壊された安寧3
34話 壊された安寧3
「もう、嫌……怖い……怖いよ……」
私の日常は、帰っては来ない。お父さんとお母さんはまだ殺されたかは分からない。でも、これ以上この光景を見続けられる自信がない。ナツも殺されてしまった。もう、いつもの日常には帰れない。いっそここで目覚めて、「全て夢だったんだよ」って誰かに言ってもらいたい。
だが、そんな私に少しの希望を持つことも、彼らは許さなかった。
バキィッッッ
叩かれ続けていた玄関の扉が、もの凄い音を立てた。とても大きな足音がする。
(きっと、あの血まみれの人が入って来たんだ。このままじゃ、私も殺される……)
私は凍りついた自分の体を必死に押し動かし、ベッドの下に隠れた。
ガシャ、ガシャ、ガシャ
だんだん、足音が近付いてくる。
(嫌……お父さん、お母さん……)
そしてその足音は、私の部屋の前まで辿り着いた。
男は私の部屋の扉を開け、部屋の中に入ってきた。
「おかしいな。確かこの家にはガキが1匹、いるはずなんだが」
手で口を押さえ、漏れる吐息を押さえる。
自分の心臓の音が、鮮明に聞こえた。あの男にも聞こえてしまうのではないかと思う程に、その音は大きい。
「明らかにここは、子供部屋って感じだしな。殺したあいつらのガキは、まだ必ずこの家の中にいると思うんだが......」
(……殺、した……?)
男の発した言葉に、身の毛がよだつのを感じた。耳は確かに内容を聞き取っていたのに、心が、本能が、それを受け入れようとしない。
「さては、どっかに隠れてやがるのか。まあいい。見つけ出して、じっくり殺してやるとするか」
男はそう言いながら、私の部屋を後にした。
(お父さん、お母さん......)
男が部屋を去っても、私の心臓の鼓動は、激しいまま。心の許容量を超える真実に、体がはちきれそうな気分だった。
「嘘、嘘だ......お父さんとお母さんは......きっと、生きてる」
何度も何度も自分に言い聞かせ、心を落ち着かせる。
男は今、隣の部屋を物色している。さっき一度ここに来ていたし、もう一度戻ってくるとは思えない。上手くいけば、撒ける。そしたら、そしたら……
(大丈夫。お父さんもお母さんも、絶対、生きて……)
だがその希望は、一瞬にして絶望に変わった。
「あれ……って……」
男が入ってきた所には、血が伝っている。その血の上に、お父さんとお母さんがいつもしていた、指輪が落ちていた。忘れもしない、印象的な緑色の指輪。あんな色のをしていたのは、二人以外にいない。
まだ子供の私にも、その絶望は確かに伝わってしまっていた。血まみれで誰かを殺したと言っている男が、お父さんとお母さんの指輪を持っていた。
つまり、あの返り血は、お父さんとお母さんのもの。二人は、もう……
私を絶望に染めるには、十分過ぎる状況だった。
「あ、う……」
プツン
まるで糸が切れるかのような軽い音が、脳内で反響した。
悲しい。怖い。悔しい。憎い。
負の感情が全て混ざり合った瞬間、私の意識は、真っ白になった。




