レベルアップ
「……知らない天井だ」
「今朝も見たでしょ?」
「もうちょっと乗ってくれてもいいと思う」
幹隆の小ネタに茜が答える。なんとか体を起こすと二人にあてがわれた部屋だった。体力を使い果たしてぶっ倒れたあと、運び込まれたのだ。
「具合はどう?」
「うん。ただ単に疲れがピークになったってだけだから」
「……ま、仕方ないか。元の世界じゃほとんど運動できてなかったからね」
「はは……」
そこへ、今までで一番不機嫌な顔をしたティアが近づいてくる。幹隆が目を覚ますまで部屋の隅でずっと待機していたのだ。
「お目覚めしたばかりで申し訳ないのですが、夕食のお時間がもうすぐで終わりです。いかがいたしますか?」
「食べたい」「です」
「ではこちらへ」
スタスタとドアに向かい歩き始めるのだが、体力が回復しきっていない幹隆はベッドから起きようとしたところで、床に転落しかけ、茜が慌てて支えた。その様子を見たティアは、大きくため息をついて幹隆に近づき、背を向けてしゃがんだ。
「どうぞ」
「え?」
「早くしてください」
「あ、はい。すみません」
ティアにおんぶされながら廊下を進む。
「……すみません、お手数かけます」
「仕事ですから」
「それでもお礼は言っておきたいんです」
「そうですか。では一つだけ謝っておきます」
「はい?」
「位置的に、後ろから丸見えかと」
「「えええ!?」」
隣を歩いていた茜が慌てて後ろに回り込み、スカートの裾を何とかしようとするが、無駄だった。ここまで廊下が無人だったことは不幸中の幸いだろう。
「ところで」
「は、はい」
「この火、消せないんでしょうか?」
「……あ」
狐火がまだすぐそばで揺れているままだった。熱くもないし、何かに燃え移るようなこともないのだが、それでも目の前で火が揺れているのはなんとも落ち着かない。
「……すみません、よくわからないです」
「それなら仕方ないですが、早めに何とか出来るようにしてください」
「え?」
それは、早く強くなってくれという意味なのだろうか?
「邪魔です。鬱陶しいです。煩わしいです」
「はい、すみません。早めに何とかします」
食堂に着くと、Cグループの生徒達はほとんど食事を終えており、Aグループが数名残っているだけだった。一番隅の椅子に座ったところで、茜が二人分のトレイを持って来る。
「では私は外で待っています。食べ終えても立てないようでしたら改めてお呼びください」
そう言って、ティアは部屋を出て行った。
「……食べましょ」
「うん。いただきます」
「いただきます」
夕食は……相変わらず固いパンに、ほんの少し野菜の入っているだけの薄味のスープ、そして薄っぺらの焼いただけの肉(何の肉か不明)だった。
Aグループの様子を見ると、遠目でよくわからないが、ファミレスのセット程度のものは並んでいるようだ。
「格差社会、って奴?」
「……はぁ」
幸いなことに食べ終える頃には幹隆も程々に回復しており、なんとか歩いて部屋まで戻れそうなので、待っていたティアにも歩いて戻ると伝えようとした。
「ミキくん?」
「何?」
「まさかそのまま寝るつもり?」
「そのまさか、だけど?」
「何言ってるの?」
「え?」
「お風呂、行くわよ」
ズルズル
「いやいや、いいって。今日はもう疲れてて寝たいし」
ズルズル
「別に汗かいてないし」
ズルズル
「それにほら、明日も朝早いからさ」
ピタ
幹隆をズルズルと引きずっていた茜が立ち止まる。その少し後ろをついてきていたティアも立ち止まる。
「ミキくん?」
「はい」
「まさかと思うけど、昨日のこと、忘れてないよね?」
「昨日?」
「ミキくんは昨日、何をしでかしましたっけ?」
「えーと……」
あれか。
「一応、お湯で濡らした布で拭いたけどさぁ……」
「うん……」
「やっぱりさぁ……」
「はい……」
素直に従うしかない。ティアの案内で風呂場へ。廊下にティアを待たせて脱衣所へ。
「……」
「ミキくん?」
「……」
「ほら、早く脱いで」
「いや、やっぱり……その……あとにする……」
「何言ってるの?」
「だってさ、俺そもそも男だぞ」
「そうね」
「だからさ」
「今はこんなに可愛いじゃない」
「いや、でもさ」
「私は気にしないよ?」
「へ?」
「だって、この体、本当の私のじゃないから。ミキくんに見られても平気よ?」
そう言いながら茜は何も身につけていない体を見せつけるかのように胸を張る。元の体よりも出るところが出たプロポーションは、高校生男子にとっては大変魅力的に映る。スマホが一緒に転移されていないのが悔やまれる。
「そう言うものなの?」
「それに」
「ん?」
「見たからって、どうなるの?」
「……どうもならないか」
確かに今の幹隆には反応するような体の器官がない。口で茜に勝てるわけ無いか、と幹隆は諦めて服に手をかけた。
風呂場は結構な広さで、日本の銭湯を思わせるような構造だったので、二人とも特に迷うことなく体を洗い……とは行かなかった。
「尻尾が洗えねえ……」
洗おうとすると、意に反した方に動くので石鹸をうまく付けることが出来ない。と言うかそもそも尻尾を洗うのって、石鹸なのか?あるのかどうかわからないが、シャンプーとかの方がいいのか?
