初めてのダンジョン
「わかりましたか?」
「はい」
「では、何を理解したのか、これから気をつけることは何か、ちゃんと口にしてください」
「えっと……スキルについてはきちんと茜に」
「コホン」
「茜さんに説明してから使うようにします」
「……んっ、ゴホンッ」
「と、特に狐火をたくさん出すときは事前に教えます」
「よろしい」
解せぬ。どうしていきなりたたき起こされたあげく正座させられて、なんだかわからない説教を食らって、反省の言を述べさせられているのだろうか。
「んー?なんだかよくわかっていないけど、とりあえずそれっぽいことを言って取り繕っておこうか、なんて空気を感じるんですけど?」
「ま、まさかぁ」
「ねえ、ミキくん。私の気持ちわかる?朝起きたらミキくんの周りに人魂がいくつもフワフワ浮いていたときの気持ち、わかる?」
「あの……えっと」
「ミキくんが死んじゃったのかもって、本気で驚いたんだからね?」
「はい……」
「ミキくんが事故に遭ったときも、どれだけ心配したか。それと同じ、いえそれ以上の思いをしたのよ。わかる?」
「……はい」
「んー、やっぱりわかってない気がするなぁ」
ヤバい、これ。またさっきのお説教が始まりそうだ。幹隆が諦めつつ覚悟を決めたとき、ドアをノックする音がした。
「はい?」
「お二人とも、そろそろ朝食の時間です。用意をお願いします」
ティアの声が聞こえる。助かった、と胸をなで下ろす。相変わらず不機嫌そうな顔だが、今の幹隆には天使の微笑みのように見える。
とりあえず身支度をして部屋の外へ。待っていたティアに先導されながら食堂へ歩いて行く。
「一つよろしいですか」
「はい?」
「その……火、ですか。なんとかなりませんか?」
「あ、これですか」
「他に燃え移ったりしないかとどうしても気になりまして」
「……そう言うのは無いみたいです」
「そうですか。それならいいんですけど」
それ以前に消す方法がよくわからないんですけどね、と心の中で付け加える。
朝食は昨日と同様、ひどく味気ない物であった。
朝食を終えると、ティアに先導されて教練場へ向かう。そして武器と防具の保管庫で、装備を選ぶように言われる。
「武器は、昨日使ったのと同じでいいかな」
「そうね」
「防具って、この辺の革鎧とか?」
「サイズありそう?」
サイズ別に並んでいるが、幹隆に合いそうな物が見当たらない。
「バラバラのパーツでそろえていくしか無いか」
そう呟いて、いろいろなサイズの鎧を引っ張り出して、各部を繋いでいる紐を外していく。そしてバラバラになったパーツを一つずつ体に当てて、サイズの合う物だけを選ぶ。時間もあまりないため、なんとか出来上がったのは、胸と肩と脛を革鎧で覆うだけとなった。
「それでもブカブカ」
「もうワンサイズ小さいのがあれば良かったのにね」
そう言う茜はなんとかサイズの合う物があったので、フル装備である。
「と言っても、かわいらしさのカケラも無いわね」
「そういうものだからね」
武器と防具を選び、教練場へ出ると既に準備を終えた者達が何となくグループ毎に集まっていたのでCグループの方へ向かう。相変わらず、誰が誰だかさっぱりわからない見た目だな。
やがて、昨日のあの偉そうにしてた騎士――今日はフル装備だった――がやって来て、七、八人でグループを作るように言う。本来は五、六人らしいが、Cグループを引率する人数の都合上、こうなるのだ、と。前衛後衛とか、魔法とかそう言うことを一切言わない辺り、『とりあえず連れて行けばいいだろ』感が出ている。
とりあえず皆が何となく周りを見回して、近くにいた者同士がグループになる。もちろん幹隆と茜は同じグループになった。そして、互いに顔を見合わせて全員が思うことは『こいつ誰?』であり、何となく名前だけでも名乗っておくかという空気になったところで、このグループを担当するらしい騎士がだるそうにやってくる。
「おーし、お前ら。準備はいいな?行くぞ」
「え?ちょっと待って」
「何だよ?」
猫型の獣人が声を上げる。
「互いに自己紹介とか」
「いらねえよ」
「は?」
