砂漠は暑い
「……」
「……」
「……暑い」
呟いた幹隆に茜がスッと手を差し出す。
その手を見つめ、「わかったよ……」と呟き銅貨を置く。が、茜の手は動かない。仕方ないので銅貨を取り、銀貨を置くと茜はうなずいて握り、そのままポケットへ。
「暑いっていったら罰金ね」
あまりの暑さに茜が提案し、何となく全員が同意した。茜が真っ先に音を上げるだろうと予想して。だが、予想に反して、茜は耐え続け、幹隆で四人目のお支払い。
「予想外だったんだが……尻尾に熱気が籠もる」
「あるある」
「それな」
獣人三名がうなずき合う。
「僕もまさか……テイムした動物が感じる暑さを受けるとは思わなかったよ」
「普通、そう言うのって伝わってこないんじゃないか?」
「感覚共有が強すぎるのかなぁ」
「いや、共有切れよ」
「共有を切ると視界が共有出来なくなるんだよね」
砂漠の行軍が厳しそうな動物は一旦解放し、テイムが面倒な鳥系は上空を飛ばしているのだが、羽毛故にかなり暑く、それをもろに共有しているので何倍も暑いのだという。
「砂漠舐めてた」
一時間ほど歩いたところでティアが休憩を指示。幹隆が敷布と天幕――町内のお祭りや運動会で目にするアレみたいな奴だ――を出して固定、全員に水を配る。
「あ゛あ゛あ゛あ゛……」
「頼むから人間の出せる声を出してくれ」
「あはは」
「でも、そう言う声が出したくなる気持ち、わかるわぁ」
「うんうん」
断熱性のある素材で出来た敷布は地面からの熱を遮り、遮光性の高い天幕は直射日光を遮り、ひとときのオアシスとなる。
「今のところは順調ですね」
「魔物がいなくて助かります」
「うんうん、こんなところで戦いたくないモンね」
「何を言ってるんです?」
「え?」
「ここも普通に魔物が出ますよ」
「はい?」
「マジですか」
「まだ砂漠に入ったばかりですが、あと一時間も歩けば何らかの魔物に遭遇するかと」
「うへぇ」
「砂漠に入る前に、魔物がいるって話しましたよね?」
そう言えば聞いたかも知れないと真面目に聞いてなかった数名が視線を逸らす。
「こんな……足場が砂で歩きにくいところで戦うのかよ」
「しかも暑いし」
「きついなぁ」
五分休憩、一時間進む、を繰り返し、日が傾き始める頃、それは現れた。
「左前方……サンドスコーピオン。中型、と言うには少し小ぶりでしょうか」
「充分デカいっす」
頭から尻尾の付け根まで三メートルはありそうで、毒針の着いた尻尾は長いし、ハサミもデカい。そしてその大きさの割に砂に足を取られることもなく、むしろ砂の上を滑るようにこちらへ向かってくる。
「戦闘準備!」
「おう!」
幹隆が真正面に立ち、残りが左右に散開する。
「さあ、来やがれ!」
幹隆の挑発に乗せられたのか、サンドスコーピオンが巨大なハサミを振り上げ、叩き付ける。が、そんな見え見え……というか幹隆の目にはハエが止まるのではと錯覚するほど鈍い攻撃など意にも介さず、片手でトン、と受け止め
「熱っ!!!!」
慌ててベシッとたたき落とし、赤くなった左手をふうふうして冷ます。その様子を見た全員が、「近づきたくねぇ……」と思う。サンドスコーピオンの分厚い殻は表面こそ直射日光で熱くなっているが、その優秀な断熱効果によって体内まで熱は届かないという、防具の素材としては人気が高い。ただし、生息環境的にも魔物としての強さ的にも、気軽に狩れる相手ではないが。そんな優秀な殻は表面で目玉焼きが焼けるのでは無いかと言うほどに熱くなっており、よく見ると陽炎のようにゆらゆらと揺らいで見える程で、たいした威力は無いだろうと思い込んでむやみに触れると火傷しかねない危険な代物になっていた。
だが、呑気にしている間にもサンドスコーピオンはもう一度ハサミを振りかざし、襲いかかる。
「でいっ!」
バキンッと棍で殴ると、片方のハサミが付け根から折れて吹き飛んだ。そのまま一気に踏み込んで顔面に棍を振りかざして打ち下ろす。
「食らえっ」
バキィッと頭が真っ二つに割れて砂にめり込むのと幹隆の頭に尻尾の先の針が突き刺さるのはほぼ同時だった。残念ながら針は幹隆に刺さること無く、ミシッと言う音と共にヒビ割れ、折れてしまったが。
「何度見ても、村田の戦いって……変だよな」
「言えてる」
「こう……ゴ○ラvs一般人、みたいな?」