「ああ、もう……ほら、押さえててあげるから」
「ひゃっ」
見かねた茜が尻尾を捕まえ、妙なくすぐったさに幹隆が思わず声を出す。
「変な声出さないで、ほら、これシャンプーみたいよ」
「……やっぱ、尻尾はシャンプーなのかな?」
「さあ……あ、こっちは、トリートメントみたいね」
「これってやっぱり、過去に召喚された勇者の候補とかが作ったのかな?」
「かもね」
どうにか洗い終えて大きな浴槽に並んで入る。予想通りというか何というか……浮いた。何がとは言わないが。
「むー」
「な、何?」
「やっぱり、ミキくんの見た目、反則だわ」
「そう言われても」
「すっごく負けた感じがする!」
憤慨している茜の相手をしていたらキリがないので、幹隆は何となくステータスを開いてみる。
村田幹隆
狐巫女 レベル3 (27/30)
HP 30/30
MP 30/30
STR 3
INT 3
AGI 3
DEX 3
VIT 3
LUC 3
スキル
言語理解(大陸)
狐火魔法
「は?」
「ん?どうしたの?ステータス?」
「……ゴブリンって、経験値いくつなんだ?」
「えーと……確か五だったと思う」
茜もステータスを開いてみる。
川合茜
ハーフエルフ・盗賊 レベル1 (5/1000)
HP 88/88
MP 102/102
STR 5
INT 6
AGI 19
DEX 18
VIT 4
LUC 8
スキル
言語理解(大陸)
忍び足
射撃向上
「うん、五だよ」
「ホブゴブリンの経験値は?」
「ちらっと聞こえたけど、五十だったかな。そんなに強いわけじゃないけど、あまり見かけないから経験値が結構多いって」
ステータスを見ながら、幹隆は考え込んでしまう。茜の言うとおりなら幹隆は経験値を五十五、手に入れたはずだ。
そして幹隆はレベル二になるために必要な経験値が十だったらしい。そして今の表示から推測するに、レベル二から三になるための経験値はおそらく二十。と言うことは、どういうわけか幹隆が得た経験値は五十七だったと言うことになる。
「……キくん、ミキくん?おーい」
「あ、ゴメン。ちょっと考え事してた」
「いいけど、そろそろ出よう?のぼせちゃうよ」
「あ、うん」
茜に続いて立ち上がろうとして……盛大に後ろにひっくり返った。いろいろ見られちゃマズい場所を全開に、ジタバタしながら浴槽に沈んでいく幹隆を慌てて茜が助け起こす。
「大丈夫!?」
「……尻尾が水を吸って、すごく重い」
「盲点だったわ」
「この体、慣れるまでに結構かかりそうな感じだな。特に尻尾」
体のサイズが小さくなったことはともかく、尻尾の感覚に慣れるのに時間がかかりそうだ。
「尻尾があんなに乾きづらいとは」
「そうね……」
ベッドの中でぽつりと呟く。
風呂から上がり、体を拭いたまでは良かったが、髪はともかく尻尾が全然乾かないのには参った。タオルが何枚必要なんだという状況になったところで、外で待っていたティアに助けを求めた結果、『乾燥』という濡れた髪などを乾かす魔法を使って乾かしてもらった。もちろん、ティアの機嫌はさらに悪くなっていたのは言うまでも無いだろう。
「もう寝ましょ。明日はダンジョンに行くとか言ってたから」
「うん」
「おやすみ」
茜がモゾモゾと布団をかぶるのを横目にぼんやりと天井を見上げる。
「魔法か……」
『狐巫女』という才能から察するに、何かの魔法が使えるだろうと期待したのだが、使えたのは今もゆらゆらと揺れている狐火だけ。熱くもなく、明るさも大したことが無い火を作り出すだけの魔法ではただの宴会芸にしかならないのだが、質の悪いことに消すことが出来ないので、そのままになっている。
