦い続けるより、どうにかして逃げ出した方がよさそうだ。
「ほうら、どうした!?固まっていると危ないぞ!?」
ヴォーマがスケルトンの群れに紛れさせながら、再び衝撃波を飛ばしてきた。
「うわ!!!!」
それはルークに当たり、派手な音を立ててルークの鎧右半分を砕いてしまった。
「ルーク大丈夫か!?……あ!!」
バァンが慌てて目を逸らす。
ルークは咄嗟にバリアを張ったお陰で負傷は免れたが、鎧が砕けた際に下の衣服まで破れたせいで、右の胸が露わになってしまっていた。
動揺するバァンだが、それはヴォーマも同じだった。
「な……、あ……」
その時だった。ガタガタと大きな音をたてて魔女の屋敷が崩れ落ちた。
柱が燃え尽きてしまったのだろう。長年積もりに積もった埃が、炎と共に舞い上がり、煙幕のように辺りを覆う。
兵士達の狼狽える声が聞こえる。スケルトン達もどうしていいか分からず、ユラユラと揺れているだけだ。
「何だか知らないけどチャンスだ!!」
ルークはこの隙に乗じて、バァンとラティエの腕を掴み、覚えたばかりの飛行魔法で遥か上空へ高速で飛び上がった。無我夢中だった。
ヴォーマの部隊は、飛行魔法を使える者がいないらしく、追ってくる様子は無い。
「た、隊長殿……!」
「くっ……!私としたことが……」
ヴォーマはルーク達が去ったそらを、魔物の如き形相でただ睨むばかりだった。
「もう大丈夫かな?
……それにしてもアイツ、突然どうしたんだろう?」
「ルーク様、ありがとうございます。ラティエ達はもう自分で飛びますから、早くその……お胸を」
「え?」
ラティエに指摘され、やっと肌を露出した状態なのに気付いたルーク。アクストゥアの王様から貰った鎧が壊れてしまい、気分が沈む。
「ありがとなルーク、大丈夫だ。元通りとはいかねぇけど、ある程度なら直せる。学校で習ったろ。
……しかし兄貴の野郎許せねぇ!生きてたと思ったら、とんでもない事考えてやがって!」
バァンがなるべくルークの方を見ないようにして言う。
だが今は、あれこれ考えていても仕方がない。早く聖域と呼ばれる場所の洞窟に向かい、守護竜とやらに会うのが先決だろう。
「さて、北はどっちかな?」
寝袋を羽織ったルークが辺りを見回すが、上空の為目印になりそうな物は無さそうだ。
その時、ラティエがしかめ面をして遠くを見ているのに気が付いた。
同じ方向を見ると、遠くに山の頂上から、雲まで伸びる柱の様な物が見えた。
「あれ、多分世界樹ですわよ」
ルークが同じものを視認していると感じたラティエが、眉間のシワを指で伸ばしながら言った。
行く場所が決まった。
三人はただひたすらに、あの天を貫く柱を目指して空を進んだ。




