それぞれの思惑
「フム……この辺りは昔と変わらないようだな」
レクサムの門をこっそりくぐり抜け、人通りの少ない路地に入ったところでエドガーは一息入れた。ゴーストだから息もしないし、疲れもしないのだが。
「城の内部もそれほど変わっていないといいのだが」
ゆっくりと城に向けて進むが、それほど周囲を警戒はしない。日の光の下ではゴーストの半透明な体はほとんど見えないし、こんな真っ昼間からゴーストがうろついているなど、普通は考えないからだ。
やがて城壁が見えてきた。そっと城壁に触れるが、何も抵抗はない。街壁は魔物よけの結界が張られているが城壁に何もないのは昔のままか。生前、その必要性を説いたこともあったのだが、誰も聞き入れなかったっけな。そのおかげで中に入れるのだから皮肉な話だが。
「さて、色々調べさせてもらうぞ」
幹隆たち一行は、予定通り三時間半ほどで街に着いた。日も沈みかけ、街も宿や食堂以外の店は明かりが消え始めている。だが、やけに冒険者風……いや、冒険者そのものとしか言えない者が大勢いる。
「ここって、こんなに冒険者がいる街なの?」
「そんなことはなかったと思いますが……」
「でも、歩いている人の半分近くが冒険者っぽいよ?」
「何かあったのかも知れませんね。少し情報収集してきますので、先に宿を確保して下さい」
そう言ってティアが宿の名前をいくつか挙げる。質も良く、この人数でも泊まりやすい宿をあらかじめ調べておいたのだ。
「一時間ほどで戻りますので、部屋の取れた宿の前で待っていて下さい。では」
そう言うと、すぐに雑踏に紛れてしまった。
「出来る女、って感じだな」
「うん」
早速言われた宿の一軒目に向かう。候補は五軒、仮に全部回ることになったら一時間なんてあっという間だ……名前しかわからないからそこらの人に場所を教えてもらうのが先か。
「ガ……グ……」
オークの巨体を袈裟懸けに一刀両断。
「フン……大陸でも有数の難易度を誇ると言われるレクサムダンジョン。だが、この俺にかかればこんなモンか」
誰も聞いていないのに独りごちる。
十一層を突破し、十二層へ入ったところで、ここまで同行してきていた騎士と共に転移してきて引き連れてきていた無能共は「これ以上は無理」と稲垣(偽)を残し、引き上げていった。
「これ以上アンタに着いていったら命がいくつあっても足りないわ!」
「俺たちはお前の奴隷じゃねえんだよ!」
「○ね!二度と俺らの前にツラ出すな!」
ギャアギャアと騒いでいたが、今にして思えば負け犬の遠吠えだ。あれから半日で十四層まで辿り着き、目の前には階層ボス部屋。キラーマンティスの群れがいるのが見える。あの程度、簡単に倒せるが、さすがに一時間ほど連戦したので少し疲れている。少し休んでから叩きのめし、いよいよ十五層。前人未踏の領域は近い。
稲垣健太(偽物)
剣聖 レベル47 (12021/47000)
HP 1003/1115
MP 614/614
STR 34
INT 9
AGI 22
DEX 20
VIT 20
LUC 7
どうにか宿を確保してティアと合流し、早速一つの部屋に集まって報告を聞く……かなり狭いが。
「最初に。この街に……います。間違いなく」
「「「おおっ!」」」
「どこにいるんですか?」
「それがちょっとわかりません」
「はあ……」
「この街は見ての通り、砂漠を迂回するルートの要所になっていますので、大きな宿だけでも十軒以上、一人が泊まる、あるいは雑魚寝レベルまで入れると宿の数は数十軒。見かけたという情報があっただけでも幸運でした」
「そうですか……」
「あとは……明日いっぱいまでの間は冒険者ギルドには近づかない方が良いでしょう」
「え?」
「なんで?」
「詳細はわかりませんが、大規模な討伐があったらしく、少しゴタゴタしていました。私たちが到着したときには片付いていたようなのですが、下手に出歩くと討伐に参加したのかしてないのかと言った確認が発生して色々トラブルにもなりそうです」
「トラブル?」
「あ、そうか。大規模な討伐って事は緊急クエスト扱いだっけ?参加してないとペナルティになるんだっけ?」
「そうですね」
「それで街は冒険者だらけだったんだ」
