弓兵3
14話 弓兵3
「ここは、どこだ?」
縄で体を縛られ、木に貼り付けられながら、女はそう呟いた。
「目が覚めたか。ここは、ウルフの巣の中だ」
女が気絶している間に、俺はこいつが弓矢で殺していたウルフ達の巣へと連れ込んだ。何匹か仲間を殺されているウルフ達は、俺の後ろで女を殺せる時を今か今かと待ち望んでいる。
「早く私をここから出せ!!リアは絶対にまだ生きてる!!助けに行く邪魔をするな!!」
ほんと、こいつの頭はお花畑だな。まだあの女が生きていると信じていたのか。
「さっきお前が見たのは俺が擬態した姿だ。あの女はもうこの世にはいない。最初に言ったと思うが、俺が殺した」
だが、女はその事実を認めようとはしない。
「黙れ!!まだ嘘をつくのか!!お前みたいな奴にリアは負けないと何度言えば分かる!!」
「まあ、とりあえず落ち着けよ。一旦、自分の置かれている状況をしっかりと考えてみたらどうだ?」
その言葉に、女は周りを見渡す。
周りを自然の石の壁で囲まれたどこかも分からない場所で縛られている自分を見て、目を見開く。手足も完全に拘束され、少しガチャガチャと暴れて見せても、拘束が外れる気配はない。やっと少し、焦り出したようだ。
「お前、なんなんだよ……こんなことして、ただで済むと思ってんのか!?さっさとこれを外せ!!」
自分の置かれている状況への焦り故なのか、女はより緊迫した表情で、俺に訴えかける。ただ、未だにプライドが高いのか、上から目線のその態度に、少し腹が立った。
「ほら、早く……ごぶっ」
女の腹に、一本の小さなナイフを突き刺す。決して殺さぬよう、脇腹へと。
「な、何して……あ、ァァァァ!!!」
刺した箇所からは血が吹き出し、その下半身を赤く染めていく。だが、この位置を刺された程度では、簡単には死なない。
「いだぃっ……やめて……やめて、ください……」
やっと減らず口が直ってきた女の態度を見て、俺はそっと手を離す。ナイフは未だ、その腹に刺したまま。
「どうだ?体に物が刺さるってのは、結構痛いだろ?ほら」
少し安堵したような表情を見せていた女の腹に、再び手を伸ばす。そして、ナイフをまた一段階、その体の深くへとめり込ませた。
「っっ……いや、やめて……いやァァァァァ!!!痛いっ!!痛いぃぃぃ!!!」
ぐりぐりとナイフを押し込んでいくたびに、腹からはまた血が流れ続ける。
「どうした?これが、さっきまでお前がウルフにしていたことのわけだが。自分のしたことだ。当然、やり返される覚悟も持ち合わせていたんだろう?」
「うぅ、やめ……リア、たす、けてぇ……」
「リアはもういない。死んだ」
「やだ、やだよ……リア、リアぁ……生きてる、絶対、生きてるっ……」
はぁ、もういいか。結局コイツは馬鹿なのか、それとももう現実逃避しか出来ないのか。これ以上、何かいい反応を見せてくれるようにも思えない。それに、本命は俺じゃないしな。あいつらもそろそろ、限界みたいだ。
「そうか。まあ、別に信じなくてもいいさ。あの世に行ってから、じっくりと念願の再会を果たせばいい」
そして、後ろで控えているこの巣の家主達に、声をかける。
「待たせて悪かったな。もういいぞ」
俺の言葉を聞いたウルフ達は、一斉に女に飛び掛かった。
4匹のウルフ達に飛びかかられ、女は悲鳴を上げる。
「ああァァァァァ!!痛い痛い痛い!!ごめんなさい!!もう、もうしません!!だから許し、、、ァァァァァ
!!やめて!食べないで!!」
ウルフ達は、その自慢の牙で次々と女の身体に傷を与えていく。
腕は噛みちぎられ、足は繋がってはいるものの、もう、足と呼べる代物では無くなっていた。
「いや、いやぁっ!!腕が、足がァァァァァ!!ごめんなざい!!私が、私が悪かったから!!お願いします!!もう、やめ……」
そこで、女は言葉を失った。その声帯を、ウルフ達に噛み切られたからだ。そして段々とその目は虚になっていき、1分もしないうちに、その体は動かなくなっていた。
俺がその光景を見ていてウルフ達から感じとったのは、ただひたすらの「哀しさ」だった。
今の彼らに出来るのは、せいぜい仲間の仇である女を苦しめて、出来る限り痛めつけてから殺す事。それだけだった。例えそれで彼らの仲間が戻ってくるわけではないと、分かっていたとしても。
俺はそんなウルフ達の表情を見ているのが辛くなってしまって、そのまま巣から出た。
外は少し暗くなっていた。気づかなかったが、結構な時間が経っていたようだ。
「俺は……」
一瞬心をよぎった感情を声に出そうとし、やめる。それは今の俺が一番、思ってはいけない類のものだったから。