弓兵2
13話 弓兵2
「私は本来近接戦闘をすることはないんだがな。だが、お前程度の小物ならこの短剣一本でも事足りる」
女は続けて言う。
「最近私の飲み仲間が行方不明になってな。まあ誰かにやられるようなやわな奴ではないが、城主と一緒に夜逃げしたとか誰かに殺されたとかくだらん噂ばかり聞いて今私は気が立っているんだよ。お前の首を気持ちよく跳ねれば少しはスッキリするだろう。悪いが、私のために死んでくれ」
後半言っていることがめちゃくちゃだったのは一旦置いておいて、前半気になることを言ったな。もしかしてこいつの飲み友達って、この前殺した女の事か?
これはいい。存分にその事を利用させてもらおう。
俺は少し笑みを浮かべながら女に言った。
「もしかして、お前の言ってる飲み友達ってこいつの事か?」
そう言いながら、俺はこの前殺した女の姿に擬態した。
女は驚きを隠せないといった表情でこちらを凝視していた。当たりだ。やはりあの女はこいつの仲間だったようだ。
女は先ほどの落ち着いた様子とは変わり、怒りに満ちた表情で怒鳴り散らすように問いかけて来た。
「お前!リアに何をした!!どこにいるんだ!!!」
あの女の名はリアというのか。まあ、殺した相手の、ましてや勇者の名前などに興味はないが。
激昂した女を挑発するように、リアの姿に擬態したまま会話を続けた。
「この女ならもうこの世にはいないぞ?俺がこの手で殺したからな」
女は更に激昂した様子で叫ぶ。
「嘘だ!お前みたいな奴にリアが負けるはずがない!!このホラ吹き魔族が!!ぶち殺してやる!!」
やはりどれだけ腕が立とうと所詮は人間。少し心を揺さぶってやれば簡単に隙は作り出せる。慣れない姿なため少し動き辛くはなるが、この姿のまま戦うとしよう。
「おい魔族!早くその変身を解け!!ぶち殺すぞ!!」
まるで負け犬の遠吠えのような女の言葉に答えるように、俺は口調を変えて囁く。
「なあ、どうしてそんな事を言うんだ?私の事、嫌いになっちゃったのか?」
女を惑わせながら、俺は少しずつ距離を詰める。
「やめろ!来るな!!お前は偽物だ!!」
何度も短剣を前にぶんぶんと振る女だが、その視界に映るものは変わらない。
「酷いよ。私は、あなたに会うのをとても楽しみにしていたのに」
少しずつゆっくりと、だが確実に女に向かって近づいて行く。
「黙れ!黙れ黙れ黙れ!!それ以上近づいてみろ!!その首を跳ね飛ばすぞ!!」
女が短剣をこちらへ向け真っ直ぐに突き立てながらそう言った瞬間、俺は武具屋で新しく購入した麻酔針を女に投げた。
「あっ……」
それは女の左肩に深く刺さり、体からは力が抜けたのか、女は足元から崩れ落ちるようにその場に倒れた。
「終わり、だな」
人間の武器というのはとても便利だ。そのほとんどは対魔族用に作られているため、魔族よりも体の弱い人間に対して使ってしまえば、その効果は絶大。普通の戦闘ならばこんな針など避けられてしまうだろうが、相手は動揺して隙だらけ。かつここまで近距離から投げるのだから、当然簡単に当てられる。
最初はどうなることかと思ったが、この女には、圧倒的に精神力が足りていなかった。どれだけの実力がこいつにあったのかは知らないが、仲間の偽物に詰め寄られただけでこうなってしまうような精神力しかないのなら、それも意味はない。
そして俺は女を担ぎ、森へと入った。そこで、さっきこの女に狙撃されていたウルフ達に遭遇する。
「さっきの奴らか……よし」
女の末路をどうするか決めた俺は、擬態を解いてウルフの元へと駆け寄った。