10.地下室大捜索
さて、ルークの治療を終え、目を真っ赤にしてむくれているラティエをなだめつつ、三人は再び魔女の屋敷の探索を再開した。
祖母の話によると、本を貯蔵しているのは屋敷の地下らしい。
しかし、一階のどこを探しても地下への階段が見付からない。
「また隠し通路なのか?ちょっとじいちゃんの部屋もう一回見てくる」
「分かったぜ。
……おいラティエー、拗ねてねーで探すの手伝ってくれよー」
バァンが台所から廊下にいるラティエに向かって呼び掛ける。
しかし、ラティエは返事もしなければ、こちらに見向きもしない。ただ一点をじっと見つめたままだ。
まだ根に持ってるままなのだろう、相手をするのが正直面倒だな、と思いつつバァンはラティエに近付いた。
「バァンさん、やっぱりここ、怪しくありません?」
ラティエは、二階へと続く折り返し階段の真下にある空間を指差した。
一番奥に木製のロッカーのような収納があるが、扉は開きっぱなしで中は空だ。
しかも、手前には本来納められていたであろう、あまり手入れのされていない掃除用具やらが、ごちゃごちゃととりあえず端に寄せただけのように転がっていて、丁寧に探索しようとはなかなか思えない場所だった。
しかし、他の場所は既にくまなく見て回った為、もうここ以外に調べる所が無い状態だ。
ルークも祖父の部屋の再探索を諦め、バァンとラティエに合流した。
三人は鎧下着の襟元部分を頑張って引っ張り、マスクのように鼻と口を覆った。
各々目配せをして決意を固めると、掃除用具の撤去を始めた。手始めに地面に落ちているホウキや雑巾、よく分からない紐を取り上げた。
すると、絶妙なバランスで姿勢を保っていた木製の収納が、勢いよく倒れてしまい、バラバラに砕けた。
目の前が霞む程の埃が舞う。たまらず三人は外に飛び出した。涙と咳がなかなか止まらない。
「ゲホッ!ゲホッ!
なんだよこれ、魔女の呪いか!?」
バァンが本気なのか冗談なのか分からない口調で言う。
そんな訳はないのだが、そう思いたくなるのも無理はなかった。
何せ埃のせいで、屋敷の周りがもやがかって見える程なのだ。皆、戻る勇気がなかなか出ない。
「うー、お風呂に入りたいですわ……」
手まで埃まみれの為、迂闊に顔を拭えないラティエが涙をぼろぼろと溢しながら呟いた。
すると、咳がようやく治まったルークが、何やら呪文を唱え出した。
「教科書で読んだだけだから、成功するか分からないけど……」
そう言ってなにやら三人の周りを覆うように光の壁を作り出した。
魔法障壁、いわゆるバリアの事で、本来は物理攻撃を防ぐ為の魔法である。
「今回は埃から身を守る為だけの魔法ですわね」
そんなルークの、一般人が使えない高度なライフハックのお陰で、どうにか元の場所まで戻る事ができた。
そこは見るからに大惨事になっていたが、ロッカーが倒れた衝撃で、脆くなっていた床下収納のような扉が壊れ、地下への階段が姿を表していた。怪我の功名とはこのことだ。
三人は喉と目に異物感を感じつつ、階段を降りていく。
地下室は、まるでここだけ時空が歪んでいるかのような空間だった。
階段に一定間隔で配置されている、気配を探知して勝手に明かりが点く仕組みの魔光石のランプは、最新の設備が揃っているであろう、お金持ちの家のバァンとラティエも見たことが無い物であった。
魔女の死から逆算すると、半世紀以上前の建物の筈なのに、魔女の偉大さがうかがい知れた。
そして、一階や外観は年代相応といった設備だったのに、階段を一歩降りる毎に、ランプの明かりが点く度にどこか別の時代に進んでいるかのような感覚になった。
階段を下りきると、突き当たりに正方形の大部屋が一つあるだけだった。
そこには天井までいっぱいの本棚や魔道具の棚、中心には大きな机と何かが書かれたままの黒板があり、さらに本棚に入り切らなかった本の山があちこちに散乱して、せっかくの広い部屋 が極狭の部屋になっていた。
「この魔道具、俺達が今使ってる物とほぼ変わらないんだな」
ルークが炎の魔法を封じ込めている魔道具を手にして言った。
「この黒板に書かれた術式、スゴいですわよ、飛行の魔法がかなり簡易的になってますわ!」
ラティエが他の二人を呼び寄せた。
飛行の魔法は、空間転移と比べるとまだ簡単な魔法だが、それでも熟練者がようやく修得しようかと取り掛かる程の難易度だ。
ルーク達の年齢で使いこなすには、かつてのジニアスのように、やる気と才能に溢れていなければまず無理だろう。
そんな難しい飛行魔法が、この黒板にはかなり簡易で効率的な術式で書かれている。
今までどうして思い付かなかったのだろう、という工夫がたくさんあった。
「すげぇぜ……これなら俺でもできそうだ」
バァンが圧倒されたように黒板を見つめた。
魔女の偉大さに感謝しつつ、三人はそれぞれ術式をメモに書き留めたり、心に刻み込んだりした。
次からの移動は、少し楽ができそうだ。
そう思いながら、ルーク達は本の調査に取り掛かった。
すると、比較的すぐに童話の本の塊が見付かった。まず読んだのは『邪竜と守護竜』という話。
『遠い昔、あらゆる魔法を操る邪な竜が、世界を滅ぼそうと魔物を引き連れ、魔界より現れました』
「これはレイヤカースの事だろうな、俺達の国ではここで話が終わってるけど……」
ルークは続きを読み進めた。
『その時、この危機を救おうと、聖域の洞窟から守護竜様が現れました』
物語はここで終わっていた。
「また途中で終わってるよな、明らかに」
ここまできて思ったような成果が出なかったせいか、落胆したようにバァンが言った。
「ここからエテルナが関わったからなのか?」
「とにかく、『守護竜様』と『聖域の洞窟』という新しいヒントが得られましたわ。まだ調べてない本は沢山ありますし、諦めずに調べてみましょう」
しかし、基本的に整理されていない本の数々から、ただ一つの目的の記述がある本を探すのは困難を極めた。
童話以外にも調べる必要が出てきた為、関係なさそうな本もとりあえず開いて中身を確認しなければならない。
疲労でうっかり重要な所を見逃してしまうと後が大変である。三人は無理せず、休みを細かく挟みながら、確実に一冊一冊本を調べていった。
幸い、風呂もトイレも魔道具の補助があれば使えそうだ。
食糧も数日分はあるし、最悪森で何か食べ物を確保すればなんとかなりそうだ。
三人はしばらくこの屋敷に滞在する事にした。




