前回の召喚者
「疲れた」
「ホントに」
二回目のダンジョン遠征。前回同様にぐるりと回ってくるだけだが、ひたすら歩きづめで、気付いたら外に出ていてしかも夕方。足が棒のようだ。
「じゃ、さっさと帰れよ。解散」
ヒラヒラと手を振りながら騎士が去って行く。全身鎧で息一つ乱していないのはさすがだが、あの態度はどうかと思う。
「素材、分けるか?」
「だな」
前回とは違うメンバーだが、Cグループ全員の何となくの総意として、『出来るだけ素材を拾う』『終わったら均等に配分』となっていた。
「これで終わりだな。じゃ、解散」
「お疲れ~」
解散といっても、全員が同じ買い取りの列に並ぶのだが。
今日は小銀貨二枚に銅貨が五枚。幹隆は一昨日と同じように串焼きを買い、歩きながら食べる。
あぐっと食いつく姿は獣人の性質なのか野性味があるのだが、そのあとの噛んでいる様子は小動物がもぐもぐやっているのと大差ない。茜は抱きしめて頭を撫でたくなる衝動を抑えるのに必死だ。
「ミキくん、それ気に入った?」
「んー、城の食事よりずっとマシ」
「だよねえ」
幹隆はあえて言わなかったが、この『肉に食らいつく』という感覚がなんだか気持ちを落ち着かせてくれる気がする。肉食の獣人の性質なのだろうか。
一方の茜は、あまり肉を食べないと言われているエルフの血が半分入っているせいなのか、あまり串焼きの肉に心惹かれるところが無い。じゃあ、城で出る食事がいいのかというとそんなことは無い。あれはひどいとかいう次元じゃ無い。
このあたりは普通の冒険者も多く、何となく性能の良くなった気がする幹隆の耳は何気ない会話もよく聞こえる。いちいちピコピコ動く耳に茜は触りたくて仕方ないのだが、さすがに天下の往来では我慢する。部屋に戻ったら、いっぱい触らせてもらおう。
「Aグループの連中、三層目に入れそうな所まで行ってたみたいだな」
「すごいね……もうレベル十くらいになってるのかな?」
「んー、それは無いんじゃ無いか?」
幹隆ですらまだレベル九。いくらAグループでもそこまで行ってるとは思えない。
村田幹隆
狐巫女 レベル9 (76/90)
HP 67/90
MP 13/90
STR 9
INT 9
AGI 9
DEX 9
VIT 9
LUC 9
既によくわからない状態だよな、これ。狐火のブーストがすごいのは間違いないが。
川合茜
ハーフエルフ・盗賊 レベル1 (152/1000)
HP 70/88
MP 102/102
STR 5
INT 6
AGI 19
DEX 18
VIT 4
LUC 8
さっき茜に聞いたらまだレベルは上がっていないという。狐火で経験値が上がるっぽいとは言っておいたが、具体的には伏せているので、「ちょっと経験値が多いかな?」とごまかしておいた。まあ、それぞれが倒した数も違うから参考程度の数字でしか無いが。
翌日、講堂でいつもの席に着いた幹隆は何かおかしいと気付いた。
「なあ、茜」
「何?」
「あの辺、人が少ない気がしないか?」
「そう?」
席が空いてる気がするんだが……ん?
「茜、ケンタウロス……松本さんがいない」
「え?そんなこと無いでしょ」
「ケンタウロスだぞ、見落とすわけ無い」
「それもそう……ホントだ、いないね」
「どうしたんだろう」
「ミキくん……ケモナーだったの?」
「……真面目な話してるんですけどね?」
「ゴメン」
講義は全く頭に入らなかった。魔法についてとか、素質の無い幹隆には関係ないからいいや、の精神で。
それよりも、確認しなければならないことがある。講義が終わるが早いか外に飛び出し――まあ、ちんまい体なのでそれほど早くなかったけど――廊下で待っていたティアを捕まえ……ようとして、飛びかかったのに反応したティアに腕を絡め取られ、ねじ伏せられた。何これどうなってんの?
