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奴隷3

8話 奴隷3



 女は、再び剣を構え攻撃する姿勢をとった。その視線はこちらを一心に見つめている。恐らく俺から放たれる飛道具を警戒しているのだろうが、それは的外れだ。


 こいつが調子に乗ってべらべらと話しかけて来ている間に、女と俺の直線上に閃光弾を仕掛けた。俺の方に向かってくれば、必ずこれが女の視界を奪う。ただでさえ暗く視界は良くないのだから、閃光弾などくらえば視界は完全に奪える。あとは軽く仕留めるだけだ。


 つまり、俺はここで女が攻めて来るのを待てばいい。始めからこいつが突っ込んでくれば苦戦したかもしれないが、慢心してくれているおかげで助かった。


「ん?攻めてこないのか?ならばこちらから行かせてもらうぞ!」


 そして女は、あっさり俺の思惑通りこちらに向かって来た。


 俺の勝ちだ。そう思った刹那、女は足を止めた。


「何て…言うとでも思ったか?侵入者が逃げもせず応戦して来て、しかも攻めてもこないなんておかしな話だ。どうせあと一歩か二歩進んだくらいのところに罠でも張ってるんだろう?視界の悪さを利用して私との能力差を縮められる道具。そうだな、閃光弾辺りが妥当か」


 女はそう言いながら笑って見せた。


「もう少し良いのを期待してたんだがな、残念だよ。見当違いだったようだ。さっさとお前を殺して一杯飲みにでも行くとしよう」


 女は下に落ちていると予想した閃光弾を踏まないよう、俺との距離を跳躍して縮めて来た。咄嗟にダガーで防ごうとしたが、女の剣は速過ぎて反応は間に合わない。


「終わりだ。暇つぶし程度にはなったよ」


 女の刃が、俺の首に触れた。


「っ……!?」


 だが、その刃が俺の首を跳ねることはなかった。それどころか、俺の首に強く打ち付けられた刃は真っ二つにへし折れ、片端はバルコニーのの外へと吹き飛んでいった。


「やっぱお前、強いよ。でも、それだけだ」


 俺はそう言い放ち、ダガーで女の両腕を根本から切り落とした。


「な、な、に、が…起こっ…た?」


 女は未だ何が起こったか分からないという様子でこちらを見つめている。当然だろう。さっきまで無防備にあらわになっていたただの魔族の首が、突如光を帯び剣の硬度を超えるものへと変わってしまったのだから。


 俺の擬態は、全身だけではなく体の部分部分にも使うことができる。なので元の俺の姿のまま、首だけをクリスタルスライムの表皮に変えさせてもらった。


 クリスタルスライムとは、名前の通り表皮が宝石で出来ており、人間どもがよく鉱山に来てはピッケルを降り下ろし続けているものの正体だ。クリスタルスライムは表皮が硬く重すぎるが故に、ほとんど動くことはない。そのため、人間達は自分が採掘しているのがただの宝石ではなく、魔物の表皮であることには気づくことはない。


 いくら女の腕が良くとも、ただの鉄の剣でその宝石を斬るのは不可能だ。実際に剣は折れ、俺の首には少しの傷をつけることも叶ってはいない。


 正直、閃光弾が気づかれるのは予想していた。この女が強く戦い慣れしていることは分かっていたし、それ故に自分が負けるはずがないと自信満々に俺の首を落としに来ることも全て。なら、後は簡単だ。


 策が看破され、なす術がなく殺される。俺は、そんな哀れな魔族の姿を演じていればいい。


 そうすれば、殺れる事を確信したあの女は必ず首を落としに来る。それが失敗した瞬間に両腕を切り落とすだけだったというわけだ。案の定鎧を着ているわけでもない女の腕は、簡単に切り落とされた。


「が…ァァァァァ!!!」


 周りには激しく血飛沫が舞い、苦痛に女が声を上げる。そこには、さっきまでの高飛車だった女の姿は微塵も残ってはいない。この女がここまでの実力をつけるために、どれだけの時間をかけ、どれだけの努力をしてきたのかは知らない。だがその全ては今、この一瞬で奪われた。


「さて、形勢逆転。だな」


「くそ、くそが!くそがぁぁ!!」


 このままこいつを刻み続けたいところだが、生憎今はそんなことをしている時間がない。ここで大声を上げられ続けても困る。残念だが、殺すしかないな。せめて、できる範囲で最大の苦しみを与えて殺してやろう。


「よし」


 決して叫ばれることのないよう、女の口を手で塞ぎながら、その胸にダガーを押し当てる。鎧を着ていない女の体には、それは簡単に沈み込んでいった。


「む、むご…」


 じわりじわりと肌を貫きながら心臓へと近づいていくダガーの感触に、女の体は激しく痙攣する。ビクンビクンと、まるで陸に上げられた魚のように、その姿は醜い。


「どうだ?痛いか?」


 口を塞がれていて、女が答えられないのを分かっていながらも、俺はそう問いかける。顔色を伺ってみても、焦点の合っていない目と、目から零れ落ちる大量の涙しか映らない。


 1ミリ、また1ミリと、徐々に女に死が近づいていく。男にはないその胸の脂肪が、この女の命が絶えるまでの時間を遅らせていた。


「ふぐ…ご……」


 ダガーの頭身が三分の一ほど入った頃には、もう女の意識は薄れ、消えかかっていた。耐えがたい激痛と逃れられない死への恐怖で、肉体よりも先に精神に限界が来たようだ。意識がなくなってからこんな事を続けても意味はない。どうやら、終わらせる時が来たみたいだ。


「じゃあな」


 そして、心臓の近くまで貫通していたダガーを、女の体が貫通するまで勢いよく押し込んだ。


 己の力を過信し、勝利を確信した者ほど殺しやすい者はいない。それがどんな強者であっても、ただ一瞬。相手を殺したと確信した瞬間だけは必ず大きな隙となる。こいつが自分の力を過信せず、常に気を張り続けていれば、結果は変わっていたかもしれない。まあ、こうなってしまった後では、それも憶測の域を出ないわけだが。


 さて、これでもう邪魔者はいない。


 女の心臓に深々と突き刺さったダガーを回収し、確実に息絶えている事を確認した俺は、そのままバルコニーから城の内部へと侵入した。

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