5. 乙女達の恋ばな
バァンとラティエの結婚は、ぶち壊してもとりあえずは問題無さそうだ。
だが、本人同士は良くても親はどうしようか?ルークは今までの人生でこれ以上無い程に、頭を使っていた。
「……様!エテルナ様!!」
ルークは急にラティエに腕を掴まれて、ひっくり返りそうな程に驚いた。
考え事に集中していた上に、『エテルナ様』と呼び慣れない名前で呼ばれたためだ。
ルークはラティエに、これまでの出来事を全て説明した。もちろん、元は男である事も。
やはり信じられない事のようで、完璧には理解してもらえなかった。
だが、『何かしら深い事情がある』というのは分かってもらえたので、『ルーク様』と呼んでくれる事にはなった。
呼び捨てでいいとは言ったが、どうしてもそうしたいとの事。
そういえば、ラティエは何か話しかけてきたのだった。
「そういえば、エテル……ルーク様はどんな方がタイプですの?」
純粋に恋の話がしたいようだ。
時間はあまり無い気がするが、ここまで色々教えてくれたお礼に、少し付き合っておこう。そう思い、
「明るい人かな」
見た目はどうかと聞かれたので、『目がぱっちりして、髪の毛が長い人』と答えた。
「まあ、女の方みたいですのね」
当然だが、ルークは特に否定はしなかった。
すると、ラティエは冗談ぽく、自分はどうかと聞いてきた。
「ああ、可愛いと思うよ」
ルークは大真面目に答えた。
突っ込みが返ってくると思っていたラティエは、顔が真っ赤になり、そのまま固まってしまった。その時、
「ラティエちゃん?誰とお喋りしてるの?」
ガチャリと部屋のドアが開いた。
40代くらいの、ネグリジェを着たふくよかな女性が入ってきた。
イルマおばさんにそっくりな体型だが、顔つきは頬の肉で笑っている様にも見え、話し方も相まってほんわか癒し系だ。
侵入者であるルークを発見するも、その女性はただおろおろとするばかりだった。
あまりの狼狽えぶりに、逆にこちらが冷静になるほどだ。
「お母様!」
ラティエが場の空気を変えるように叫んだ。
「ラティエ、バァンさんとの結婚は無しにしたいんですの」
突然の話に、ラティエの母親は細長い目を最大まで丸くした。
「まあ、それはどうして?」
「好きな人が出来たからですわ!」
「まあ……あらあら、困った子ね。
それじゃあ仕方ないわねぇ。言い出したら聞かないものねぇ」
なんと、意外にもあっさりと結婚取り止めの了解が得れてしまった。
しかし、問題はまだ残っている。
「でも、困ったわねぇ。Mr.モリーローグには何て言いましょうか?」
ルークはホーテンの話を思い返した。
──高級スイーツを安く仕入れるパイプ作り──
この目的さえ達成できれば……。
「あの、おばさん……」
ルークは、モリーローグ商会にスイーツを安く売る事を約束すれば、スムーズに結婚の取り止めができそうだと伝えた。
「まあまあそうなの、ありがとうねぇ。
ところで、あなたはラティエちゃんのお友達?」
ルークはとりあえず肯定し、自己紹介をした。
「『今は』ですけどね!」
ラティエが意味深に付け加えた。
ひとまずこれで、どうにか明日を迎えられそうだ。そう思うと、ルークの身体に一気に疲労感がやってきた。
足腰が立たなくなっていた為、このままここに泊まってはどうか?とブランシュ親子に提案された。
最初は断っていたが、まだ宿も見付けていなかったのもあってそのまま押し切られてしまった。
そしてルークはラティエと同じベッドの為、なかなか気が休まらず、寝付けない。
明日の事をそわそわと考えていると、
「ルーク様」
ラティエが話かけてきた。
「明日の事でお願いがあるのですわ」
「……ううん」
ルークは朝日の眩しさで目が覚めた。知らない内に眠っていたらしい。
起き上がると、ラティエも目を覚ました。
顔合わせは午前中かららしく、ブランシュ親子はすぐにバタバタと支度を始めた。
ルークは居心地が悪かった為、先に外に出ようとしたが、髪の毛くらい整えろと、ラティエに洗面所に押し込まれた。
仕方なく顔を洗い、手ぐしで寝癖を整えた。
着替えが終わる頃を見計らって、洗面所から出てくると、ラティエはドレッサーに座り、侍女二人がかりで髪を結われ、メイクを施されていた。
着ているドレスの様なワンピースも合わせて、この豪華なスイートルームのインテリアの一部かと思う程完璧な装いだった。
「お断りするんですけど、畏まった席ですから、一応ね」
ラティエは鏡越しにルークを見ながら、困ったように少しはにかんだ。
そんなこんなで準備が整った。会場はバァンの屋敷らしいので、門の所まで一緒に向かい、そのまま見送ろうとしたが、
「ルーク様!ラティエのお願いをもうお忘れですの?酷いですわ!」
そうラティエに言われ、ガッシリと腕を掴まれてそのまま一緒に中へ連れ込まれてしまった。
どうやらルークが微睡んでいる間に、同席する約束をしていたようだ。
ラティエが泣きそうな顔になっていたので、『覚えていない』とはとても言い出せる雰囲気ではない。
使用人達や執事リチャードの不信な眼差しを苦笑いで誤魔化しつつ、ルークはラティエ達と顔合わせ会場に案内された。
場所は昨日の応接間で、既にバァン達は席に付いていた。
バァンは礼服を着て、今にも死にそうな顔でテーブルを見つめていた。
ルークの再登場は予想外だったのだろう。昨日は地蔵の如く変わらなかったホーテンの眉が、ルークを見るなりピクリと動いた。
しかし、今ここで騒ぐべきでは無いと判断したようで、ブランシュ親子を自分達の向かいに座るように静かに促した。ルークにも隅っこに木箱が用意された。
お互いに挨拶と自己紹介を済ませ、いよいよ入籍の日取りを……という所で、ラティエの母親が今回の話を白紙に戻したい旨を、できる限り穏やかにホーテンに伝えた。
「どういう事ですかな?マダムブランシュ」
努めて冷静にホーテンは言った。
「実はこの子には想い人がいたようで……。
ごめんなさいねぇ、ウチの娘ったら本当にワガママでして。
でも親としては、子どもの気持ちを尊重してあげたいと思っておりますのよ」
ラティエの母親はそう言って、口元に手を当てて上品に笑った。
その言葉で、バァンの瞳に光が少し戻った。
対するホーテン夫婦は、理解出来ないと言わんばかりに険しい表情だ。
「なので、お詫びになるか分かりませんが、ウチの商品をモリーローグ商会には特別お安く提供させていただきますわ。
ご縁談の話を頂いた仲ですもの、今後も末永くお取引をさせていただきたいと……」
ホーテンは喜んで良いか咄嗟に判断できず、返す言葉がなかなか出てこないようで、口をパクパクさせている。
「おじさん、これでバァンを自由にさせても問題無いよな?」
ルークはそう言って、真っ直ぐにホーテンを見つめた。
「まさか……お嬢さんがこの話をまとめたのか?バァンの為に?」
ルークは頷いた。
「……何ということだ、お嬢さん。
君はそんなにもバァンの事を……」
ホーテン夫婦は感動のあまり涙ぐんでいた。
ルークは勘違いされ始めている予感がした。
「わかった、ここまでされては仕方ない。
二人の仲を認め─「なくていいです!!」




