4.憧れの君
行列の先頭へ向かうと、金髪の中性的な印象の男が、次から次へ女性達に綺麗な装飾の箱を手渡していた。
まさかあの男が婚約者じゃあるまいな、と思いつつ話を聞こうとルークは屋台へ近付いたが、割り込みするなと周りから滅茶苦茶に怒られた。
ルークは仕方なく、近くにあった石の段差に座り、行列が捌けるのを待った。
かなり待つ事を予想していたが、あの後直ぐに在庫がなくなったようで、夕暮れには屋台の片付けが始まった。
ルークはよっこいしょと立ち上がり、屋台の男に近付いた。
男は、ルークにずっと待っていてくれたお礼を言い、女性達に怒られていた事を同情した。何かを勘違いしているようだった。
「お兄さん、明日結婚する?
今日は何処に泊まるの?」
ルークの質問は、男の勘違いを更に加速させた。
ルークはどうにか誤解を解いて事情を説明した。案の定、男はバァンの婚約者では無く、お相手はラティエ・ブランシュという名の娘で、屋台のすぐ後ろの大きなホテルに母親と宿泊しているのがわかった。
だが、どの部屋までかは教えてもらえなかった。ホテルの従業員にも尋ねたが、関係者しか教えられない上に、知らない時点で部外者と見なされ、追い出された。
ルークは頬を膨らませて不満そうにホテルを見た。
5階建てのビルの様な大きなホテルが、星空に浮かんでいる。窓から漏れる光が少し美しく見えた。
ふと、最上階の部屋だけにバルコニーが付いている事に気付いた。
綺麗に装飾されたデザインなので、スイートルームなのだろう。お金持ちが泊まりそうだ、という理由だけであの部屋に狙いをつけた。
ルークは再びホテルに入ろうとしたが、先程の騒ぎで目を付けられて、門前払いされてしまった。
こうなれば、バルコニーから侵入するしかない。悪党の様で気が引けるが、今はそれどころではない。
周りに誰も居ない事を確認して、ルークは魔法で強化した跳躍力で思い切り飛び上がった。
が、加減を間違えて跳びすぎてしまい、着地時にホテルの屋根を少し壊してしまった。
ルークが跳んだ時と着地時に、大きな音がした為、下の方では辺りに人が集まってきた。
早く行かなければ、とルークは急いでバルコニーへ飛び降りた。
と、同時にその部屋にいた少女が、外の騒ぎを見ようと窓を開けた。
ルークと目が合った。
ルークの身体中から冷や汗が吹き出た。
ルークがしどろもどろになっていると、
「やっと会えましたわ!!」
黒髪のフランス人形の様な少女は、目を輝かせながら言った。
何やらこちらの事を知っているように思える。
「あんた、エテルナを知ってるのか?」
「エテルナ様とおっしゃるのですね!」
ルークが身構えながら尋ねたが、少女の目は更に輝きが増す。そこに敵意は無さそうだ。
少女はルークの手を握り、無理矢理中へ招き入れた。
中は、今までルークが泊まった事のある宿とは比べ物にならない程に広く、そして豪華だった。お姫様の部屋にありそうなデザインのベッドも、大人三人が寝れそうなほど大きい。
ルークがスイートルームの内装に見とれていると、少女がずいとエテルナの像が描かれた手帳サイズの風景画を、顔面に押し付けんばかりに見せてきた。
そして、大きな身振り手振りをしつつ、早口で何やら捲し立ててきた。
話が飛んだり外れたりして、内容の把握が難しかったが、要約すると、彼女もルークと同じくエテルナの像に憧れており、本物に会えて本当に嬉しいという事だった。
話がまだまだ続きそうだったので、ルークは無理矢理話を遮って尋ねた。
「君の名前ってラティエ?」
少女はその途端、顔を高揚させ、失神しかけていた。
その反応から、彼女がラティエ・ブランシュに違いないと確信した。
さて、目的の人物に会えたところでどうするか。
ルークが考えている横で、ラティエは更に興奮した様子で色々と一方的に自身の事を話していた。
いかにも『お嬢様』という感じの口癖である『ですわ』ぐらいしか、あまり耳に入ってこないが、断片的な情報を総合すると、彼女もルーク達と同じ学校の生徒である事がわかった。
良縁目的で魔法使い科に入学したが、その際にエテルナの像に一目惚れ。その後、攻撃魔法以外がかなり苦手である事が分かり、早々に見切りをつけ、制服の可愛さもあって剣士科へ編入したらしい。
「じゃあ、バァンの事も知っているのか?」
「エテルナ様は何でもご存知なのですわね。流石ですわ!
でも、あの方ちょっと粗暴そうで、ラティエは怖いですわ」
自分の事を名前で呼ぶタイプなんだな、と思いつつルークは聞いた話と違うなと思った。
ワガママ娘と聞いていたが、どちらかと言うと、押しが強いという印象だ。
ホーテンの話だと、ラティエがバァンを気に入り、結婚話が進んでいると。
それならば、結婚を取消にしてバァンを自由に……という流れは、あまりにも一方的で可哀想だなと思っていた。
ラティエにバァンの事をどう思っているのか、率直に聞いてみた。
ラティエは少し考えて、
「あまり関わっておりませんのでよく……。
あ、あの方……何というお名前だったかしら、ルークさん?
あの方だけにかなり当たりがキツかった印象ですわ。
顔はハンサムだと思いますけれど」
そう、意地悪い顔しか印象がないルークは今まで知らなかったのだが、バァンは世間一般から見ると顔が良い方である。
思えば遺伝元の母親も、今はシワと弛みで分かりにくいが、昔は美人だったんだろうな、という雰囲気がある。バァンの顔が良いのも納得できるなと思った。
家はお金持ちだし背も高い、城の近衛兵に内定が貰えるくらい実力もある。
そう考えると、バァンは結婚相手にするには大変素晴らしい人間と言えるだろう。
おまけに旅の間、何度も足を広げて座ったり、たまに喋り方が乱暴になったりと、端から見れば滅茶苦茶にがさつな女の子のルークにも幻滅せず、普通に接してくれるバァンは、度量も深い男なのだろう。
このまま結婚すれば、ラティエは幸せになれるだろう。下手に邪魔をしない方が良いのでは?とルークは考えた。
あまりに真剣に考え込んでいるので、ラティエが顔を覗き込みつつ恐る恐る尋ねてきた。
「もしかして、エテルナ様はバァンさんの事を?」
そんな訳がない。今までやられてきた事を考えるとむしろ嫌いな方だ。正直に言えば、この姿になってからは、バァンが優しく親切なので、以前より嫌いではなくなっているが。
ルークは全力で否定した。
すると何故か、ラティエは少しがっかりしていた。
「別に結婚はしてもいいんですのよ、たとえバァンさんがお相手でも。お母様も乗り気ですし。
でも今はまだ違うかなって思いますの」
ラティエは剣士科で色々と学んでいる内に、学んだ事を生かしてみたいという気持ちがふつふつと湧いてきたという。
しかし、元は親に言われ、良縁目的で入学した学校。バァンとの結婚が決まれば、通う必要はもう無い。
今回の休校をきっかけにこのまま学校を辞め、家庭に入るように言われているため、明日の顔合わせも、何かトラブルが起きて無くなれば良いのにと思っていたらしい。
がっかりした理由はこれだった。
バァンもラティエも、親の都合に振り回されていたのだった。
お金持ちって大変だな、とルークは思った。




