3.パーティー解散
ルークは、胸のムシャクシャを発散させるように思い切りドンッと机を叩き、危うく高価な机を破壊しそうになる。
大きな音だったので、バァンの母親がビクンと驚いた。ホーテンは相変わらず動じない。
ルークはホーテンのあまりに勝手な言い分に、ついバァンとの約束を破り口を開く。
「お金はいりません!あなた方は……」
抗議しようとしたが、バァンが手を上げて制止させた。
そしてバァンは、結婚を受け入れ、明日の顔合わせにも大人しく参加する事を約束した。
「……いいのかよ?」
全てを諦め、投げやりになっているのか、ルークの問い掛けにバァンは何も答えなかった。そして、父母らを寂しそうに見て言った。
「親父、おふくろ、許可証の約束忘れるなよ。卒業するまでにはきちんと返すからよ」
バァンの言葉に、ホーテンは不思議そうな顔をする。
「何を言っている?学校はすぐに辞めるから卒業の必要はないぞ。
野蛮な戦士科の経歴なんぞ必要ないしな」
キョトンとするバァンを無視してホーテンが言うには、顔合わせの後にすぐに日取りを決めて入籍。
そしてバァンは学校を辞め、そのままモリーローグ商会の次期取締役として働く段取りになっている。
もちろん、ホーテンが勝手に決めた事でバァンは何も知らない。
バァンが慌てて言った。
「じゃあルー……じゃなくて、エテルナとの旅はどうなるんだよ?
それが終わるまで待ってくれたって……」
「別にお前が一緒についていく必要は無いだろう。お嬢さんだけで行ってもらうんだ。
これからお前に覚えて貰いたい仕事が、山程あるのだからな」
バァンは歯をギリギリと噛みしめ、目を血走らせながらホーテンを睨んだ。
「……俺の望みは何も叶えてくれねぇのか!やっぱりお前らは家族でも何でも無ぇ!!」
それに対し、バァンの母親が何か言いたげに口を開いたが、それをホーテンが止めた。
そしてバァンの両腕に手を優しく添えた。
「バァン、分かるぞ。かつて私もそうだった。だが我慢した。私の父も、祖父も、皆だ。
そうしたお陰で、このモリーローグ商会があるんだ。すまないが、分かってくれ」
その様子は、ワガママを言う小さな子どもを、なだめすかして言うこと聞かせているようで、ホーテンの言い分は全く共感できなかった。
バァンも納得していない事が表情から分かる。憎き敵を見るような眼差しを向け、歯をそのまま噛み砕いてしまいそうなほどの歯ぎりしをして震えている。
「バァン、もう言いたい事は他に無いか?
無いなら部屋に戻りなさい。明日の準備もあるから」
そう言ってがたいの良い使用人達を複数呼び寄せ、無理矢理バァンを部屋へ連行していった。
そして今度はルークへ、またあの胡散臭い笑顔を向けて言った。
「お嬢さん、今までうちの大事なバァンが世話になったね。本当にありがとう」
許可証と思われるカード状の厚紙が手渡された。ホーテン自身は既に顔パスみたいになっている為、いつ返してくれても良いらしい。
そしてそれと同時に、何やら高そうな宝石が手の中に無理やりねじ込まれた。
「これでバァンには二度と近付かない事だ」
ゾッとする程の冷たいトーンだった。
耳元でホーテンに囁かれた後すぐ、ルークも使用人に連れていかれ、そのまま屋敷の外に追い出された。
屋敷の門は直ぐにガチャリと施錠され、もう入る事はできなかった。
ルークは許可証をじっと見た。これがあれば先に進める。
ルークはバァンの屋敷を一度振り返ると、フィグゼーヌ王国へと続く関所の門へ向かうため、とぼとぼ歩いた。
関所は国境を往き来している人々で、何故だか大混雑しており、検問には長蛇の列。
ここを越えるのには、かなり時間がかかりそうだ。
途中でトイレに行きたくなったらどうしよう、と不安に思いながらも、ルークは仕方なく最後尾に並んだ。
やがてルークの番がすぐそこまで迫る。
屋敷を出たのは昼前だった筈だが、今はもうとっくに昼を回っていた。昼食が取れていないので、頻繁に腹が鳴る。
いざ、ルークの検問の番。
だがその時、何やら後ろ髪を引かれるような、喉の奥に何かがつっかえているような、そんな感じがした。
ルークは検問官の手前でピタリと足を止めるので、検問官がそれを見て戸惑う。
「このままバァンをほっとけないよな……」
ルークは回りに軽く謝罪すると関所を逆走し、店が立ち並ぶ広場まで急いで駆けていく。
だが、バァンを助けようとするのはいいが、どうしようか?
ルークは悩んだ。とりあえず明日の顔合わせの相手がどんな人かを見てみようと思った。
しかし、名前も見た目もわからない。どうしようかと歩きつつ、イルマおばさんからもらった干し肉を齧りながら考えていると、女性ばかりの大行列が出来ているのを発見した。
ルークが何の行列か最後尾の女性に尋ねると、王都で話題の高級スイーツが、本日と翌日の二日間限定で屋台売りしていると言うのだ。
バァンの婚約者の店だと確信した。
結婚の顔合わせついでに、モースの町で少しだけ商売をしておこうという考えだろうか。
商売人とは皆こんな考えなのだろうか、とルークは少し人間不信になっていた。




