6.里帰り
ルークは学生寮の自室でせっせと荷造りをしていた。
着替えが無い為、必要最低限の荷物で済んだので思っていた以上に早く準備が完了した。
このままバァンを置いて、こっそり出て行こうか……とも考えたが、校門でバァンが既に待ち構えていたので諦めた。
話し合いの結果、道中で魔物が出てくる可能性も考えて、近くの町に寄って食糧や回復薬等のアイテムを買い揃える事になった。
ついでにルークの着替えも。
まるでデートの様だと浮わついているバァンを横目に、ルークはげんなりした顔で淡々と買い物を済ませた。
「……よし、こんなもんでしばらくいけるだろ」
ルークが着替えの服と薬草類を袋に押し込めながら言った。
「エテルナちゃん、これからしばらくの間よろしく。俺、頑張ってエテルナちゃんを守るからよ!」
「ああ……うん、よろしく。エテルナじゃなくてルークだけど」
「ルークちゃん……」
「気持ち悪い!!もう呼び捨てでいいから!」
バァンは早速ルークとの距離が縮まったとガッツポーズした。それを見てルークは、一刻も早く元に戻らなければと決意を新たにする。
「ところでル……ルーク。これから何処に行くんだ?」
名前を照れ臭そうに呼びながらバァンが尋ねた。
「村に戻って、俺のばあちゃんに会いに行こうと思う」
「え!?もうご家族に会わせてもらえるんスか!?お、俺達まだそんな関係じゃ……」
「違うわ!!つかいつまで引きずるんだ!!」
「どうしよう、もっと良い鎧を着ておくんだったぜ……」
「あの、話聞いて?」
ルークとバァンは、ルークの故郷であるヘルト村に向かって歩いていた。
ルークはその間に、頑張ってバァンに状況を説明していた。
「──で、俺のばあちゃんは、じいちゃんと若い頃外国で魔法の勉強してたの!だから、レイヤカースの違う物語を知ってるんじゃないかって思うから、今からばあちゃんに会いに行くの!
……ここまでは分かるな?」
「おう」
「それで、その物語の内容が分かれば、俺に呪いをかけたヤツにたどり着けるから、お願いして呪いを解いてもらおうって事!
これで三回目!!もう分かってくれただろ!?」
「おう、つまりレイヤカースを倒しに行くんだろ?」
「だーかーらー!なんでそうなるんだ!?
」
「だって呪いかけたヤツ倒さないと元に戻れないんだろ?」
「『お願いして解いてもらう』って言ってるだろ!なんでそんな物騒なんだよ!」
「だってルークの呪いは二つあるんだろ?あの、まるで塩とかいう」
そう言えばそうだ。ご先祖からの封印の呪いの事ばかりで、すっかり頭から抜けていたが、ルークにはマルディシオンの呪いもかかったままだ。
あの老婆が死んでも呪いが解けなかったと言うことは、呪いの根源は別にある。それは、レイヤカースに関係するもので間違いないのだろう。
お願いしたところで、呪いを解いてくれるとは到底思えなかった。
今までまともな戦闘などしたことの無いルークに、不安が黒い霧のように胸にまとわりついた。
「大丈夫、その為に俺がついてきたんだぜ!俺は将来傭兵になる男だからな!」
うつ向いたまま黙ってしまったルークを元気付けようと、バァンは自分の胸を思い切り叩いて言った。
バァンはこうなる事を知っていたのだろうか?しかし、そうなってくると、バァンがとても頼もしく見えてくる。
ルークはバァンに、感謝の意味を込めてはにかんだ。
ルークの故郷のヘルト村は、ルークとバァンの学校から歩いて1日ほどかかる。
自然に囲まれた田舎なので、馬車等の定期便は通っていない。
魔法が使えるようになっても、高度な転移魔法のやり方が分からない為、歩いて行くしかない。
それを学生のうちに使いこなしていたジニアスや、複数人引き連れての転移ができる校長はやはり凄いのだと改めて感じた。
道なりに進み、出くわしたスライムを軽くあしらっていく。しばらくして、少し疲労の色が出始めた頃、あることに気付いた。
たまに、道の真ん中でじっと止まって動かない人がいるのだ。
それが一人ではなく何人も。
最初はパフォーマンス集団か何かだと思っていた二人も、流石におかしいと思い始めた。
「なんだ?今の王国の流行りか?」
バァンが通行人の顔を覗き込みながら言った。
何か取り出そうとしたのだろう、鞄の中に手を突っ込んだまま、まるで動画の一時停止のようにピッタリ止まっている。
「バァン、もういいから行こうぜ……。早くしないと野宿になる」
ルークはバァンの鎧を引っ張って通行人から引き離し、そのままヘルト村へ向かって歩きだした。
そして、ようやく村に着く頃にはすっかり夜になってしまっていた。
村人は皆家に帰っているのだろう、外は誰もおらず、まだ起きている人がいる家の明かりがちらほらと点在するだけだった。
ルークはバァンと早速、祖母が一人で暮らす実家へ向かった。
家の明かりは消えていた。
「ばあちゃんもう寝ちゃったか……。申し訳ないけど入らせてもらおう」
ルークは木で作られたドアをそっと開ける。蝶番がギギと派手な音を立てた。
「ばあちゃん……、帰ったよ?」
ルークが驚かせないように、そっと話し掛けた。だが返事は帰って来ない。
よく眠っているなと思い、玄関近くに備え付けられた、魔法石を使ったランプを点けた。
奥に、祖母の部屋が見える。
そこに設置された小さなベッドが、膨らんでいるのが分かる。
ルークとバァンはゆっくりとその部屋に近付いて、また話し掛けた。
「ばあちゃん、俺だよ、俺。ルークが帰ったよ。
こんな姿じゃ分かんないだろうけど……」
「……」
やはり返事は無い。
「お前のばあちゃん、めっちゃよく寝てるな」
バァンが少し心配そうに言った。
ルークはベッドを覗き込んだあと、おもむろに布団を捲った。
「ば、ばあちゃん!!」
なんと、祖母は今にも起き上がろうとしている所で硬直していた。
あの道中で見た通行人達の様子とまるで同じだった。
「ばあちゃん!!ばあちゃん!!返事してよ!!」
ルークは祖母の身体にすがり付いた。
バァンはあたふたとするしかなかった。
「な、何だ何だ!誰かいるのか!?」
ルークが声をあげて泣いていると、何事かと近所の人が駆け付けた。
「ぐす……、テオおじさん……!!」
「ど、どこのどなたですか!?」