1.流行り病
ルークは、狼狽えるテオをどうにかこうにか落ち着かせ、事情を話した。
『おじさん』と呼ばれてはいるが、血縁者ではなく、両親がいないルークに良くしてくれている近所の人だ。
「──だから、俺はルークなんだ」
「またまた、ご冗談を」
「ぐぬぬ……」
当たり前だがなかなか信じてもらえない。
魔法や剣ができないという、一番のチャームポイント(?)が無くなってしまったので、ルークだと証明するものが何もない。
ルークは少し考えると、テオに向かって、
「おじさん、部屋の中の向かって左から二番目のツボに隠してたへそくりは、まだイルマおばさんには見付かってない?」
と少し意地悪そうな顔で言った。テオは顔を青くした。
それは7年前に話したテオとルークの秘密の話だった。
この言葉を聞いてようやくテオは、目の前の少女がルークだと信じた。
そして、ルークの肩に手を置いて、目を潤ませた。
「ルーク……、向こうで色々辛い事があったんだな……。
しかし、都会の技術は凄いなあ。完璧に女の子じゃないか!」
「う、うん……」
テオは、どうやらルークが学校生活の辛さから、女装に目覚めたと思っているようだ。
訂正するのも面倒だと思ったルークは、話を先に進めようとテオに祖母の事を尋ねた。
「おじさん、ばあちゃんはどうなっちゃったの?……死ん……ではないよね……?」
「……ああ、これは流行り病だよ」
ルークとバァンはとりあえずテオの家に案内され、そこで話を聞く事になった。
「まあルーク!お帰り!可愛らしくなって!」
テオの家に入るやいなや、テオの妻、イルマのふくよかな腕と胸にルークはぎゅっと抱き締められた。
テオから説明を受けているため、イルマもルークが、学業が辛くて女装をしていると思っている。
イルマはバァンの存在に気付くと、なにやら楽しそうに口を開く。
「ところで、そこのガタイがいい子はもしかしてカレ──「違います!!」
ルークが食い気味で否定した。
「そ、そうっス!今後そうなれたらいいなと──」
「話が進まないから黙ってろ!!」
気を取り直して、テオは最近になって流行りだした奇妙な病の事をルークとバァンに話した。
話によると、ある時突然石像のように動かなくなってしまうらしい。
死んではいないが、飲み食いができない為に、そのまま何日かして死に至るとの事。
「じゃあ、ばあちゃんはもうどうする事もできないのか!?」
「原因が分からないんだよ。この村では、まだお年寄りとか体力が少ない人しか症状が出てないんだが、王都では誰でも関係無しに罹ってるっていうし……」
「んじゃ、王都に何かあるんじゃねぇか?」
バァンが言った。ルークもバァンと同じ意見だった。
「おじさん、ばあちゃんはいつから症状が出てるの!?」
「ハッキリとは分からんが、昨日から起きてるのを見ていない」
「時間が無いかもしれない、急いで王都に行かないと!」
ルークは椅子を押し倒して乱暴に立ち上がった。祖母にもしもの事があれば、ルークは家族が一人も居なくなってしまう。
呪いの手がかりよりも、それが一番恐ろしかった。
今にも飛び出しそうになるルークを、テオが腕を強く引っ張って止めた。
「ルーク、いてもたってもいられないのは分かるが、もう遅い。
今日はもう寝て、明日出発しなさい。
見るからに疲れているから、ろくに休まずに帰って来たんだろう?」
ルークは焦っていたが、頭がぼやつくほど疲れているのは実感していた。大人しくテオの言葉に従う事にした。
「おじさん……。うん、ありがとう。行こうぜバァン」
「え?お、おう……。
…… い、一緒の家で寝ていいのか?」
「へ、部屋は別々だからな!!」
ルークは、このまま何も言われなければ、バァンを自分の部屋に寝かせる所だった。
今は女性であるという状況になかなか慣れず、ついバァンには男同士の感覚で接してしまう。
「早く慣れないと……」
ルークは頭を抱えた。
東の空が白く滲み始め、鳥たちの声がまばらに聞こえ始めた。
既にルークとバァンは出発の準備を整えていた。
「ばあちゃん、行ってきます。
……バァン、今更だけど、辞めるなら今の内だぞ?
正直、最初からこんなんじゃ、今後はめちゃくちゃ大変な旅になりそうだしさ……。
完全に俺自身の問題だし、申し訳ないよ」
「大丈夫だって、男が一度言ったこと曲げたらカッコ悪ぃだろ!
そ、それに、女の子の一人旅は危険だからな!」
バァンは照れ隠しに笑いながら言った。
今まで嫌味を言われたり、一方的に殴られたりしていて、絶対に許すまいと思っていたが、これで精算してやろうとルークは思った。
何せ、今行くと病気に罹ってしまうかもしれない王都にまで、知っている上で同行してくれるのだ。
「ありがとな、バァン。俺、女じゃないけど……」
二人は村を出る前に、昨夜のお礼と挨拶を兼ねて、テオとイルマの家に寄った。
「本当に行くのかいルーク?
おばさんは反対だよ、あんたまで流行り病になっちまったら、メディナばあさんや亡くなったカロムじいさんに申し訳が立たないよ……」
イルマが、今にも涙がこぼれてしまいそうになりながら言った。
「大丈夫だよイルマおばさん。俺、実はこの姿になってからだけど、やっと魔法が使えるようになったんだよ!
だから何とかなるって!」
ルークのその言葉にあまりに驚いたせいで、イルマの涙が一瞬にして止まった。
「そうなのかい!よかったねえルーク!!
その心のケアのお陰なんだねえ!」
イルマは昨夜と同じように、またルークをきつく抱き締めた。
だが、何かに気付き、ルークをすぐに解放すると、いきなりルークの胸を揉みしだいた。
「んひぃ!!」
「へー、都会ってのは凄い技術だねぇ。
まるで本物じゃないか」
感心しながらルークの胸をさわり続けている。
ルークは、変な声が出そうになるのを必死で堪えながら、イルマに懇願した。
「お、おばさ……お願い、やめ……!」
「ああ、ゴメンね。珍しくってついつい」
イルマは笑って誤魔化しながら謝った。
バァンとテオは、顔を赤くしながらただ見ている事しかできなかった。
イルマは、一度奥に引っ込み、なにやらごそごそと樽から取り出すと、それをルークとバァンに渡した。
それは、この村では貴重な、肉を使った保存食だった。
「おばさんこれは!こんな貴重なのもらえないよ……」
「気にしない!ウチはまた作ったらいいんだから。
外で腹を空かせたら大変だろう?念のため持ってお行き」
「ルーク、絶対無事で帰ってくるんだぞ。もちろんバァン君もだぞ!」
「おう!ありがとな!」
テオとイルマに村の入り口から見送られて、ルークとバァンは王都へ向かって出発した。
王都は、ヘルト村と学校の丁度中間地点にあるため、引き返さねばならなかった。
休憩せずに行けば、昼頃には着けるだろう。
「おっちゃんとおばちゃん、イイ人だな」
バァンがしみじみと言った。
「ああ、俺の父さんと母さんも同然の人だ」
ルークが誇らしげに胸を反らした。
「そう言えば、バァンは家族に何も言わずに出て来てよかったのか?」
「……いい、家族居ねえから」
「……そっか」
バァンの表情が急に険しくなった。
触れない方が良いのだろうと、ルークはすぐにその話を辞めた。
そうこうしている内に、王都の入り口が見えてきた。