「どうせ明日は違う連中と組むことになるだろうし、俺はお前らの名前とか興味ない。どうしてもやりたいならダンジョンに着くまでに済ませろ。おら、行くぞ」
「はあ?!」
「何だ?文句があるのか?」
「そりゃ、ありま「黙れ」
喉元に剣が突きつけられる。すぐ近くで見ていたのだが、いつ剣を抜いたのか全くわからなかった。
「俺にとってはどうでもいいことだと言っただろ。わかったか?」
「……はい」
あとでわかったことだが、今回のダンジョン行きに同行する騎士は、平均レベルが二十後半。一流とまでは行かなくとも、そこらのチンピラが十人程度で向かってきても軽くあしらえる程度の実力はあると言うことで、これ以上反論しなかったのは正解であった。
また、それだけの実力であればこれから行くダンジョンの浅い層なら十人程度を引率していても何も問題は無いとも言える。
「ま、この国の上層部にとっては、Cグループ担当の騎士の態度なんてどうでもいいんだろうな」
「ちょっと言い過ぎ」
「聞こえなけりゃ大丈夫さ」
言ってる幹隆も大概である。
ダンジョンまでは徒歩で一時間もかからないところにある。これだけの人数がぞろぞろと歩いて行くと、さすがに目立ち、周りの視線も気になる。特にCグループは獣人の比率が高いこともあって人間至上主義の傾向があるこの国、特に王都ではちょっと厳しめの視線を感じる。
今日だけとは言え、名前くらいはと互いに名乗ってみたが、幹隆と同じクラスの者はおらず、一年生の時に同じクラスだった者もいないため、正直なんだかなと言う感じであった。また、同じクラスの者同士でもそれほど親しいわけでも無い組み合わせだったらしく、名前を教え合ったあとは無言。
「あれ?」
「ん?どうした?」
「先を歩いてるの、Bグループだよな?」
「ああ」
「Aグループは?」
「そう言えば、教練場にもいなかったな」
「他のダンジョンに行ってるとか?」
「いや、王都のダンジョンって一つしか無いって言ってただろ」
いいところに気付いたな、と幹隆は少し感心した。でも少しだけだ。昨日の戦闘訓練のあとにAグループを担当していた騎士が「明日は馬車で移動するから……」と言っていたのが聞こえていたので、その時点でもかなり呆れていたのだ。
「ま、歩くのは嫌いじゃないからいいんだけどな」
「ん?どしたのミキくん、急にそんなこと言って」
「え?ああ、ほら」
茜に両手を広げてみせる。両手をブンブン振って、足踏みしながら。
「久しぶりにちゃんと歩けるからさ、こうして街並みを見ながら歩くのがちょっと楽しいんだ」
「あはは、そうだね」
王都と言うだけあって、道路はきちんと整備されていて街並みも綺麗。もちろんゴミ一つ落ちていないなんて事は無いし、道路にはみ出して品物を並べて売ってる店なんて珍しくないが、活気あふれた街だ。こちらをチラチラ見ながらひそひそ話している人がチラホラいるのさえ気にしなければ。
「おっと、そうだ。忘れるところだった」
「ん、何?」
「MP全快してるから、狐火三つ追加しておこうと思って」
「……それ、何の役に立つの?」
「う……」
経験値が増えることを言うべきか悩んだが、今は黙っておくことにする。
「俺の才能、狐火を使っていろいろなことが出来るらしくて。あらかじめたくさん出しておいた方が良さそうなんだよ」
「そうなの?ならいいけど……」
とりあえず狐火を三つ追加。これで七つだが、何かと誤解されそうなので、位置を調整する。触っても熱くもない炎だが、自分との相対位置は自由に変えられるようで、同じ位置に重ねても問題なさそうなので一つにまとめておく。なお、まとめたら明るくなるかと思ったが、全然変わらなかった。
「よーし、着いたぞ」
大きな岩山の麓に到着。色々と並べている店が所狭しと並んでおり、ダンジョンで必要になりそうな物を売っている。
騎士が振り返りもせず、岩山の麓の大きな穴の横にある建物へ向かう。
「出入りするときにはこの受付でタグを見せるんだ。入ったきりになる奴とか把握するためだが、救助は期待するなよ」
