かくれんぼの楽しい遊び方
冬の童話に参加させてもらったので、夏のホラーにも挑戦させてもらいました!
深い事考えずに、ただ単に怖いと思えるような風に書いたつもりなので、是非読んでください!!
目の前に広がる白い壁を無心で見つめる
私の体勢は今、腰を半ばに下ろしている状態である
あっけらかんに言ってしまえば、用を足しているのだ
それも、座る方の
出来れば、そう言う場合は家の安心できる環境でリラックスしてやりたいものなのだが、突然で猛烈な腹痛に見舞われて、建物内の何処かのトイレに駆け込んだ訳だ
縦に伸びた白い壁は、私の入っている個室の外開きのドアで、天井と床の間には僅かな隙間が出来ていた
ところで、なぜ私がここまで赤裸々と自身の見苦しい話をしているかと言うと、私は僅かに気が立っていたのであって決して度を超えた狭心ではないと分かって欲しいからだ
私は全くその男の足音には気づかなかった
コツコツとドアをノックする音に、私の内心は一瞬かなりの不快感をよぎらせた
隣にもその隣にも個室はあるはずだ
それなのに、態々人が入っているであろう個室をノックするとはどういう了見か?
ドアと床の隙間を見ると、確かに男物であろう二足の靴先が此方に向かっているのが見える
私は心の中で見知らぬ男に悪態をついた
再び言うが、私は決して人間が小さいと言う訳ではない
だが、閉館間際の公民館のトイレはそう混んでいる訳でもないのだから、他を当たればいいのだ
悪意があるとしか思えない
ーーが、私は良識のある大人なので、男に罵倒を浴びせる事なく目の前の壁にコツコツとノックを仕返してやり、他へ行くように無言ながらに圧を掛けた
男はーー隙間から見える二足の靴は、しかし私のそれを受けても動く事はなかった
それどころか、なんと男は私に話しかけてきたのである
「すいません」
私は無論、返事はしなかった
顔の見えない見知らぬ男、黒い靴だけがそこに人がいる視覚的要素であるそれは、何だか少し薄気味悪がったからだ
だから、次にこう続けられた時はもっと不愉快な感情に襲われた
「僕とかくれんぼしてください」
……かくれんぼ?
男は、子供とは思えなかった
しかしだからと言って何歳ぐらいかと問われると困る
普通の声色の筈なのに何か奇妙な気配がした
もしかしたら、気狂いかもしれない
相手にしない方がいい
私は黙っていた
先程までの腹の痛みは消え去り、まるですり替わったかのように背筋を走る濡れた気味の悪い感触がまとわりつく
しかし、男は勝手にそのかくれんぼとやらを始めてしまった
「じゃあ、30秒数えたら始まりという事で」
そう言うと、今度はすたすたとちゃんとした足音が便所から遠ざかっていた
私はふんと鼻を鳴らした
なにが、「かくれんぼ」だ!馬鹿馬鹿しい
頭がおかしいのか、只の暇人か知らないが人を巻き込むのもいい加減にしろ
よりにもよって、無防備な状態の人間に提案することか?それが
そうでなければ、私がそいつに社会の常識と言うものを教えこんでやれるというのに
そこまで苦々しげに顔を歪めて考えているとふと、視線を感じた
何かに見下ろされているような
私ははっと頭をあげた、、、が、天井との隙間には何もない只、同じような白い材質の天辺が細長い四角に縁取られて見えているだけだ
何故、そこに男がいるのでは?と思ったのだろう
そんな事普通の人間はしない、いや、先ほどのも普通ではないが
でも、何故か私はあの隙間から男が此方を覗いているように思えた……
ぶるりと生理的な悪寒を得て、私慌ててズボンを引き上げ、男の足音が去ってから暫く経ったなと思ってはいたので、扉を外に大きく開けてそこから飛び出た
ちらりとあたりを見回すが、やはり男はいない
自身が言うように、隠れる場所を探しにいったのだろうか?
