国境を越えて
「ふう……」
辺境にある、ろくに街壁も無いような街の一番大きな邸宅の前で馬を下りると、ティアは一つ大きなため息をついた。
「久しぶりだな、ティア」
「なんでまだここに残ってるのよ!」
「多分来るだろうと思ってな」
「はあ……」
まさか、両親と兄、使用人二人と共に家族総出で出迎えとは。
ティアの実家、バートン家は貧乏貴族を絵に描いたような田舎の男爵家。この辺りを治める子爵家の書記官を代々務めており、金持ちでは無いが生活には困らないという程度の収入を得ている。何より住む家が、領主である子爵邸の敷地内に建てられており、家賃もかからないというのがポイントだ。
「で、どのくらい余裕があるんだ?」
「半日かな」
「そうか。なら十分だな。少し話をしよう」
父親に促され、何年ぶりかの我が家に入る。
「アレ?」
「荷物は既にまとめてあるから、少しばかり殺風景だな」
「……準備が出来てるならさっさと逃げてよ」
「詳しい事情くらい聞かせてくれてもいいだろう?」
そう言って応接室へ。ソファ・テーブルなどはあるが、細かな調度品は見当たらない。
「で、何をやらかした?」
「私じゃないわよ!」
開口一番の父親のひどい物言いに反論しておく。
「しかし、国を捨てて逃げろとは穏やかじゃないからな」
「まあね」
とりあえず、今までのことをかいつまんで話す。勇者召喚が行われたこと。一部に素行不良な者がいて問題を起こしたが、それに反撃して問題を悪化させた者がいること。その当事者の身の回りの世話をしており、逃げる手助けをしたこと。そして、その時に騎士団団長とやり合ったこと。
「なんというかまあ、色々やったもんだな」
「行きがかり上というか、そう言う流れというか」
「まあ事情はわかったし、逃げた方がいいという判断も正しいと思う。それにしても」
「まだ何か?」
「勇者召喚?」
「ええ」
「また、やったのか」
「ええ、またやったのよ」
フム、と父親が考え込むと、紙に何か書き始めた。
「とりあえず私はこの後北へ向かうわ」
「北?」
「何で北?」
「前回召喚された勇者候補が逃げた先が多分北。そして今回私が逃がした二人も北に向かわせたわ」
母と兄の問いに答えたところで、父がよし、と立ち上がる。
「とりあえず子爵には暇が欲しいことを伝えてある。逃げる先も算段がついている。早速行くことにしよう」
「え?あ、うん」
ぞろぞろと家を出て、荷物を積み込んだ馬車へ。
「ティア、そう言う状況なら……」
アルタスへ行くといい、と一つの街の名前を父が教えてくれた。聞き覚えはあるが、行ったことは無い。
「そこに何が?」
「ここでは言えん。これを」
ポンと、先ほど書いていた紙をティアに渡す。
「それを見せれば、色々と便宜を図ってもらえるだろう」
「読んでもいい?」
「ああ。先に読んでおけ」
「わかった。あとで読むわ」
娘の返事にうなずき、父が馬車に乗り込む。母と兄も既に乗り込んでおり、ずっと一家に仕えてきた使用人二人が御者台に。
「では、な」
「はい。ありがとうございます」
「元気で」
「道中気をつけてな」
互いに旅の無事を祈り、馬車が走り出すのを見送る。
「さて……私も行きますか」
まずは茜とミキに合流した方がいいだろう。あの二人のことだ、きっと何か問題を起こしているに違いないからと、馬に飛び乗った。
「どう見ても道が無い件について」
「まあ予想はしてたんだけどね」
ティアに指定された「ここを通れ」という場所に来たのだが、獣道すら見当たらないような山。斜面はそれほど急では無いものの、人が通るような場所ではなさそうだ。
「まあ、行くか」
「うん」
「っと、その前に。茜、見張りを頼む」
「あ、うん。わかった」
ガサゴソと藪の中に入ってから、ここまでのずっと着ていた奴隷っぽく見える服に手をかける。国境を越えた先の国、ミガルでは獣人も亜人も特に差別は無いらしいので、普通の服装に着替えておこうとしたのだが……
「茜……なんでこっちをじっと見てるんだ?」
「見張ってるのよ」
「ほう……何を見張っているのかな?」
