闘技会9
24話 闘技会9
勝った......のか?
明らかに、ツバキはまだ戦えるはずだ。このまま戦い続ければ十分俺に勝てるはず、なのに?
それに、見つけたって何だ??俺は、こいつと会ったことがあるのか?ダメだ。痛みで思考がまとまらない……
『優勝者は、クレア選手です!!!』
実況者がそう叫ぶと、観客席は湧き上がり、すごい数の歓声が俺に浴びせられた。
優勝出来たことは喜ぶべきなのだろうが、さっきから頭の整理が追いつかない。
だが、俺が何一つ解決できないまま、大会は表彰式へと移り、景品が授与された。
「優勝おめでとう。これはあの亜人の手錠と首輪の鍵だ。これからは君があれの主人として好きに使ってくれて構わない」
そう言うと、レオパルドは俺に獣人と金貨の入った袋を渡した。
いつの間にか、ツバキは会場から姿を消していた。
そして表彰式が終了し、あっという間に闘技会は終わった。
ツバキを探しに行きたかったが、この獣人を一人にする訳にもいかない。
ひとまず、獣人を連れて宿へと戻ることにした。
◇◆◇◆
連れて行く最中も、宿についてからもこいつはずっと怯えた様子で震えていた。きっと相当レオパルドに酷く辛いことをされ続けて来たのだろう。
宿にたどり着くと、従業員は随分と動揺していた。全身傷だらけの勇者に、横にはボロボロの服を着て、痩せ細った亜人。説明をするのも面倒だったので、渡された救急箱を持って、そのまま獣人の女と一緒に部屋に入った。
「さて……」
震えている細い身体に、手を伸ばす。女はもう半泣きだったが、素早い手つきで首輪と手錠の鍵を外してやった。そして俺の体にかかった擬態を解き、本当の姿を見せて言った。
「安心しろ。俺は魔族だ。もうお前を縛り付ける物は何もない。安心して故郷に帰るといい」
女は始めはとても驚いた様子だったが、やがて落ち着いたようで、ゆっくりと顔を上げたのち、答えた。
「あ、ありがとう、ございます……。私の名は、ルナと申します。それで、お気遣いは嬉しいのですが……私の故郷は、もうありません。ずいぶん昔に、焼かれて無くなってしまいました」
頰に涙を伝わせ、声を震わせながら続ける。
「ご主人様のためなら、何でも致します。どんな命令にでも、従います。ですので、ですのでどうか、ここに置いてもらえないでしょうか……」
そうか、こいつも。俺と同じか……
「お願い……致します……」
帰る家が無くなった辛さは、俺も痛いほど分かっている。その故郷と同じものは用意してやれないが、せめて、住む場所くらいは……
幸い、手元にはレオパルドから貰った多額の金がある。俺もいつまでも宿にいれば、何かと目をつけられるかもしれない。なら……
「分かった。ちょうどここには家を買えるくらいの金はある。これで家を買おう。ルナも、住んでくれて構わない。あと、何でもするなんて軽々しく言うな。俺はお前に服従を求める気などない。ご主人様と呼ぶのも、やめてくれ」
レオパルドから貰った金貨の入った袋を見せながらルナにそう言うと、ルナは目に涙を浮かべて喜んだ。
「本当に、本当にありがとうございます。こんな日が来るなんて、夢にも思っていませんでした......」
そうやって泣きじゃくるルナに、ハンカチを渡してやる。それでもしばらく泣き止むことはなかったが、俺はしばらく待つことにした。自分の体の傷を治療しながら、時には背中をさすってやりながら。
きっとこいつは、これからも俺に、酷いことをされ続けると。そうやって人生を終えていくことを、本気で覚悟してしまっていたのだろう。だが、もうその心配はない。その安心感と嬉しさで、涙が止まらないみたいだ。
そして、体感にして1、2分ほどが経過すると、目の下を赤くしながら、ルナはやっと口を開いた。
「す、すいません。こんなに泣いてしまって……」
「いや、いい。気にするな、ルナ」
「あ、名前……久しぶりに、呼ばれました。なんだか、とっても懐かしい気持ちです。そうだ。ご主人様のことは、なんとお呼びすれば……?」
名前か。ルナは人間でもないし、これから一緒に住むというのに、偽名を使うのも変だよな。クレアなんて名前は、もうやめだ。
「クレアという名は偽名だ。本当の名は、ロイ。これからは、そう呼んでくれ」
「ロイ様、ですか。なんて素敵なお名前なんでしょう。では、これからよろしくお願いします!ロイ様!!」
「ああ。よろしくな」
にかぁっ、ととびっきりの笑顔を向けてくるルナ。顔が整っているから、その姿はとても可愛らしい。泣いている姿よりも、こっちの方がよっぽど似合ってる。
「よし。じゃあ、早速家を買いに行くぞ。あとは、服もだ。そんな奴隷の服など、もう着るな」
「はい!ロイ様!!!」
こうして、一人の奴隷は、帰る場所と自由を得た。
あの日皆を救えなかった罪は、決して消えはしない。これからも、続いていく。だが、こうして苦しんでいる者を救えるのなら、こんな俺にも、生きている価値はあったのかもしれない。