そう言ってそのままズンズン入っていくので、慌てて受付にタグを見せて後に続く。関心が無いというのは構わないが、引率しているという自覚は持って欲しいところだ。
この大陸にあるダンジョンは大まかに二種類に分類される。一つはただの自然洞窟で何の変哲も無いただの洞窟。もう一つが、魔物や罠、魔道具を生み出し、油断した冒険者の命を食らうそれ自体が生き物のような場所。これから入るのは当然ながら後者になる。入ってすぐは自然の洞窟のようだが、明らかに上下の移動をする箇所があって、下の階層へ進む度に魔物が強くなっていく。そして、五層目辺りから人工の迷宮のような石で出来た通路になることもわかっているが、どこまで深いのかを確認した者はおらず、現時点での最深部到達は十五層である。
この十五層というのは浅い方に分類される。他のダンジョンでは既に五十層以上まで到達しているのも珍しくないのだが、ここのダンジョンは五層目辺りから急に魔物が強くなり、王国の騎士団でさえも十層目辺りからは進むのが困難になるという。
異常なほどの難易度を誇るダンジョンであるが、過去の勇者候補達は一年もかからずに十層以上に到達し、魔王を倒すためのレベリングを行うそうだから、近くて便利でいいじゃないかという認識らしい。
ちなみに、自然の洞窟との見分け方は簡単で、壁がぼんやりと光っているかどうかで見分けることが出来る。こういう所もテンプレ通りというわけだ。
入ってしばらくすると分岐が始まり、グループ毎に別々の道を進んでいく。いくつかの分岐を抜け、一グループになってからすぐに最初の戦闘が始まった。
羽を広げると五十センチほどにもなる、デカいコウモリ達である。
日本では絶対見ないサイズのコウモリだが、昨日の戦闘訓練でゴブリンと戦ったおかげか、全員が落ち着いて武器を振るい、難なく倒す。デカいと行っても所詮コウモリ、武器が当たればだいたい倒せるのだ。
倒したところで、素材とか魔石とか回収するのかと思いきや、騎士がどんどん進んでしまうので、猫型の獣人――山本孝史――が慌てて声をかける。
「あの、素材とかそう言うの、集めなくていいんですか?」
「あ?ああ、それか。たいした金になんねーから、好きにしろ」
「好きにって……ちょっと、待ってくださいよ!」
「だから勝手にしろよ。いいか、俺はお前らを連れてダンジョンの一層を一通り回るのが仕事だ。お前らにあーしろ、こーしろとは言わない。回収したければ勝手にすればいい。その間にゴブリンに襲われても俺は知らん」
「なっ」
騎士は振り返りもせずに進んでいく。山本は全員を見て「こりゃダメだな」と呟き、そのままついていくように促す。
「ミキくん……」
「……ああ、酷いし、勝手な話だよな」
昨日の説明ではダンジョンの訓練では魔物を倒したら素材や魔石を回収することが推奨された。回収した素材を街で売って金に換え、自分達の自由に使える金にするようにと。ぶっちゃけ、王国としても百名を超える生徒達の面倒を見るのはかなり負担になるので、ある程度自分たちで稼いでくれた方がありがたいというわけだが。
「これじゃ稼ぎにならない」
「ああ……」
コウモリを解体せずにそのまま持ち歩くわけに行かないので、仕方なく諦める。結構な数がいたからそこそこの収入になるはずなのだが……
一層で出てくる魔物は大コウモリの他、ゴブリン、スケルトン程度であり、大きな群れに遭遇することも無い。
序盤こそ、倒すまでに手間取ることもあったが、そのうちに何となくコツをつかんできて、それぞれが持っている武器や体格の特性などを活かして分担するようになる。例えば幹隆はそのリーチから大コウモリはパス。茜の矢はスケルトンの骨に当てるのが面倒なのでパス、と言った具合。
ちなみに振り回すだけで結構な打撃になる幹隆の棍に、なんだかよくわからない命中精度の茜の弓矢は意外にもパーティの戦力底上げに役立っていた。
「そうか、振り回して当たれば結構いけるというのは盲点だったな」
「使ってみると、意外に使いやすいぞ」
「そうだな……予備の武器に短めでも棍棒を持っておくのも手かも知れない。だが!それよりも!その弓矢!なんでこう、ポンポン当たるかな?!」
