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孤独な少年の物語

変装した二人が最初に訪れたのは湖のほとりにある小さな村でした。

なぜ変装しているかですって?それはもちろんヒカルが王子様とわかってしまっては王国の民の生活をゆっくり見ることができなくなってしまうからです。


「何をしているんだろう?」

村人たちは湖のほとりに集まり、色とりどりの花を湖に流していました。

「亡くなった人たちを送っているんですよ。」

村では毎年この時期になると一週間だけ死者の魂が家族のもとに帰ってくるという言い伝えがあり、今日はその最終日、天国に帰る魂を送るために花を湖に流すのだと村の女性が教えてくれました。

「随分若いのに一人旅かい?今夜は村でお祭りがあるからよければ見ていくといいよ。」

近くにいた男性が教えてくれました。

「見ていこうぜ。もう昼過ぎだ。どちらにしろ今日はこの村で宿を探さないと。」

そう言うシズクに頷くとヒカルは先ほどの男性に宿屋を教えてもらいました。


さて教えてもらった宿屋に行こうと人混みから離れると一人の少年がポツンと座り込んでいるのが目に入りました。

ヒカルより少し年下くらいでしょうか。手には白い花が一輪握り締めてられています。

「君は花を流さないのかい?」

ヒカルがたずねると少年は寂しそうに言いました。

「花を流さなければずっと一緒にいられるのかな…なんてさ。」


話を聞くと少年はつい数か月前にお母さんを病気で亡くしたそうです。

「僕も10歳の時に母さんが亡くなったんだ。寂しいよね。」

そう言ってヒカルは少年の隣に腰をおろしました。

「けれど、いつまでも悲しんでいたらお母さんも悲しむよ。僕も悲しかったけれど前を見なきゃ。きれいな花じゃないか。流してあげたらお母さんも喜ぶよ。僕でよければ一緒に行くから。」

だんだん俯いていく少年に気づかずヒカルは言葉を続け、少年の花に手を伸ばしました。

「うるさい!何がわかるのさ!!」

少年はそう言って急に立ち上がり、どこかに行ってしまいました。

「えっ…」

ヒカルは何が悪かったのかわかりません。残された白い花を見つめ茫然としてしまいました。


「何がいけなかったんだろう…」

宿屋の部屋でヒカルはシズクに言いました。

自分だって母さんがいなくなって寂しかった。少年の気持ちはわかる。

でも悲しんでいるだけじゃいけない。少年にも頑張って前を向いて欲しかっただけなのに。

「ヒカルはさ。いつも泣かないよな。王妃様が亡くなった時だってさ。」

「だって、泣き虫の王子様じゃ、カッコ悪いだろ。それに…」

「それに?」

「それにシズクが泣いてくれたから。」

ヒカルだって悲しいときは泣きたくもなります。でも自分は王子です。泣くわけにはいかない。

そんな時いつもシズクが代わりに泣いてくれたから、ヒカルは頑張ってこれたのです。

そう言うヒカルをシズクは難しい顔で見つめていました。

「シズク?」

急に黙りこんだシズクを見てヒカルはなんだか不安になりました。

それにヒカルはずっと気になっていたことがあるのです。


「あのさ…」

おずおずと言葉を続けるヒカルをシズクは見つめました。

「シズクはなんで母さんが亡くなったとき泣かなかったの?」

そうです。王妃が亡くなったあの日。シズクはいつものようにヒカルの側にいてくれました。

でも泣きはしなかったのです。

「ヒカルはさ。悲しくなかったの?」

そう言ってシズクはヒカルをじっと見つめました。

「そんな、そんなことあるわけないじゃないか!でも僕は!」

「でも、じゃないよ。」

シズクのあんまりな言葉に思わず大声を出してしまったヒカルの言葉を遮ってシズクは静かに続けました。

「ヒカルはさ。俺が代わりに泣いたから頑張れたっていうけどさ。それは違うよ。」

シズクはヒカルの胸をトンと叩きました。

「ヒカルの『悲しい』はヒカルのものだよ。俺は代わってやれないよ。ヒカルが自分で泣かないと。」

「え…」

「いつでも前を向いて、ニコニコして、頑張るヒカルは偉いよ。でも悲しい時は人は泣くんだよ。泣かない王子様じゃ、泣きたい人の気持ちは見えないよ。」

シズクは優しい目でヒカルを見て言いました。

「ヒカル、泣いていいんだよ。あの子は一緒に泣いて欲しかったんじゃないかな。」


ヒカルはガンッと頭を殴られたような気がしました。

ヒカルが悲しい時、シズクはいつも側にいてくれました。

でも、頑張れ、なんて一度も言いませんでした。ヒカルが前を向けるまで、ただずっと側で待っていてくれました。

そんなシズクがいてくれたから、だから頑張れたのです。

なのに、自分が少年にしたことは…


「あの子に謝らなきゃ!…でも、あの子はどこに行ってしまったんだろう。」

謝りたくても名前もどこに住んでいるかもわかりません。

「小さい村だ。宿屋の人に聞いてみたらどう?」

シズクの言うとおり宿屋のおかみさんに聞いたら少年のことはすぐにわかりました。


翌朝、ヒカルは教えてもらった少年の家を訪ねました。

「昨日はごめんなさい。君の気持ちも考えず勝手なことばかり言って。」

「いや。俺も悪かったな。」

少年は驚きながらもヒカルにそう言いました。

そんな少年にヒカルは小さな袋を少年に差し出しました。

「これは?」

訝し気な顔をする少年にヒカルは言いました。

「僕の住んでいる場所に咲く花の種。星みたいな小さな白い花が咲くんだ。」

また怒らせてしまうかもしれない、そう思うと目線が下を向いてしまいます。

「嫌かもしれないけれど、いつか…」

「ありがとう。」

小さな声で呟くと少年はヒカルの手から小袋を受け取りました。

ハッとヒカルは顔をあげます。すると少年は今度は「ありがとう」とはっきりとヒカルを見て言いました。

「うん。」

ヒカルは大きく頷くと少年の家を後にしました。


「余計なことだったのかな…」

村を後にしながらヒカルはシズクに聞きました。

「どうだろ?でもいいんじゃん。ありがとうって言ってたし。」

「うん…」


二人は次の場所を目指してまた歩きだしました。





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