「ええ。ただ、私たちが街に到着した時点で片付いていたようなので、ペナルティにはなりません。しかし、いつ街に着いたのかを衛兵に確認しなければならないなどの面倒が起こります」
「了解」
「それじゃ、明日いっぱいまでは大人しくしていようか」
異を唱える者はいなかった。
「で、大規模な討伐って何があったんだ?」
「詳細は今ひとつわかりません。聞こえた限りではゴブリン、オーク、オーガ、リザードマン……そう言った魔物の大規模な群れが街に向かってきていたようです」
「大規模な」
「群れ……」
「ってか、種類がわからない……のか?」
「ええ。参加を要請されたものの、受付に間に合わなかった冒険者も多かったらしく、情報が錯綜していました。実際に参加した冒険者はまだ街に戻ってきていないようですし……」
「それじゃ仕方ない……って、ゴブリンが大量に来る程度でも緊急クエストになんてなるのか?」
「上位種もいたようですね」
「上位種……リーダーとかじゃなくて?」
「ええ、キング級ですね。ゴブリンキングとか、キングリザードマンとかそう言った魔物がいたようです」
「名前だけで面倒くさそうに聞こえるな」
「そうですね。討伐するためにはAランクパーティ必須です……ま、このメンバーなら簡単かも知れませんけど」
主に幹隆のおかげで。
「あ、もしかして、この街にいるかもってのは……」
「ええ。その討伐に参加していたのは間違いないでしょう」
「そうなんだ」
「城から脱走した時点でもレベル五十近くになっていました。緊急クエストがこれだけ早く終わったと言うことは彼の参加があったからではないかと」
「じゃ、しばらくはここで騒ぎが落ち着くのを待つ感じ?」
「そうですね。一応私の方で情報は集め続けます」
「俺たちは?」
「何もしなくて良いの?」
「その……皆さん良い意味でも悪い意味でも目立ちますので」
「「「サーセン」」」
「でもさ、目立つのって……村田とか川合が原因じゃね?」
「え?」
「今までいろいろな街に立ち寄ってきたけど、狐の獣人って見ないよな。あとハーフエルフも」
「そう言えばそうだな……ティアさん、俺たちって珍しい種族なのか?」
「え……そうですね……狐の獣人は山奥に暮らしている者が多いらしいので、あまり見ませんね。あと、ハーフエルフは、エルフ自体どこに住んでいるのかよくわかりませんし、人数も少ないらしいので私も今までに数回見かけた程度です。人間との混血となると……話に聞いたことがある程度ですね」
「意外にレアな種族だったんだな」
「でも、ドワーフも見ないよな」
全員が清水に注目するとティアがさらりと答える。
「それは簡単ですよ」
「え?」
「ドワーフは大陸中央部にはほとんど住んでいません。大陸南部に多く住んでいて、ドワーフだけの街なんてのもありますよ」
「へえ」
とりあえず情報が確認できたので、夕食にしようと階下へ降りる。
「混んでるな……」
「時間も時間だしねぇ」
「いえ」
「え?」
「ここの食事はなかなか評判がいいんですよ」
「お、それじゃ期待しよう」
宿泊客優先のテーブルが空いたので集まって座り、早速本日のお薦めメニューを確認する。
注文を終えたところで入り口が少し騒がしくなる。何ごとかとそちらを見ると、丁度入ってきた二人組を「エースの到着だ!」「俺が奢る!」「イヤイヤ俺が!」「どうぞどうぞ」という声で囲んでいる。
「……どうやら今日の討伐で活躍した者のようですね」
「へえ……って、あれは」
黒髪黒目にどう見ても日本人の顔立ちの男性と、顔がほとんど隠れるほど深いフード付きローブを被ったままの大柄な人物――性別はわからない――と言う、ちょっと異色の組み合わせだ。
「うん」
「そうだな」
「間違いないね」
「見つけた」
幹隆たちの意見が一致し、その様子にティアが驚く。
「えーと、どういうことでしょうか。皆さん、彼と会ったことは無いはずですが」
「見ればわかります」
「え?」
「あ、そうか。そうだよな」
「ティアさん、俺たち……元の世界……というか国ではほとんどの人間が、黒髪に黒目です」
「あと、顔の彫りもそれほど深くない」
「そうですか……」
あちらから近づいてきたのなら好都合。とにかく話をしに行こうと立ち上がる。
「えーと、名前はなんだっけ?」
「ハセガワアキフミです」
漢字だと長谷川昭文、あたりかな?




