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2.バァンの結婚

「バァン、学校から休校になったと連絡があったから、直ぐに帰ってくるかと思ったら……。女性をつれ回して何処をほっつき歩いていたのですか?


 それと、『おふくろ』ではなく『お母様』とお呼びなさい」


 バァンの母親はそう言うと、扇子で口元を覆いながらルークの全身を舐め回すように見た。

 ルークは、ぎこちなくお辞儀をするが、なかなか目を合わせる事ができない。


「化粧せず武器を持ち、鎧まで着込んで。

 今度の彼女は随分と野蛮そうですこと」


 そう嫌味たらしく言った。


「おふくろ!初対面の子にやめてくれ!」


「あなたもあなたです!すっかり喋り方まで乱暴になって、またあのガラの悪い人間達と付き合ってるんでしょう!?」


「俺の友達を悪く言うな!」


 二人はルークと周りの人間のほったらかして激しい言い合いを始めてしまった。周りはただおろおろして見ているばかり。


 ひとしきりやり合い、お互いに息切れしてきたタイミングで、バァンは父親に合わせてほしいと母親に頼んだ。


 バァンの母親はフンと不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ついてくるよう二人に言った。

 二人は屋敷をどんどん進み、三階の書斎兼応接間のような所へ案内された。


 そこには、身長は低いが、がっしりした身体つきのカイゼル髭の中年男性が立っていた。バァンの体格から、身長を引いたような見た目だ。

 この中年男性がバァンの父親で間違いないだろう。

 夫婦一緒に並んでいると、見た目だけは何処ぞの配管工とお姫様のようだ。


 おそらくバァンの恵まれた体格は、父親の身体と母親の身長を受け継いでいるからだろう、とルークは思った。


 ルークとバァンは、応接間の立派な椅子に並んで座らされ、それに向かい合ってバァンの父と母が座った。


 まるで結婚のご挨拶のようになっている事に不安を覚えながら、ルークは成り行きに従った。


「お嬢さん初めまして、私はホーテン・モリーローグ。モリーローグ商会の取締役をしている」


 そう言ってホーテンから名刺を渡された。田舎者のルークでも、名前だけは知っている有名な所だった。

 そして、バァンを見て言った。


「バァン、遅かったな。心配したぞ」


 バァンはその言葉を聞いた途端、小さく舌打ちをした。先程までのバァンなら、間違いなく文句を言う所だろうが、奥歯を噛みしめぐっと我慢していた。


「……ああ、すまねぇ。

 親父、頼みがある。関所を通る許可証を貸してほしい」


「ほう?それはまたどうして?」


 バァンは、理由を説明した。

 話がややこしくなると判断したのだろう、フィグゼーヌ王国に行きたい理由もそれらしく誤魔化し、ルークはエテルナとして紹介され、本名と元男性である事も伏せられた。

 不利になりそうだと判断した事は、徹底的に隠されていた。


 いつものバァンとは比べ物にならない程に機転のきいた立ち回りだった。

 きっと商人の英才教育のお陰だけでなく、そうしなければならない状況が幼い頃からずっと続いてきたからなのだろう。


「──だから、ちょっとの間貸してくれるだけでいいんだ。頼む」


「……わかった。だが申し訳ないが、無条件でという訳にはいかないな」


 戸惑うルークとは対照的に、バァンはそう言われるのを覚悟していたのだろう、動揺せず黙って聞いていた。

 ホーテンはバァンをじっと見て言った。


「バァン、結婚して私の後を継ぐんだ」















「は?」


 さすがにこの条件は予想外だったのだろう。ルークとバァンは気が抜けた返事をする。


『結婚』という言葉にルークは青ざめ、バァンは顔を赤くした。


「あー……、二人とも何を勘違いしている?君たちじゃなくて、バァンは別に婚約者がいる」


 ホーテンのその言葉は、バァンには寝耳に水だった。椅子を大きな音を立てて倒しながら立ち上がると、ホーテンに向かって抗議した。


「親父!!聞いてねぇぞそんな事!」


「当たり前だ、つい最近決まった事だからな。その事で丁度呼び戻そうと思っていたから、手間が省けたよ」


 母親はホーテンの横で、扇子を扇ぎながらウンウンと頷いた。

 ホーテンは、怒りを露にするバァンに睨まれても全く動じず、淡々と今回の目的を語った。


 相手の女性は、王都で有名な高級スイーツ店の娘。バァンとの結婚により、そのスイーツを特価で安く仕入れる為のパイプを作り、各地で売り出して利益をあげようというのが今回の目的だ。

 かなりのワガママ娘らしいが、バァンの肖像画を気に入り、是非とも話を進めたいという事らしい。


 そこにバァンの気持ちは、全く考慮されていなかった。 そこでバァンは、急いで王から賜ったカースライトの斧と鎧を父母に見せ付けて言った。


「親父、おふくろ、これを見てくれ!

 俺、王様から学校卒業したら、近衛兵になってほしいって言われてんだ!」


 バァンは王都の異変を解決した事や、他にもヘルト村で称賛を得た事などを必死になって説明していた。

 どうにかして、結婚をせずに許可証をもらいたいという気持ちもあるだろうが、そこには『父と母に誉めてもらいたい』という子どもとしての純粋な気持ちもあっただろう。


 だが悲痛な程のその思いは、『モリーローグ商会の息子』という大きな重圧によって押し潰された。

 バァンの説明に、父母は眉一つ動かさなかった。


「……で、それがなんだと言うのだ?」


 ホーテンが冷たく言い放った。

 バァンの目から光が消えた。


「近衛兵になれば『お前自身』は良いかもしれない。だが、モリーローグ商会の為に働いてくれている多くの人々の生活はどうなる?

 近衛兵の報酬は、それを補える程のものなのか?」


 その問い掛けには、まだ子どもであるバァンは答える事はできなかった。

 ホーテンは続ける。


「その人達の為に、我々は利益を上げ続けなければならない。『現状維持』という選択肢は無い。

 それが『モリーローグ』に生まれた人間の役目だ」


 その時、バァンはハッとある事を思い出した。


「そうだ、兄貴だ!

 親父、俺がフィグゼーヌ王国へ行って行方不明の兄貴を探してくる! だから許可証を……」


「あいつは死んだよ」


 バァンは絶句した。

 ホーテン曰く、ずっと行方不明だと思っていたバァンの兄だが、ある時フィグゼーヌ王国から死亡したとの書状が届いたのだという。


「だからね、もうモリーローグの後継ぎはバァンしか居ないんだ。


 今ここに居ない人の事を考えても仕方ない。

 わかったらその鎧を脱いでさっさと着替えてくるんだ。

 顔合わせは明日だから、わかったね。

 王には、後々私が話を付けておくから心配するな」


 ホーテンはバァンに冷たい視線で言った後、ルークの方を、先程とは真逆の笑顔で見る。今までのやり取りを見ていると、胡散臭さしか感じられなかった。


「……で、お嬢さん。

 いくら払えばバァンと別れてくれるかな?」


 ルークは唖然とした。

 こんなにも感情を無視し、損得だけで行動できる人間がいた事に衝撃を受けた。


 正直、バァンが結婚することは普通におめでたい事だと思うが、無理やりさせるのは違うし、ホーテンという男の言うことは、個人的に素直に聞きたくない。


ルークはそんな事を漠然と考えていた。

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