「そうそう、力の差が大きすぎてどこからどう突っ込んで良いのか全くわからん」
「言いたい放題だな……」
ため息をつきながらもう一度棍を振り下ろすと、胴体が縦に割れた。
「魔石は無し、か」
「この砂漠に住む魔物からは魔石は出ませんよ?」
「え?出ないんだ?」
ティアの指摘に少し驚いた。ダンジョン街の魔物は魔石のない個体も多いのだが、これだけ巨大な魔物なら魔石はあるだろうと思っていたからだ。
「この砂漠の環境に適応するためにエネルギーを使い続けるため、魔石が生成されないとも言われています。そう言う意味ではこの殻が魔石とも言えますね」
「なるほど」
「持っていきますか?結構綺麗に残っているので高く売れると思います」
「そうだな」
収納の中に放り込んだところで、ティアが不思議そうに幹隆の棍を見ている。
「どうしました?」
「いえ……それ、確か王国の……」
「あ、そうですね。ダンジョン探索の時に持っていった物をそのまま使ってます。何となく……あ、返さないとマズかったんですかね?」
「いえ、返す必要は無いと思います。それよりも……こんな魔物を叩き割るほどの威力で振るっているのに、歪み一つありませんね」
「そう言われてみると……」
確かに今までいろいろな魔物と戦っているのだが、変な角度で当ててしまって振り抜けなかったと言うことでも無い限り、どんな魔物の固い皮もお構いなしに貫き、骨だろうと角だろうとたたき折っているような気がする。
「実はスゴい金属で出来た棍だった、とか」
「いえ、それは無いはずです。確かそれ、元は物干し竿だったはずです。風の強い日に物干し台ごと倒れて端が折れたので切り落としただけの、いわばただの棒ですから」
「元物干し竿か……なあ、清水」
「ん?何?」
「これ……お前の金属検知で何に見える?」
「村田君の武器だよね……?良いけど……金属検知」
本来、ドワーフが鉱山を掘り進めるときに鉱脈を探すスキルだが、金属の種類が特定出来るので、調べてみることにした。
「何これ……狐鋼」
「は?」
「そうか、わかったよ、ミキくん!」
「え?」
「ミキくんが使い続けたことで、魔力を帯びて変質したんだよ!」
「んな馬鹿な」
「いえ、あり得ますね」
「あるんかい」
ティアが言うにはダンジョンのような魔力の密度の高いところでうまいこと吸収されないまま長いこと放置された普通の道具が魔道具に変質することがあるという。
「つまり……」
「ミキくんのこの狐火よ!」
「え?これ?」
「これって、魔力の塊だよね?」
「そう……だな」
転移魔法陣はこれで発動出来たし、魔力の塊と言っていいはずだ。
「つまり、いつもこの濃い魔力の傍にあった結果、ただの鉄の棒が不思議な魔力を帯びた武器に!」
「マジか……」
「なるほど……有るか無いかで言えば、有るでしょうね」
へえ……と改めて棍を眺める。鈍い銀色で光を反射するそれが今更ながらに不思議な輝きを持つように見えてきた。
「と言うことは……幹隆さん」
「ハイ?」
「もしかしてこの服も……」
「ええええ?」
「早速鑑定しましょう、脱いで下さい」
「ちょ!待って!待ってってば!」
いきなり服を脱がしにかかるティアをなんとか留める。
「あ、もしかして下着を着けていらっしゃらないとか?」
「穿いてないと聞いて」
「聞き捨てならんな」
「うるせえ!」
幹隆が稲垣たち三人を小突いて砂に上半身を埋める。砂の熱さでバタバタ暴れるが、放置。
「それに!何でここで脱がなきゃならないんだよ!服の鑑定出来る人もいないのに!」
「確かに鑑定は出来ませんが……ここで脱がずにどこで脱ぐのですか?」
「どこか知らないけど!多分、ここじゃないから!と言うか、脱ぐ前提なの?!」
「そうですか……」
「あと!下着も着けてるから!穿いてるからな!」
「なんだ……残念」
「いや待て、それならそれで服を脱いでもいいのでは?」
「貴様、天才か?」
「それほどでも」
「クソッ、埋め方が浅かったか!」
「槍聖」
「獣人」
「剣士」
「「「我らの力を甘く見ないでいただこう!」」」
「世界のためにもここで滅べ!」
棍を一振りして砂を巻き上げてからすぐに埋める。数メートルは埋まったから少しは静かになるだろう。人類のために必要な犠牲だったのだ。




