奴隷5
10話 奴隷5
長い夜が明けた。
場内の人間全てを捕らえるのには、意外と時間は掛からなかった。建物自体が広いというだけで、使用人や城主、傭兵などなどを合わせても合計で30名ほどしか住んではおらず、部屋の3分の1ほどは物置などになっていた。
30名ほどの人間全てを地下へと運び終え、檻に入れ首輪をつけ終えると、何人かが目覚め始めた。中にはすぐに状況を飲み込み助けを求める者、困惑して何も出来ずにいる者など様々だったが、やがて全員が自分の置かれている立場を理解するのに、そう時間は掛からなかった。
そして全員がある程度静かになり、こちらに視線を向けて来た。その中で、一人の男が俺に話しかけてくる。
「な、なぁ、助けてくれよ……俺たちが、何したってんだよ……」
見たところ、そいつは城の正門前で見張りをしていた男だった。後ろから襲って、そのまま連れてきたやつだ。
「なあおい、無視しないでくれよ。俺んとこは今月ガキが産まれるんだよ。こんな所で死ぬわけにはいかねぇんだ。分かるだろ?」
こんな所で死ぬわけにはいかない……か。オーガ達には首輪を付けてここであんな思いをさせておいて、随分と勝手な言い草をするもんだな。
だが実際、ここで飢え死にさせるだけでは面白くない。それだけでは、足りない。
「そうか。じゃあ、自分で自由を勝ち取ってみたらどうだ?」
そう言い俺は遠隔操作で壁と繋げていた全員の首輪を外した。人間達の作った首輪は便利な物で、スイッチ一つで簡単に操作できる。
「特別だ。お前たち30人、今は5個の檻にそれぞれ6人ずついるわけだから……そうだな。一つの檻につき一人。各檻でそれぞれ殺し合って、生き残った5人はそこから出してやる。」
全員が黙り込む。空気は冷たいものに変わっていき、段々全員が周りの様子を伺い始めた。
だが、殺し合いはすぐには始まらなかった。当然だ。急に殺しあえなんて言われても、そんな事出来るはずがない。他人ならともかく、相手は同じ城の中で暮らして来た者達がほとんどだろう。同じ釜の飯を食べた中の者もいるはずだ。
でも、俺は知っている。人間というのは自分が危うくなれば、他の者など簡単に切り捨てる生き物である事を。
案の定5分もしないうちに戦闘は始まった。あえて武器などは与えなかったため、素手での殴り合いとなる。
「オラァ!」
「てめぇ!何しやがる!!」
「うるせぇ!俺のために死ねよ!!」
地下の至る所で暴力が飛び交い始まった戦闘は、やがてどんどん激しくなっていった。だが、そんなものでそう簡単には人は死なない。お互いがお互いを傷つけ合い、人間達はどんどんボロクズのようになっていった。
素手同士といっても、体には意外と武器になる場所が多い。爪を首に突き刺せば致命傷を与えられるし、歯を使えば相手の至る所を噛みちぎれる。
そうやって耳を噛みちぎられた者、目玉を指でくり抜かれた者など、どんどん負傷者は増して、血の匂いが狭い地下空間に充満する。そして全員が疲れ果て戦闘が停止して来た頃に、人間達は気づき出す。
もう、その地下に俺の姿は無いことに。檻から出る手段は、無くなってしまったことに。
俺は、戦闘が始まって少ししてから地下を出た。全員相手を殺すのに必死のため、こちらに目を向けている余裕などない。俺は地下への階段を完全に封鎖し、城を後にした。
恐らく、彼らの中に自ら好んで戦闘をしたやつなんて一人もいなかっただろう。死にたくない。ただそれだけを思い、自分が唯一生き残れる道にしがみついただけだ。だが、その道は途絶えた。
自分達を檻から出してくれる者はいなくなり、この地下での勝利にも意味はなくなった。ただ、生き残る。それだけのために仕事仲間を、友達を、はたまた家族を殺した奴もいる。だが、その行為全てに意味はなくなり、無駄となった。彼らはこの地下の檻の中で一生を終える。つい数時間前まで仲間だった奴らに与えられた傷に苦しみながら、やがて餓死していく事だろう。
だが、これが因果応報であるという事を忘れてはならない。彼らは、そうされても仕方のない事をしてきたのだ。ただ普通に暮らしてきたオーガ達をこんな所に閉じ込め、しかも奴隷として痛めつけてきた。そんな非人道的行為を繰り返したこいつらがのうのうと生きているなんて、絶対にあってはならない。
きっとさっきの門番やこの城の召し使い達には、直接的には何もしていない者たちもいただろう。だが、人の悪行を見て見ぬ振りをし、放置することもまた罪だ。じわりじわりと死が近づいていく中で、誰にも助けて貰えない恐怖に震えながら、全員平等にゆっくりと死んでいくといい。
オーガ達から全てを奪おうとしたこいつらには、
お似合いの末路だ。