「誰かと思ったらあなたでしたか。いきなり飛びかかるとはどういう見識ですか?念のために伺いますが、女性でありながら女性を、と言うタイプですか?所詮は獣人、獣なんですか?しかし、そもそも私たちはそう言うためにいるのではありませんから、はっきりとお断りします。それに、私程度に組み伏せられるようでは、この先もたかが知れてますね。いい加減に身の程を知って、大人しく地面に這いつくばりながら勇者が魔王を倒すところを指をくわえて見てているか、露払い程度に魔族の群れに放り込まれてむさぼり食われるか、今のうちに選択をしておいてください。あ、選択したら教えてくださいね。上に報告が必要ですし、対応も変えますので。何も出来やしないのにレベル上げするフリしてジタバタするなんて、お金の無駄ですからね」
ティアさん、心がポッキリ折れてしまいました。あと、腕の骨が折れそうなんで離してくれませんか?
誤解であると主張し、なんとか解放してくれたが、疑いのまなざしが消えません。何でだ。
「ティアさん、聞きたいことがあります」
「申し訳ありませんが、恋人の有無についてはお答えしません」
「そうじゃないってば」
「本能だけで生きている獣のあなたが一体何を聞きたいんですか?当たり前ですが、スリーサイズも答えませんよ?」
「その話題から離れてほしいんだけど」
「はあ……わかりました。答えられることならば答えましょう。体重も答えませんからね?」
「簡単な質問だ。昨日まで、いや今朝までに何人死んだ?」
「何のことでしょう?家族構成くらいなら答えてもいいですが。両親と兄が一人います」
「目の前でホブゴブリンに殺されたからね。一人は確実、それはいい。だけど他にもいるはずだ」
「おっしゃる意味がよくわかりませんが。ああ、誕生日も教えませんよ。そう言うのは家族や恋人同士の会話ですから」
「答えられない……いや、答えるなと指示されていると受け取っていいのかな?」
「どのように受け取られても結構ですが、知らない事は答えられません。あ、得意料理なら答えられます。オムレツです。あなたに作るつもりはありませんが」
「じゃあ質問を変えよう。昨日までケンタウロスがいたはずだけど知らないか?」
「……」
さすがにいちいち細かい突っ込みが必要な台詞も消えたな。
「さらに質問を変えよう。一昨日、教練場で魔法の暴発があったな。あれ、怪我人とかいなかったのか?」
「事故があったのは知っていますが、それ以上は何も」
「知らされていない、知ることを禁じられている、答えることを禁じられている、いろいろ推測できるな」
「……」
「沈黙は勝手な解釈で受け取りますよ?」
「どう受け取ろうと勝手ですが、知らないものは答えられません。憶測で答えるなんて、その方が失礼でしょう?」
「モノは言い様だな」
「はあ……ああ言えばこう言う、では会話が成り立ちません」
「そういうことにしておくよ」
茜としては、これ以上ティアを不機嫌にして欲しくない。それで無くても他の部屋の侍従に比べ、眉間にしわを寄せている時間が長いような気がするのだから。
相変わらずひどい昼食を終え、教練場へ向かおうとすると、ティアが足を止めた。
「ん?教練場へ行くんじゃないのか?」
「勇者について、知りたいですか?」
さっきまでと打って変わって神妙な声だった。
「え?」
「この国が、今までに召喚した勇者……いえ、勇者候補について知りたいですか?」
なんか言い出したよ。だが、こちらを一切振り返らない。
「言いたいことはよくわからないけど、知りたいことは山ほどある。と言うかわからないことだらけ、何でもいいから教えてくれるなら聞きたいな」
「こちらへ」
教練場とは反対の方向へ歩いて行く。少しの逡巡の後、茜も後に続く。
「どこへ?」
「資料室です」
「そう言えばそんなのがあるって説明されたな」
「でも、知識で魔王が倒せるなら苦労は無いって言われてたよね」
「知識は大事だろ。戦争って作戦一つでひっくり返るのは珍しくない。戦争は始まる前に決着が付いてるなんて言う奴もいるぞ」
「それはまあ、そうだけど」
そんな話をしながら資料室へ。
資料室と言えば聞こえはいいが、要するに何でもかんでも放り込んである倉庫だ。本や書類がそこらに山積み。木箱のまま積まれているならまだマシで、そこかしこで雪崩が起きている。整理して入れるために用意されているはずの棚は……機能していない。どこに何があるかを把握してる者は一人もいない有様だ。