改めてステータスを表示する。
細かく確認したわけではないが、幹隆のステータスには少なくとも三つのおかしな点がある。
まず一つ目はレベルが上がるために必要な経験値。茜はレベル二になるためには千必要だと言っていたが、幹隆は十だった。そしてレベル三になった今、レベル四になるために必要な経験値は三十。明らかに少ない。
二つ目は、その経験値。風呂場でも計算したように現在獲得している経験値は五十五のはず。だが、それが増えているのだ。
そして三つ目が能力値。レベルが上がったときに一個か二個、人によっては三個上がると聞いていたのだが、全部上がっている。
何となく、『狐巫女』に触れてみた。すると、小さなウィンドウが開き、説明文章が表示された。
狐獣人の中で、族長に準ずる能力を有する才能。レベルアップに必要な経験値が少なく、全ての能力が均等に伸びる。
これは……何かいきなり謎が二つ解けてしまった。現在の状況から単純に解釈すると、幹隆は他の生徒達よりも百分の一の経験値でレベルが上がり、能力値もレベル八くらいで人間の平均になり、そのあとはどんどん伸びていくことになる。
「もしかして、狐火魔法も何かあるんじゃないだろうな」
小さく呟きながら触れてみると、また小さなウィンドウが開いた。
狐火魔法
狐火 消費MP10
熟練度 0
狐火魔法の基本となる魔法。
使用すると術者の周囲を漂う狐火を召喚する。位置はある程度の範囲で自由。
狐火を戻すと、MPが十回復する。ただし最大値を超えて回復しない。
狐火のある間、術者は経験値を十%多く獲得する(端数切り上げ)。
狐火の影響下にある者は経験値を五%多く獲得する(端数切り上げ)。
ただし、どちらも現在レベルよりも多く獲得することは出来ない。
狐火を複数出していた場合は加算される。
狐火の矢 狐火二個消費
熟練度 0
狐火二つを一つにまとめて魔力の矢として撃ち出す。
熟練度が上昇することで、威力が向上する。
狐火の癒やし 狐火五個消費
熟練度 0
狐火の力を生命力に変換し、傷を治す。
熟練度が上昇することで、より深刻な傷を治せるようになる。
狐火の火球 狐火五個消費
熟練度 0
狐火五つを一つにまとめて、火の玉として撃ち出す。
命中すると爆発する。
熟練度が上昇することで、威力が向上する。
狐火の浮遊 狐火十個消費
熟練度 0
狐火の力により、術者を宙に浮かせる。
熟練度が上昇することで、長時間浮遊できるようになる。
なんだかたくさん表示されてきた。スクロールバーまで表示されてきたので、全部見るのは後回しにしつつ、その内容に軽く頭痛を覚えた。
狐火を出しているだけで経験値が増える……だと?
この記載通りなら……
最初のゴブリンの時、経験値五に十%が加算され、獲得経験値は六。
ホブゴブリンの時、経験値五十に十%加算されるが、レベル一だったため、獲得経験値は五十一。
合計すると五十七。
レベル三になるまでに必要な経験値が三十だから、残りは二十七。
数字の辻褄は合う。
「……狐火」
ボッという音がして新しく一つ青白い火の玉が生まれる。
「……狐火」
さらに一つ。
「……狐火」
これでMPはゼロ。火の玉は四つになった。
「これで経験値アップ効果が四倍?」
そんなうまい話があるのかねと、疑いながらも眠ることにした。
なお、早朝に目が覚めた茜が、人魂に囲まれた幹隆を見て悲鳴を上げたのは言うまでも無い。