3.幽霊城の戦い
二人は大臣からもらった地図を頼りに、深く急な山道を進んでいた。慣れない悪路に、二人の体力はあっという間に削られていく。
また道中、古城の魔物が放つ魔力の影響か、普段見かける魔物達が活性化し、毒を吐くようになったり、魔法が効かなくなっていたりと、驚く程手強くなっていた。
しかし、ルークの呪いや、兵舎から持ってきた武器のお陰もあって苦戦はそれほどしなかった。
お互いに武器の扱いにも慣れてきた頃、なにやら不気味な建物が見えてきた。
壁は所々ヒビ割れており、蔦が触手の様にそこに幾重にも絡み付いていた。
城門には、あのエテルナの像が二体置かれているが、見るも無惨に風化してしまっている。微かに残る身体のポーズや、土台のデザイン等でどうにか判別できる程だった。
外観はハッキリ言って、今にも崩れそうである。
周りは木々が鬱蒼と茂り、日光を遮っていて常に薄暗い。
まさに、幽霊城と呼ぶに相応しい雰囲気である。
ルークは、正直一人だけだったら、絶対に入れなかっただろうと思った。
「バァン、入るぞ……。
そういえば、バァンは呪いがまだ効いてないんだな」
「ああ、昔ちょっと鍛えてたからな。少々の魔法や呪いは効かねえよ」
そう、魔力や魔力抵抗力は筋肉と同じようにトレーニングで鍛える事ができるのだ。
方法は様々だが、一般的には魔法を使ったり、喰らったりして鍛える事が多い。
しかし、この場に溢れ出ている魔力は相当なものだ。
マルディシオンの効果で様々な能力が上がっているルークはともかく、普通の人間がここまで来るとあっという間に呪いにかかってしまうだろう。
バァンの魔力抵抗力は、ちょっとどころではなく、相当鍛えられていると言えるだろう。
しかし、そんな事情をあまり詳しく知らないルークは、そんなものか、とバァンの言葉をそのまま受け入れた。
いざ中に入ろうと、木造の観音開きの大きな城門に手を掛けた。
しかし、建て付けが悪くなっているのか、ルークの力でも開ける事ができなかったので、無理やり外して入った。
中は闇に包まれており、青紫の灯火だけが点々と光を放っていた。
「なんか暗いし生臭いな……」
「バァン、辺りを照らす魔法を使うから、直接見ないように気を付けろよ」
ルークはそう言うと、魔法で光の玉を作り出し、蛍光灯のように辺りを照らした。
すると、そこは凄惨な光景が広がっていた。
床や壁には、血痕と思われる大きなシミが至るところにできており、人骨が道標のように奥へ続きながら転がっていた。
恐らく、王が結成した討伐隊や、腕利きの傭兵の亡骸なのだろう。
しかし、その亡骸は足だけになっていたり、頭蓋骨の半分近くが不自然に欠けていたり等、おかしな状態ばかりだった。
そして、その理由に気付いた瞬間、二人は息を飲んだ。
「バァン、この人達ってもしかして……」
「ああ、多分食べカスだな……」
「城の外に誰もいなかったのはこれが原因か……」
二人は食べカスを辿って、慎重に奥へ進んで行くと、朽ちた大きな扉が見えてきた。
ルークはそっと慎重に開けようとしたが、蝶番がすっかり腐食していた為、扉は大きな音を立てて倒れ、そのまま粉々になってしまった。
二人が呆然としていると、暗闇の奥から女性の声がした。
「騒がしいですね、何事ですか?」
「ご、ごめんなさい……」
扉を派手に破壊してしまった罪悪感もあって、ルークはつい謝ってしまった。
すると、コツコツと奥からゆっくりと足音が近付いてきた。
やがて、ルークが作った明かりの元までやってくると、ようやく足音の主の全身が見えてくる。
全身黒ずくめの衣装に、鋭く冷ややかな目元だけを覗かせる細身の人の姿をした者だった。
服装は、イスラム教の伝統衣装のニカブと、キリスト教の修道女の服を掛け合わせたような格好をしている。
真っ黒なロングスカートから覗く白いレースのペチコートと、歩き方等の立ち振舞いから女性っぽい印象を受ける。
身長はルークよりも少し高い位。体格は服装のせいでよく分からないが、ルークと同じくらいかそれ以下のように見える。
体格の良いバァンから見ると、かなり華奢に見えるだろう。
「こいつが王様の言ってた魔物か?普通の人間にしか見えねえけど」
バァンが首を傾げて言った。
「ご名答です」
瞬間、ルークとバァンの顔に緊張が走る。
「私はハンドレッド。
短い間ですが、どうぞ気軽に『ハンドレッドさん』とお呼びください」
ハンドレッドはスカートの裾を持ち上げ、令嬢の様なお辞儀をした。
不気味に思える程深々と。
そして、そのまま顔だけをキッと向け、ルークを見つめた。
反射的に二人は武器を構えた。
「おや?懐かしい顔ですね……。
人間の貴女ならばとっくに死んでいると思いましたが」
ルークは思わず怯んだが、気を持ち直してハンドレッドを睨み付けた。
「お前、エテルナを知ってるのか!?」
「『ハンドレッドさん』です。
だけど……、その口振りからすると別人なのですね。
どういうからくりかは存じませんがしかし、エテルナに縁ある者と思っていいのでしょうね」
ハンドレッドは、ルークをゾッとするほどの眼光で睨み返した。
「災いの芽は早い内に摘んでおいたほうが良さそうですね!」
そう言うや否や、ハンドレッドは人間ではあり得ないスピードで距離を詰めた。
あっという間にルークの懐に飛び込むと、腕を鞭のようにしならせ、ルークの首へ向かって一撃。
あと一歩で手が当たるという所で、そこにバァンが斧を振り下ろした。
それをハンドレッドは、大きなバックジャンプでかわし、再び距離を取ると、パンと叩いてスカートの裾を整えた。
そして、バァンに向き直り、細く長い人差し指でバァンを指差した。
「よろしい、お前から始末してやります」




