6.あの子の手にはハルバード
その後は、ラティエを落ち着かせる為に大変な時間を要した。
何せ先程のホーテンの言葉を聞いた途端に、『やっぱり二人は付き合ってた!』『昨日の夜の話は嘘だった!』『騙された!』等と泣きながら騒ぎ始めたからだ。
それを見ていて、さらに両家の親達もどういう事かとルークに詰め寄りだして収集が付かなくなり、バァンに助けを求めても、照れてばかりで、余計に話をややこしくするだけだった。
どうにかこうにか場を収めると、明るかった外はすでに夜になっていた。
「どうして俺だけこんな目に……」
ルークが疲れ果てた顔で呟いた。
その日は、勘違いしたお詫びにと、ホーテンがルークとブランシュ親子それぞれに部屋を用意してくれたので、お言葉に甘えて泊まる事にした。
ルークは部屋のベッドに、まるで死体のように倒れた。
先程の騒ぎの最中に、ホーテンがバァンの意志を確認していたが、やはりルークと旅を続けたいと言っていた。
結婚が無しになっては、今から商会の仕事に専念しても仕方が無いという事で、バァンの旅立ちは特別に許可されたのである。
明日からはまた、バァンとの旅が始まる。
少しホッとしている自分に驚きつつ、ルークはそのまま力尽きるように眠りに落ちた。
ちなみに晩ご飯はとても美味しかった。
──そして、夜が明けた。
ルーク達は準備を整えると、ホーテン達にお礼を言い、モースの町を後にし、関所へ向かって歩きだした。
「ルーク、昨日はありがとうな、お陰で堂々と旅を続けられるぜ!」
鎧と武器を装備し、いつもの格好になったやる気充分のバァンが、歩きながらお礼を言った。
「……ところでよ」
ふとバァンはルークの向こう側に目をやった。
「何でこいつまで一緒にいるんだ?」
なんと、そこにはワンピース型の鎧を着込み、ハルバードを背負ったラティエが、ルークの腕にガッツリとしがみついていた。
「お二人がまだお付き合いされていない以上、ラティエにもまだチャンスがあるって事ですもの!当然ですわ!」
「どういう意味なの……」
ルークも困惑した。
ラティエが言うには、ルークと顔合わせの席に同席すること以外にも、旅に一緒に連れていくという約束までしていたという。
当たり前だがルークは、起きているのか寝ているのか分からない時に言われた事なので、そんな話は知らない。
しかし、親まで無理を言って説得し、装備も昨夜に大急ぎで買い揃えているラティエに、今さら『知らない』とはとても言い出せない。
その事をラティエに聞こえないように、ひそひそとバァンに伝えた。
「まあ仲間は多い方がいいよな、魔物の攻撃も分散するしな!これからよろしくな!」
そう豪快に笑うバァンの頭を、ラティエはハルバードの刃が付いてない部分で殴り付けた。
「レディを弾除けに使うおつもりですの!?最低ですわ!」
「イテテ、なんだやんのか!?」
「喧嘩はやめてくれよ……」
こうして、ラティエが仲間に加わり、ルーク達は三人パーティーとなった。
そして、ホーテンに貸出してもらった許可証で無事に関所を抜け、一行はフィグゼーヌ王国の領内へと足を踏み入れた。
関所を越えると、そこは森の中だった。
モースの町の様な寝泊まりできそうな場所は、周辺には無さそうだ。
多くの馬車や、人々が行き来しているのもあって、道は整備されているようだったので、ひとまず道なりに進む事にした。
道中は何度か盗賊に襲われた。
ルークやバァンが特注の鎧を着ているせいで、お金持ちの子どもが護衛を付けずに森の中を進んでいると思われたのだろう。
元々、関所を行き交う商人を狙う盗賊団がいくつかあるようで、襲われた回数は一度や二度ではなかった。
しかし、その盗賊を返り討ちにしたのは全てラティエだった。
「おい、ちょっと前に『弾除けにするな』って怒ったくせに、自分から向かって行ってるじゃねーか」
バァンが指摘すると、
「ルーク様をお守りするのはまた別のお話ですわ」
ラティエがどうだ、と言たげに無い胸を突き出して答えた。
挙げ句の果てには、盗賊の様な格好をしているというだけで通行人に襲いかかろうとしていた為、二人がかりで取り押さえるようにして止めた。
ラティエのジョブが狂戦士になる前に、足早に森を抜けていった。
すると、麓の方に高く高く聳える城を中心に円形に拡がる大きな街が見えてきた。
フィグゼーヌ王国の中心地、フィグゼーヌ城とその城下町だ。
その更に向こう側に、城と同じくらいの高い木々に覆われた山が見えた。
あれが祖母の言っていた山だろう。
祖母曰く、魔女の屋敷は山の中の更に隠された場所にあるとの事だった。
魔物も出ると聞いていたので、宛てもなく探すのは危険だと判断し、一旦フィグゼーヌ城下町で準備を整える事にした。
風土や売っている物は、アクストゥアとあまり違いが見られなかった。
食べ物も特に心配要らなさそうで、三人は安心した。
道具袋に回復薬等を補充すると、一行は魔女の屋敷があるという山へ向かって歩きだした。
誰も山へ入る人がいないのだろう。人の流れに逆らって進む3人組を、不審そうに見る人もいた。
山に一番近い街門は警備の兵士すらおらず、周りは壊れた木箱等が放置され、まるで手入れのされていない裏口のようになっていた。
道を少し進むと、山への入り口がすぐに見えてきた。
山の中は草木が生い茂り、木の枝が行く手を阻むように立ち並んでいた。
獣道と言えるようなものも無く、思うように進む事ができない。
木々で日の光が遮られているせいか、少し日が傾いただけであっという間に暗くなってしまった。
ルークが明かりの魔法を使おうとすると、自身の道具袋が微かに青く光っている事に気付いた。
薬草類をかき分けて光源を辿ると、それは祖父の形見のペンダントだった。
ルーク達が移動する度に光が強まったり弱まったりしている。
もしかして、屋敷に近付く程に光が強くなるのでは?と考えた一行は、光の強さをヒントに道無き道を突っ切っていった。
しかし、最終的に辿り着いたのは、どう見ても行き止まりの場所だった。木や草が密集していて、どう考えても進めそうに無い。
「屋敷、もしかしたらとり壊されちまったのか?」
バァンが不安そうに呟いた。
「ルーク様のおばあ様が嘘を言うはずありませんわ!滅多な事は言わないでくださいまし!」
そう言ってラティエはバァンを突き飛ばした。
バァンはバランスを崩してそのまま茂みの密集地帯へダイブ……と思ったが、そのままよろけて普通に尻餅をついてしまった。
なんと、茂みを形成している植物があまりにも長く伸びすぎて、奥へ続く道をすっかり隠してしまっており、隠し通路のようになっていた。
「ばあちゃんが『知らないと絶対に辿り着けない』って言ってたのは、この事だったんだな……」
ルークはそう言って、二人と共に奥へと進んでいった。
ペンダントの光はさらに青く光輝いた。




