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幸福なおじいさんの物語

「こんなところに人なんて住んでないんじゃないかな?」

「やっぱりさっきの道は右だったんだよ。」

「えっ?左だって言ったのはシズクだろ。」

「ヒカルだって左かもって言ったじゃん。」

「そうだけど…」

ヒカルたちは森の中ですっかり道に迷ってしまいました。

ここまで歩いた時間を考えると、引き返した方がいいのか、進んだ方がいいのか、判断がつきません。


「こんなところで何をしとるんじゃい?」

「「ひぃぃ!」」

急に声がしてヒカルたちは飛び上がりました。

「はっはっはっ。驚かせてしまったかな。見たところ旅人のようだが迷子かい?」

お爺さんにそう聞かれてヒカルたちはションボリと頷きます。

「もうすぐ日も暮れる。今夜は儂の家に泊まるといいさ。」

お爺さんの言葉にヒカルたちは喜んでお礼をいいました。

ずっと歩き続けていたのでもうヘトヘトだったのです。


「ほお、この国を見て回る旅ねぇ。」

お爺さんは食後によい香りのお茶と木の実のクッキーをだしてくれました。

「それと『大切なもの』も探しているんだ。」

シズクは早速クッキーに囓りつきながらお爺さんに言いました。

「大切なもの?」

「そう。まだ何かわからないけどね。」

シズクの言葉にお爺さんは少し目を大きくして言いました。

「わからない探し物とは随分難しそうじゃなぁ。」


「お爺さんは何でこんな森の奥に住んでるの?寂しくないの?」

「コラ!シズク失礼だぞ。」

ヒカルは慌ててシズクの口を塞ごうとします。

「構わんよ。儂は木こりでな。ここで婆さんと暮らしていたんだ。儂らには子どもがいなかったが楽しく暮らしていたんじゃよ。少し前に婆さんが亡くなってね。儂も一人だし町におりようかとも思ったんじゃが、ここの方が性にあっていてね。」

そう言ってお爺さんは笑いました。


「ずっと1人で寂しくないの?」

シズクが聞きます。

「ずっと1人というわけでもないよ。たまには町におりるし、何よりここには婆さんとの想い出があるからな。このお茶だって婆さんが森の植物を色々煎じて考えたものなんじゃ。このとおり今でこそなかなかの味じゃが、最初は酷い味だったんじゃよ。」

お爺さんはお茶を飲み、またにっこりとしました。


「お婆さんが亡くなられて寂しくないですか?」

ヒカルが聞きます。

「そりゃもちろん寂しいよ。だがさっきも言ったが儂には婆さんとの想い出がある。それにいつかは儂も死ぬ。そのときにはまた婆さんにも会えるだろうしね。」


「僕はみんなを支える強い人間になりたいんです。」

お爺さんはそう言うヒカルを静かに見つめました。

「だから泣かないと決めました。自分が泣いていたら、みんなが泣けないから。」

ヒカルは言葉を続けます。

「でも、大切な友人に泣かない人に泣きたい人の気持ちはわからないと言われて、自分の悲しみを我慢してなかったことにするんじゃなくて、ちゃんと泣きたいって思ったんです。そして、みんなの悲しみに寄り添いたいって思ったんです」

そう言ってシズクをちらりと見ました。


「でも、僕には知らない悲しみがあって、どうしたらそれに寄り添うことができるのかわからなくなってしまったんです。」

シズクはヒカルの肩にそっとおりました。

「でも、何もできなかったのに、その人は僕らのお陰だってお礼をいったんです。僕らはただ自分たちの話をしただけだったのに。」

ヒカルは肩にのるシズクに手を伸ばしました。


「そして、お爺さんのように自分の悲しみを自分で解決する人もいる。」

シズクはヒカルの指をそっと取りました。

「みんなを支えたいという考えは間違っているんでしょうか。もしそうなら、僕がいる意味は何なんでしょうか…」

ヒカルの目から涙がこぼれました。


「頑張っているんじゃな…」

その後に続いたお爺さんの言葉を聞いて、ヒカルはとうとう泣き出してしまいました。

そんなヒカルの側でシズクも涙を溢しました。


「「ありがとうございました!」」

翌朝、お爺さんにお礼をいってヒカルたちは森の家をあとにしました。

ヒカルもシズクも目は真っ赤でしたが、その顔はとても晴れやかでした。

ヒカルたちは『大切なもの』を見つけたのです。





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