「これは独り言ですが」
「じゃ、聞こえないふりして聞いてます」
「私は、前回召喚された勇者候補の身の回りのお世話をさせていただいておりました」
それは初耳だ。
「ですが、彼――あえて彼と呼ばせていただきますが、彼は才能に恵まれませんでした」
「そりゃまた大変だ」
幹隆も茜もそこに関しては同情する。
「しかし、彼は愚痴一つ言わずに、体を鍛え、魔法を学び、ダンジョンを進み、少しずつ力を付けていきました。王も騎士達も、彼には期待していたのです……表向きは」
「ですが、あの夜、彼は私に小さなノートを渡してこう言いました。『もしもこれから先、召喚される人がいたら、見せてやって欲しい。もしも読めるなら……』と」
「そして、彼は城を去りました。当然大騒ぎになり、私もその責を問われました。そして国中に騎士が派遣され捜索が行われましたが、彼は見つかりませんでした。もしかしたら国を出ているかも知れません」
「本来なら私は首を切られてもおかしくなかったのですが、謁見の間の玉座に彼の書き残した紙が剣で突き立てられていたのです。『勇者候補としての責務が俺には重すぎた。俺を追うことも、俺についていた侍従にその責任を負わせることも許さない』」
つまりあれか。前回召喚された人は、何らかの理由でやっていけなくなってここを去ったと。ただ、ティア達が責められ、処刑されることだけは回避しようとしていたと……それだけの力があったと言うことなのか?
「私の命は、ある意味で彼に助けられました。ですので、今回も微力ながら力添えをと思っていたのですが、貴方たちときたら初日から、その……も、漏ら「わー!」
それ以上はもういい。ティアさん、あなたが一生懸命なのはよくわかりましたから!
「で、ここは?」
「彼のノートをここに隠しました。少しお待ちください」
そう言って、積み上がった本の山の隙間に入り、小さなノートを手に戻ってきた。
「こちらです」
表紙には何も書かれていない、ただのノート。
「私には何と書いてあるのか読めませんでした。その……もし読めるようでしたら……さ、差し支えない範囲で結構ですので、教えていただきたいのですが」
とりあえず見てみるか。
中身は日本語だった。
「「うわあ……」」
「あの……読めるんですか?」
ティアさんの目が期待に輝いている。
「……元の世界で、私たちが使っていた言語です」
「な、何て書いてあるんですか?!」
「おおおお……落ち着いてください。まだ……中身を……読んでま……せん」
肩をつかまれてガックンガックン揺すられた幹隆はへろへろとしゃがみ込んだ。耳がペタンと倒れているので、しばらくそのまま放置でいいだろう。
「すみません、取り乱しました。しかし、王国……いえ、私にとって、前回の勇者候補が何を考え、何を感じて立ち去ったのかは知っておきたいことなんです」
「そりゃそうでしょうね……」
とりあえず茜は最初のページを開き、読み始める。幹隆もフラフラと立ち上がり横から覗き込む。
「えーと……これを誰かが読んでいると言うことは、俺は死んだか、ここを立ち去ったかのいずれかで、さらに日本から新たに誰かが召喚されたと言うことだろう。突然ここに連れてこられて、戸惑っているであろう同郷の誰かがここで生き抜く一助になることを期待して、書き記す」
「なんかカッコいい書き方だけど、要は『俺はもうイヤだから逃げる、あとよろ』ってことだろ」
「身も蓋もないこと言わないの」
「つ、続きはなんて?」
「えっと……」
読み上げようとしたが、茜は思いとどまった。これはマズい。
俺がここに来たことによって、日本ではおそらくとんでもないことが起こっているはずだが、ここの連中はそんなことお構いなし。身勝手で傲慢な連中だと言うことは言うまでも無い。だが、そうだとしても罪の意識が消えない。もしも、日本に戻ることが出来たなら、俺の思いを伝えて欲しい。勝手な言い方で申し訳ないが。もちろん俺が日本に戻れたらきちんと何があったかを隠さずに話す。異世界に行ったなんて信じてもらえないと思うが。
どういうことだろうか?確かにここの連中の言い分は身勝手だし、態度もデカい。文句の一つや二つではすまないレベルで言いたいことが山積みだが、罪の意識とは?