私は開いた扉をそのままに、便所を後にした
X
あぁ、なんてこった
どうやらとっくのとうに閉館時間は過ぎていたみたいだ
警備員はトイレに引きこもっていた私とあの狂人の存在に気付かず、館内の灯りを消してしまったらしい
均等の間隔に位置する常夜灯だけが青白く廊下を照らしているが、やはり仄暗い
全部、あの男のせいだ
全てを男にーー自身の腹痛さえもその責任を押し付け、私はズカズカと廊下を進んだ
あと少しすれば、階段が見える
ここは2階の図書館前の廊下なのだから、一階に降りれば、管理事務所だってあるし、誰かしらに繋がるであろう受話器も置いてあるのだから、何とか建物は出れる筈だ
全くとんだ苦労になってしまった
が、気持ちを切り替えて視界に入ってきた突き当たりの曲がり角へと向かう
そこに、3階と1階に繋がる階段があるはすだ
と、曲がり終えてから私は落胆する
もう一度
あぁ、なんてことだ
見下ろした視界には本物の闇が広がっていた
階段にはまるで灯をつけていないらしく、数段先からは漆黒が空間を飲み込んでいた
これでは危なくて到底進む事はできない
さて、どうしたものか……
その時、私の背後に何かの気配がした
した、筈だ
永遠に続く暗闇の奈落を見つめていた私の頭に、その背後の存在がぬっと伸ばした手で私の背中を押すような妄想がよぎる
理屈のない予感と吐き気を催す恐怖から逃げるかのように、3階へと続く闇の中へと駆け上がった
闇の中で、自分のはぁはぁと震える呼吸だけがはっきりと聞こえる……いや、違う、それだけじゃない
私が見えない段を駆け上がっている、その後を追うかのように確かに人の足音のような物が耳ではなく、まるで脳みその中から聞こえてくる
いる
確かに何かが私の後を追っている
その恐怖が私を走らせる
あっという間に3階に辿り着いた時には、私は自分が階段を踏み間違えなかった奇跡に感謝するべきだったが、そんな余裕はなかった
私は3階の廊下を訳もわからず気狂いじみた思考で、腕を振り回しながら全速力で駆け抜けた
後ろの何かを振り切ろうと必死だった
だから、薄暗い廊下の先に人の姿を見た時、私の心臓は一瞬本当に止まったかのように思えた
私は奇声を発して、その目の前の人間から逃れようと地団駄を踏む
が、走るのをやめ呼吸を取り戻したことにより、私の思考は冷静さを取り戻すことができた
なんだ、なんて事はない
人の姿というのは、私ではないか
私の正面ーーいつのまにか廊下のもう一方の端まで私は辿り着いていたらしいーーの壁には大きな鏡が取り付けられており、その中に映り込んだ自分の姿に、私は怯えただけなのだ
そして、その鏡を見たことによって、私の背後には誰もいないことも分かる
私は安堵ともとれる溜息を吐いた
どうやら、神経が過敏になっているらしい
実際、私は「誰かいるかもしれない」と思っただけで見てはいないのだ
人のいない役所の気味悪さでオカルティクな心地になっていたようだ
ところで
ところで、廊下の端にこんな大きな鏡あったっけなぁ
まぁ、あったんだろう、事実目の前にあるのだし
私は3階には滅多に来ないし、知らなくても当然だ
それに、案外そう言うものを人間見逃しがちだ
そう、そしてそれは時に眩しい灯台の明かりの下から目の前の硬い大地へと転がり出てきてくれる事もある
今の私にしてみれば、それは鏡に向き合う私のすぐ左横にあった
薄暗い中、赤い数字のランプが並ぶその横に2つの戸が此方に向かって閉まっている
そうだ、エレベーターがあったじゃないか!
