6.孤軍奮闘
ルークとバァンは武器を構え直す。
「で、でもルーク、あいつを倒しちまっていいのか?
ジニアスみたいに魔物にさせられたヤツって可能性はないのか?」
「いや、大丈夫そうだ。
薬を飲んだ者同士のなんとなく……だけど」
「チッ!!お前ら生きて帰さねぇからな!」
そう言ってハンドレッドは、ルークとバァンに飛び掛かってきた。先程バァンに受けた傷は、魔物ならではの驚くべき回復力で、もう完治寸前だった。
「ようし、倒しちまっていいならここからが頑張りどころだよな!」
バァンが飛び出し、攻撃を受け止めた。
ハンドレッドは心が乱されて集中できないようで、先程の邪眼を使ったり魔法を使ってくる様子はなかった。
そのため最初と同じように、バァンとの体術を駆使した肉弾戦が始まった。
見ると今度は、手も足もだせなかったバァンが、ハンドレッドの動きに対応している上に優位に戦いを進めているように見えた。
「すごいぞバァン!!強くなってる!」
ルークが思わず声援を送る。
だが、対照的にバァンは違和感を感じていた。
「なんだお前、動きがやけに単調だぞ?
何を狙ってやがるか知らねぇが、これで終わりだ!」
バァンがハンドレッドの頭部の中心目掛けて、真っ直ぐに斧を振り下ろした。
「『ハンドレッドさん』だ!!
あ、あたしはな……、焦らされると仕事が出来ねぇんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ハンドレッドが、覚悟を決めたように全身の目をぎゅっと閉じた。
ハンドレッドに斧が命中……という寸前でバァンがピタリと止まった。
「どうした?バァン?」
ルークの問いかけに、バァンは何も答えない。
ハンドレッドが、恐る恐るゆっくりと目を開いた。
バァンは石像のように固まり、動かなくなってしまった。
ついにバァンにも呪いの症状が出てしまった。
メガウスという呪いの根源が表れ、魔力の密度が濃くなっていた為、症状はいつ出てもおかしくなかったが、タイミングが悪すぎた。
ルークはこれから、一人でハンドレッドとメガウスを相手にしなければならない。
「バァン!俺に着いてこなければこんな事には……」
ルークは自分を責めた。
せめてやるだけの事はやろう、と武器を持ち直したが、ハンドレッドは何故だかこの場を去ろうとしていた。
「ま、待てよ、ハンドレッド!逃げるのか!?」
「『ハンドレッドさん』だ!当たり前ぇだろ!こんな汚ぇ魔力、これ以上浴び続けたらこっちまでおかしくなっちまう!!」
どうやら、メガウスのタレ流す質の悪い魔力は、ハンドレッド自身にも悪い影響を及ぼすらしい。
ハンドレッドは、ルークの後にメガウスを睨み付けると、
「おい、ちょっと魔力が強いからって偉そうにしやがって!
それ以外何も出来てねぇじゃねぇか!
尻拭いは全部こっちだから、もうやってられねぇんだよ!
あばよ、さっさと倒されちまえバーカ!」
そう言って古城の高い天井に穴を空け、そこから屋根に飛び乗った。
ルークはそれを呼び止めた。
「ま、待てハンドレッド!こんな事して、お前ら一体何が目的なんだよ!?」
「『ハンドレッドさん』だ!いい加減覚えろ!
……『人間の根絶やし』
言えるのはこれだけだ、じゃあな人間」
そう言ってハンドレッドは、火を吹き消したようにフッと消えてしまった。
古城には、ルークと動けなくなったバァン、そして醜い巨人のメガウスの、二人と一体だけがそこにいる。
「ああ……うう……。はんどれ……とぉ……!!」
メガウスが身の毛がよだつ叫び声をあげる。
つい足がすくむが、バァンが近くにいる事に気付き、注意を反らす為ルークはメガウスに向かって炎の魔法を放った。
見事それはメガウスの腹に命中した。
傷んだ肉が焼けたような臭いが漂った。
「よし、的がデカイから当てられる!」
「うう……食わせ……ろ」
メガウスはルークの方を向くと、ルークを捕まえようと腕をブンと振り回した。
どうにかそれは避けられたが、風圧でルークの頬が切れた。
一撃当たったら、そこでおしまいだと即理解した。
ルークは距離をとって炎や氷など、知っている限りの属性をぶつけた。
しかし、メガウスが怯まない為、どれも手応えが感じられない。
「当たった所は焼けたりしてるけど……、他に何か条件があるのか?」
「食う」
メガウスは、ルークが見せた一瞬の隙をついて、頭部の大きく裂けた口を最大まで広げてルークの頭に覆い被さろうとした。
ルークは咄嗟にそこに剣を突き刺した。
メガウスの頭部をルークの剣が貫通した。
たまらず後退りし、剣を抜こうと口に手を突っ込む。
しかし、メガウスの手に対して剣が小さすぎるせいか、上手く掴めないようだった。
メガウスは、醜い身体をくねらせて暴れた。
「あの剣から更に魔法を叩き込んだら、もしかして……」
そう思ったが、一発でも当たればおしまいという状況ではなかなか踏み込めない。
模擬戦闘の経験はほぼ無く、最近やっとスライム等の弱い魔物を相手にするようになったルークには、メガウスの懐に飛び込む勇気はなかなか出なかった。
つい最近、強い魔物との戦いといえば、老婆やジニアスとの戦闘が思い浮かぶが、老婆はジニアスが倒し、そのジニアスも校長が一瞬で眠らせて捕獲してしまった。
ルークはまだ自力で、こうした強力な魔物を倒した事が無い。
だが、こうしている間にも、祖母メディナや王都の人々の命が危険に晒されている。そしてバァンも。
ルークはぐるぐると思考が堂々巡りするばかりで、戸惑うばかり。
その間にも、メガウスは刺さった剣の痛みに慣れたのか、抜く事を諦め、再びルークへ向かってきていた。
ルークは考える事につい集中してしまい、メガウスがすぐ近くまで迫ってきた事への反応が遅れてしまった。
メガウスの右手がルークを掴もうとする。
まるで小さな子どもが、虫を捕まえようとするかのようだった。
それを避ける……と思ったが、方向を失敗し、ルークは左手で張り飛ばされた。
壁に身体を強く打ち付けた。その衝撃で天井の一部が落下する。
ルークは全身の痛みと痺れで動けない。
「ヒーリン……」
薄れ行く意識の中、どうにか残った魔力で回復魔法を唱えるが、瓦礫が降り注ぎ、ルークをすっかり埋めてしまった。
メガウスがのしっのしっと、ゆっくり瓦礫に近付く。子どもがおもちゃを探すように、座り込んで瓦礫に手を突っ込み、ごそごそと探る。
気絶したルークの身体を握りしめると、そこから引きずり出す。
きつく握り締められ、無理やり目覚めさせられる。
「うう……!!」
ミシミシとルークの骨が軋む。
なんとかこじ開けようともがいた瞬間、嫌な音がルークの左の二の腕からした。
ルークの左腕に力が入らなくなった。
「……!!!!」
あまりの痛みに、ルークは声をあげる事さえ出来ない。
メガウスはそのままルークをゆっくりと持ち上げ、上を向いてそのまま頭から丸飲みにする。
「ああ……臭い、痛い。
このまま……ばあちゃん……」
ルークはすっかり戦意を喪失していた。
しかし、メガウスの口の奥に刺さったロングソードが目に入ると、自分がやろうとしたことをハッと思い出した。
ルークは動く右手で剣のグリップを、飲み込まれようという瞬間に握り締めた。