ここから先に、こっちへ来る直前からのことを出来るだけ忠実に書き記すが、一月ほど経ってから思い出しながらの内容であるため、一部不明確なところがあるのを了承して欲しい。それと、最初の日付だけは元の世界の日付だ。
茜がページをめくる。
二〇XX年八月X日
「え?」
その日付に心当たりのある二人は顔を見合わせてから続きを読む。
俺はとある運送会社のトラック運転手をしていた。運送会社と聞くとブラック企業の象徴のように聞こえるが、うちの会社は三日勤務して一日休みを原則にスケジュールが組まれるし、一日六時間以上運転しないようにと決められている上、超過が多いと強制的に休まされる、ある意味ホワイト過ぎる運送会社だ。就職できた俺は運がいいと思う。そして、この日は三日勤務の一日目。前日はしっかり休んで体調も万全だった。この日、俺は○○高速道路を走っていた。ちょうど××インターチェンジを越えたところで、少しずつ流れが悪くなってきていた。直前のサービスエリアでは故障車があって立ち往生なんてことを聞いたから、多分そのせいだろうと思った瞬間、俺の視界が真っ白になり、気付いたらこの世界に連れてこられていた。
「あ……ああ……」
幹隆の様子がおかしい。
俺がこちらにいるということはトラックはどうなったんだ?誓って言うが、トラックは先月車検をしたばかりで整備もバッチリ。タイヤはその時に新品に交換していたし、会社を出る前の点検でも問題なかった。それに制限速度だってきちんと守っていた。だが、高速道路で走行中のトラックから、しかもマニュアルじゃなくてオートマのトラックから運転手が突然消えたらどういう事態を引き起こす?
「う……あ……」
幹隆の様子が明らかにおかしい。
俺は猛烈に吐き、その後三日間寝込んだ。王国の連中は俺のことを軟弱だとか、勇者としての自覚がとかぬかしていたが、クソ食らえだ。お前らが何をしでかしたのかわかっているのか?
○月×日
どうにか起き上がることが出来たので、訓練開始と言われた。何の訓練だ?魔王を倒せとか冗談も休み休み言え。
○月△日
やはり年齢的に二十台半ばでは才能が出ないな、見込みが薄い、召喚は失敗だ、そんな台詞が聞こえた。俺の責任じゃ無いだろ。むしろお前らが何をしたのかわかっているのか?
○月□日
俺の態度に問題があるとかで、侍従のティアがこっぴどく叱られたらしい。ティアは俺のためにいろいろとしてくれている。何も悪くない。悪いのは俺であり、その原因を作ったのはあいつらだ。
☆月○日
廊下を歩いていたらダミアンとすれ違う。既に俺に挨拶をする気も無いらしい。何か紙を落としていったので思わず拾ったら、ひったくるように取り上げて、俺を睨み付けた。俺は悪くないだろ。
少しだけだが書いてある内容を読めた。
異世界からの召喚は、人間を生贄にするらしい。吐いて寝込んだ。
□月×日
街で行商人から興味深い話を聞いた。魔族というのはエルフやドワーフ、獣人などと同列の人種の一つでしかないらしいと。たまたま見た目がゴツくて、人間よりも戦闘能力が高いだけで、魔王とか言うのもただ単に魔族の中で選ばれるトップ、と言う程度の位置づけだと。ちなみに魔族の国のほとんどが、そのトップを国民の中からいろいろな方法で選ぶらしい。王様と言うよりも大統領とかそう言う感じか。こっちにはそう言う国が無いから、異質に見えるんだろうな。
△月○日
この国を出ることにした。罪の意識は日に日に大きくなるが、それを和らげようにもこっちの神に祈る気にはなれない。そして、あんな連中の指図を受けるなんて真っ平だ。これまで良くしてくれたティアや、数名の騎士に害が及ばないようにだけしておこう。
「……ミキくん?」
幹隆の顔からは表情が消えていた。