私は自分の愚鈍さを呪ったが、しかし普段2階までしか利用しないし、図書館の入り口からは階段の方が近いので、あながち私を責める事は出来ないだろう
しかし、この時はなんで、そんな事も思いつかなかったのだろうと悔しく思った
しかし、夜間は稼働していなかったら…
あぁ、いや大丈夫だ
神経質になった心に人工的な煌々とした灯りが安心をもたらす
私はドアの開いた鉄の箱に乗り込むと、1階のボタンを押した
頼りになるエレベーターは私の支持に従ってすぅと下降する
私は一階に降りて玄関の鍵を確かめてダメだったら電話をしなければならないなと考えながら、エレベーターが一階に着くのを待った
が、なぜかそれはその途中、2階でライトが点滅する
……は?
エレベーターが下降をやめ停止する動きに私の体も一緒になって強張った
エレベーターは確かに元々3階にあったのだ
だから、直ぐに扉は開いた
つまり、私が乗った後に誰かがボタンを押したのだ
こんな時間に私以外の誰かが?
扉が僅かにその口を開く
私は拳を前に突き出して身構えた
誰が来ようと、それが私と同じ閉館した公民館に閉じ込められた哀れな一般市民であろうと殴り倒してやる
後で、いくらでも謝礼はする
だから、今は私を不必要に怯えさせた罪を償ってもらおう
私は目を凝らしてこれから現れる男だが女ーー不思議にも私は女性がそこにいるとは思わなかった、もし、僅かにでもそれが頭の片隅にあれば目に入った途端に殴りかかろうなんて野蛮な事は思わなかった筈だーーを捉えようと拳を更に力ませた
が、強張った私の体からその力が、全身の力が抜け去る
私は大きな悲鳴をあげたい衝動を必死に抑え、そしてその欲望に打ち勝った
私の前に現れた人間には頭が無かった、否体というパーツは一つ残らずなく、暗闇の中にぼんやりと二足の靴だけが浮かんでいた
否、否否否否否っ!!
違う!そうじゃないだろ!!
靴しかないんだ!
そう、恐怖心から戻ってきた私の目の前の暗がりには二足の靴だけが妙に綺麗に、踵と踵を合わせた8の字型に揃えられ此方へと向けられていた
その様はまるで、透明人間が素っ裸で靴だけ履いて大人しくエレベーターが来るのを待っているようだ
自身の想像のおかげでいくらか心が緩む
なんとも滑稽だ
ところでこの靴には見覚えがあるな……ぁあ!そうだ
先ほど、便所で私に不躾な誘いをしてきた男の物ではないか!!
すると、あの男は今裸足でいるのか?
三角形が真ん中の棒に向き合ったボタンを押しながら空想する
人間に忠実なエレベーターはその指令に恭しく従って靴を置き去りに口を閉じた
また、例の浮遊感を伴う下降が始まる
ありうるな
気狂いの考える事だ
音を立てないようにと、靴を捨てるのも訳はない
今頃は、何処かの部屋の隅にでも潜んでいて、私が来るのを今か、今かと待っているのかもしれない
ちょうど、ドア右上の電子板が1階に辿り着いたことを告げる数字の1の点滅を始めた
残忍な笑みが顔に広がり、誰もいないのにその下卑た表情を隠すように顔を下に向けた
いい気味だ
そのまま次の日、当番の館員が来るまで膝を抱えて待っていればいい
非常識に対するいい薬だ
私は、さっさと家に帰るぞ
足下に向けられた視界に僅かにドアが開き始めたのが映る
ようやく一階に着けた事に安堵した
安堵ついでに、ふとこう思った
そう言えば
そう言えば、あの男は配役については何も言わなかったな
私は顔を上げた
男なりのかくれんぼの楽しみ方ですね〜
かくれんぼ、つか、鬼ごっこ?
焦らしがすごい
極悪ですわ、急にこんなん誘われたら
私だったら、窓ガラスぶち破って逃走しますね
まぁ、相手にされた男も暴力的だったみたいだし、ちょうどよかったかなって
読んでくださった方がた、本当にありがとうございます!!




