4.マルチアイ
ハンドレッドは、バァンを標的に見据えると、天井や壁を足場にしながらバァンの鎧の隙間を狙って手刀を繰り出していく。
それは、普通の人間がギリギリ目で追える程のスピードだ。
バァンは模擬戦闘で優秀な成績を修め、実戦に近い経験をルークよりは積んでいる為、どうにか致命的なダメージは免れているが、ハンドレッドのトリッキーで素早い攻撃になかなか反撃できないでいた。
隙を見て斧を振っても、まるで軟体動物のような身のこなしで全ていなされてしまう。初めての魔物相手の戦闘に、バァンはされるがままである。
ルークも攻撃魔法で援護しようとするが、ハンドレッドが速すぎてなかなか標準を定められない。
今まで魔法を出す事ができず、魔法を当てる訓練をしてこなかったルークが、これほど素早いハンドレッドに攻撃魔法を当てられる確率は、宝くじの一等を一発で当てるのに等しい確率である。
魔法の威力を間違えれば、適当に放って外してしまったら最後、この城が持ちこたえられず、全員瓦礫に埋もれてしまう。
ルークはバァンに防御や攻撃、回復魔法で支援するのが精一杯だった。
「くそ……。俺だって!」
魔力回復の薬をぐいと飲み干し、ルークはハンドレッドに向けて剣を振り上げた。
振り下ろした剣は、ハンドレッドには当たらず、切っ先がバァンの肩を掠めた。
「ご、ごめ……!」
驚いて手が滑り剣を落としてしまった。カランと大きな音が、鳴り響く。
「えと……バァンを狙った訳じゃなくて。その、以前はいつかやってやろうと思ったりもしたけど今は全然思ったりしてないし……!!」
バァンに殴られると焦ったルークは、混乱して取り繕い方が変になる。
「お、俺ってそんなに嫌われてたのか……。当然だよな……あいつに酷いことしてた俺なんて……」
バァンがこの世の終わりの様に落ち込むので、ルークは慌てて慰める。
その様子を見てハンドレッドは、深くため息。
「ふー。アホらしいですね、とっとと終わらしましょう。……早くしないと『あいつ』が来てしまいますし」
「『あいつ』……?まさかレイヤカースがここに来るのか!?」
ハンドレッドの呟きに、ルークがつい反応する。
「あ"ぁ!?」
ハンドレッドの様子が変わった。二人は警戒し、咄嗟に身構えた。
「何でレイヤカース様が出てくんだ!?どこで聞いた!?」
たじろぐほどの剣幕で、ハンドレッドが凄む為、ルークは思わず怯む。
「ひ、一つ目のおばあさんに聞……」
ルークのその言葉を聞いた瞬間、ハンドレッドの表情が怒りで歪む。
「あいつ……、しょーもない死に方した上に余計な情報漏らしやがって……」
さらに目が血走り、あまりの怒りに震えだした。
「やっぱり目が一つだけのヤツぁ使いモンにならねぇなぁぁぁぁぁ!!!!」
そう叫ぶと突然、頭を覆っていた布や、上半身の服をビリビリに破き始めた。
いきなりの事にルークとバァンはぎょっとした。
長く伸びた金髪が露になり、ハンドレッドの素肌や顔が晒された。
一応年頃の男子である二人は、その様子に一瞬ドキッとしたが、その胸の高鳴りはすぐに裏切られる事になる。
ハンドレッドの身体中、至るところに眼があった。
首から腕、手の平、腹、果ては胸の谷間や乳房にまで全てに。
さらに顔には、最初から見えていた目の他に、額に3つ、両頬に一つずつ、極めつけは、人間の口に当たる部分も、口ではなくギョロリとした大きな眼が付いていた。
正に魔物と呼ぶに相応しい姿である。
「……マ、マルチアイ!確か学校の教科書に載ってた。
遠い東の国では、百目鬼とも呼ばれてるって……」
ルークが声の震えを何とかこらえて言った。
「スゲー、やっぱり実物は違うぜ……。ヤバいオーラがビリビリくるぜ」
バァンは恐れるどころか、むしろ感心している。
「この姿を見せたら、生きてここから出すわけにはいかねぇなぁ!」
ハンドレッドは両手をバァンへ向けてかざし、手のひらにある目を見開く。
目を合わせると何やら不味い事は雰囲気で理解するが、人間、目だと認識する物はつい反射的に見てしまう。
バァンは武器を落として、苦しそうにその場に膝を着く。術にかかるまであっという間だ。
「ど、どうしたバァン!大丈夫か!」
ルークが駆け寄る。
その時、ヒュンとバァンの拳がこちらに飛んで来た。
首を曲げ、ギリギリで避けるルーク。
何をするんだと怒るが、バァンは呻き声を上げるだけだ。
それがあまりに苦しそうな為、やはり再び心配になってくる。
「バァン……?」
今度は、遠くからそっと声をかける。
すると、バァンがゆっくりと立ち上がる。
その表情は目が虚ろで、上の空である。
「行け!」
ハンドレッドの指示を聞くや否や、バァンはボーッとした表情のまま、機敏な動きでルークに迫り、拳や蹴り等の格闘術で攻撃してくる。まるでゾンビのようである。
「ハハハ!どうだ、仲間と戦う気分は!!」
ハンドレッドが煽る。やはり操られているようだ。
「バァン止めろ!」
ルークはバァンの攻撃を、次々と受け止める。毎日のように殴られていたせいか、バァンの動きが不思議と手に取るように分かる。
なぜ今までこうする事が出来なかったのか?全ては封印の呪いのせいだからだろうか?
そんな事を考えていると、足が縺れて偶然バァンに抱き付くような体勢になり、そのままバランスを崩して押し倒してしまった。
後頭部を打ち付けた衝撃で、バァンは気を失ってしまった。
ルークは念のため回復魔法をかけておくと、再び剣を拾い上げ、ハンドレッドと対峙する。
「チッ、魅了しても気絶しちゃ意味無ぇ。これで術が解けちまったな。
こっちは時間が無ぇってのに……」
ハンドレッドがぶつぶつと呟く。
「今度は俺が相手だ!ハンドレッド!」
「『ハンドレッドさん』だ!」




