闘技会8
23話 闘技会8
決勝戦は、今までと同じようにすぐ始まるのではなく、1時間のインターバルがあるそうだ。恐らくは、万全の状態で俺たちに決勝を戦わせるための主催者の配慮だろう。
俺は選手専用の控え室で、試合で使った体力を戻すべく休みながら、ツバキを倒す手段を練っていた。
正直、どうすれば勝てるのか全く分からない。
擬態を使えれば対策はいくらでも立てられるが、それが出来ない今、身体能力だけでどうやったらあの男を負かすことが出来るのか......
そんな事ばかり考えていると、時間はすぐに過ぎていき、あっという間に試合時間となった。
「さあ、皆さんお待たせいたしました!!いよいよ、決勝戦のスタートです!!」
会場の大熱狂と共に試合が始まった瞬間、ツバキは一気に攻撃を仕掛けてきた。俺もそれに合わせて応戦する。最初からかなりの速度で攻撃を飛ばしてくるツバキを相手に、俺は持てる力を尽くして攻撃を受け続けた。
(やはり、速いっ……)
見るのと体感するのでは、全然違う。更に俺の必死な姿を嘲笑うかのように、ツバキは攻撃の速度を上げ続けた。
攻撃は直撃こそしないものの、確実に俺に傷を与えていく。肩が、腕が、脚が、少しずつ出血で赤く染まっていく。その一つ一つは小さな傷だが、次第にその数は増えていった。
だが、ツバキの攻撃は止まらない。どんどん速度が上がっていくその攻撃は、やがてルカの剣速すら上回った。目の癖がなければ倒されていたかもしれない、あの速度よりも、だ。
やはり、この男は強い。俺が今まで戦って来た誰よりも。
だが、この戦いは絶対に負けられない。俺が負けるだけならいい。しかし、この戦いにはあの獣人の命もかかっている。俺が負ければあいつはツバキの奴隷となり、一生を過ごすこととなってしまう。それだけは、絶対に阻止する。しなければならない。
(もう、こいつらには何も奪わせない!)
俺は力を振り絞り、防御を捨てた。
「!?」
初めて、ツバキの顔が強張る。防御を捨てた俺の体にはさっきよりも確実に、傷が増えていく。だがその分、さっきまで無傷だったツバキの体にも、傷がつき始めた。一歩、また一歩。着実に、そして確実に。俺の剣はツバキの体を捕らえ始めた。
そしてついに、俺の一撃は届いた。
「っ……」
左から横腹へと入った木刀が、ツバキの骨を軋ませる。痛々しく響く鈍い音と共に、その体は3メートルほど後方へ吹き飛んだ。地面に膝をつく事は無かったものの、その一撃は確実にツバキに大きなダメージを与えたはずだ。
そして、ツバキが、今大会で初めて俺から距離を取った。すぐには戻っては来ず、その場で腰に手を添える。手応えはあった。戦闘不能まではいかなかったが、そのダメージは大きいようだ。
しかし、それは俺も同じ。ここまでする為に、かなりのダメージを負ってしまった。全身が軋む。少しでも力を抜けば、立つことすら出来なくなるだろう。
恐らくツバキが使っているのが木刀でなく本物の剣であれば、とっくに死んでいるレベルの攻撃は負っている。正直、このまま戦い続けても勝てるかはかなり怪しい。
(だけど、俺は……)
ここだけは、絶対に負けられない。その意志だけで、体を動かしていた。お互いに、体の限界は近い。ここからは気力の勝負だ。
木刀を構える。そして、無意識に下を向いていた顔を、無理やり上にあげる。てっきりもう、ツバキは向かって来ているのだろうと思っていた。これでも、出遅れたと。だがら、それは違った。
ツバキは剣を構えるどころか、下に下ろしたまま。向かってくる気配は、無かった。
まさか、剣を構えられないほどのダメージを与えられたのか?いや、そんなはずはない。ノルの時のように、意識が朦朧としている感じではない。その目線は、確かにこちらに向けられている。
俺は震える手に力を入れ直し、次の攻撃に備えた。
だがどれだけ待っても、仕掛けてはこない。そしてゆっくりと目を合わせてきたツバキは、俺の前で初めて言葉を発した。
「ついに、見つけた......」
まるで、子供が無くしていたおもちゃを見つけたかのようなその不気味な表情に、一瞬体が凍りつく。
そして次の瞬間、ツバキは木刀を捨て、審判に降参を宣言していた。