「射撃精度向上ってスキルのせいかも?」
連携がうまくなると戦闘時間は短くなるのだが、相変わらず騎士は戦いが終わるとすぐに歩き出してしまうため、ほとんど素材の回収が出来ていない。手間のかからない、ゴブリンの討伐証明である左耳と、骨を砕くだけですぐに露出するスケルトンの魔石程度。これがどのくらいの額になるのかわからないが、人数で割ると子供の小遣い程度になってしまうのでは無いか。
だが、文句を言ったところで「勝手にしろ」と言われるだけなので、諦めて着いていくしかない。
どこをどう進んだのかわからないが、いつの間にかダンジョンの入り口に戻っていた。
「あーあ、っと」
騎士が一度伸びをしてこちらを見る。
「ここで解散。自由にしていいが、夕食までには戻れ。城に入るときにはタグを見せれば入れるからな」
言いたいことだけ言うとそのまま去って行くのを見送り、互いに顔を見合わせると何となく山本が口を開く。
「ここ、邪魔になるからあっちで話すか」
全員がうなずき、ダンジョン前広場の隅へ集まる。
「あー、色々言いたいことはあると思うけど、とりあえず無事だと言うことだけは評価しておくか?」
「だな」
「ですね」
「それと、なんとか回収できた素材だが、一旦集めるか。出してくれ」
地べたに座り、山本の前に耳と魔石を出す。
「耳が十八、魔石が十七、と」
「かなり諦めたからな」
「勿体ねえよな」
「仕方ないだろ、アレじゃ」
「まあまあ、落ち着けって」
愚痴大会になりそうな所を山本が宥める。
「今更言っても仕方ないだろ。明日に期待……するだけ無駄だと思うけど、少しは希望を持とう。で、これだが、八人で分けようと思うが、いいか?」
誰も異論は無い。
「一人二個ずつで……」
「余りは山本でいいよ」
「いいだろ」
「異議無し」
幹隆が半端を山本にと提案すると、特に反対意見も無かった。一人だけ倍近い収入になるが、騎士とのやりとりをずっとしてくれた山本の労をねぎらう必要もあるだろうし。
「じゃ、ありがたく」
「いいって事さ」
冒険者ギルドの買い取り専用出張所がダンジョン前にあったので持ち込んだ結果、耳二個で小銀貨一枚、魔石二個で小銀貨二枚となった。
「小銀貨一枚で買える物……」
「ミキくん、貯めておかないの?」
「いや、どのくらいの価値があるのかなって」
「ああ、そういうことか」
少し探して歩くと、露店で売っている肉の串焼きが小銀貨一枚だった。日本円にすると千円前後だろうか。幹隆はとりあえず串焼きを一本買うと、店員と少し話をする。今は少しでも情報を集めたいところだ。
「お、意外にうまいな」
「ホントに?」
「じゃ、俺も買ってくる」
揃って城までの帰り道、幹隆は店員から聞いた情報を全員に伝えておく。
「駆け出しの冒険者が一日、あのダンジョンにこもった場合、一人あたりで、大コウモリ十匹、ゴブリン五匹、スケルトン五匹くらいだそうだ」
「えーと?」
「だいたい小銀貨十枚。駆け出しはそんなもんで、雨風しのげる程度の宿が小銀貨三枚から」
「食事も入れると……一日に小銀貨一枚か二枚くらい貯金できる程度?」
「だいたい酒飲んで使い切るらしいけどな」
「俺たちの倒した数だとどうなる?」
「正確には数えてないけど、一人あたりにすると大コウモリ十五、ゴブリン八、スケルトン八くらいになるんじゃ無いか?」
「多いように見えるけど、解体の時間がない分、多く戦ってるだけだよな?」
「レベルさえ上げればあとはどうでも、っていう方針っぽいな」
「王国の方針としてはそうなるんだろうな……さっさと勇者を成長させなければならないから」
「はあ……」
全員がため息をつきながら歩く。
「だいたい今日一日頑張っても、レベル上がってないしな……」
ぽつりと山本が呟くのが聞こえ、幹隆は慌ててステータスを確認する。
村田幹隆
狐巫女 レベル7 (17/70)
HP 54/70
MP 8/70
STR 7
INT 7
AGI 7
DEX 7
VIT 7
LUC 7
スキル
言語理解(大陸)
狐火魔法
……もしかしなくても、俺だけレベルが上がってる?