「そりゃ勿論、ミキくんの発いk痛たたた、痛い、ミキくん痛いってば!」
「見張りって普通は周りを見るもんじゃないのか?」
「ミキくんの安全を守るためにはミキくんを見てるのが一番なのよ」
両こめかみをゴリゴリされた茜が両手でさすりながら答える。
「はあ……一応言っておくけど」
「何かな?」
「次からは金取るぞ」
「金貨一枚までなら旅の資金から出せるわ!」
「出すなよ!」
冗談を真剣に受け止める茜の将来を不安に感じながらも着替え終えると国境越えにかかる。
国境というと厳しい監視や警備がされているイメージがついて回るが、現代地球においてもユルい国境線は少なからず存在する。例えばヨーロッパなんかでは個人の住宅の真ん中に国境線があるような所もあり、住んでいる住人はパスポートを提示すること無く二つの国を行き来しながら生活しているし、砂漠やジャングルの真ん中の国境線なんて、付近の住人は意識することなく越境しているのは珍しくない。
ましてや、科学技術の進歩していない異世界の国境なんて、一部を除けばザルも同然。レクサムとミガルの国境もその例に漏れず、その気になればいくらでも超えられる。通常の街道を進んだ場合、国境検問所があり、身分証といくらかの通行料を支払って国境を越えるのだが、その他を通ることを咎める者は皆無。なぜならその大半が、魔物の多く住む森や山脈となっており、ちょっと腕に自信があるという程度では魔物の餌になるのがオチだからである。
ティアが幹隆たちに提示したルートは、その中でも比較的歩きやすい地形を選んでいるものの、危険度で言えばAランク冒険者がフル装備で臨むようなルートであり、事実、幹隆たちの目の前には国境越えの洗礼と言わんばかりの魔物がずらりと並んでいた。
「オークって、ホントに豚っぽい顔なんだな」
「そうね」
五十以上のオークに、一回り大きなオーク、多分オークリーダーが獲物を前に殺気立っている。いつ襲いかかってきてもおかしくない間合いと雰囲気だ。
「ミキくん」
「なんだ?」
「くっころ展開とか期待しちゃダメだよ」
「俺は本当に茜の頭が心配になってきたよ」
はあとため息をつき、ガクリと肩を落とすのを合図にしたのか、一斉にオークが飛びかかってきた。
「やるか」
幹隆が棍をクルリと回す。一対一で負ける気はしないが数が多い。この場合、オークリーダーを仕留めれば、配下のオークは逃げ出すだろうと、リーダーに狙いを定め、待ち構える。
そして、棍の届く距離にオークたちが来た瞬間、ブンッと棍を振り回すと、それだけでオークが数匹吹き飛んでいく。そしてもう一度振り回すと、オークリーダーも吹き飛んだ。少々距離を見誤ったらしく、当たりは浅いが、ダメージは充分だったらしく、吹き飛んだオークは痙攣しているし、リーダーもなんとか立ち上がったものの、プルプルと震えている。顎に当たって足にでも来たのだろう。
「ブオォォッ!」
豚のような声でリーダーが吠えると、オークが一斉に逃げ出した。それを見たリーダーも慌てた様子で後を追う。どうやら「何をしている!一斉に襲いかかれ!」と命令したようだが、従わなかったらしい。その様子をポカンと見ている間に、倒れていたオークもなんとか起き上がって、仲間の後を追っていった。
「適当に振っただけじゃオークは倒せない、と」
「軽く振っただけでオークリーダーを吹っ飛ばすミキくんがすごいんだと思う」
「そう言うけどさ……茜一人でも相手出来たんじゃないか?」
「うん、そんな気がする」
さて、先へ進むか、と荷物を背負いなおして歩き始める。日が落ちる前に国境を越えた先にある村へ行かなければならない。急がねば。
人間至上主義を掲げるレクサムにとって、獣人の多く住むミガルとの国境検問所はある意味、軍事的には重要拠点である。当然、警戒厳重で、警備に当たる騎士も精鋭揃いである。と言っても、これだけ警戒厳重なところを無理に押し通る者なんていないので、実際には平和なものである。
普段なら。
「おい、なんだあれ?」
「ん?」
周囲を警戒していた一人が近くの山の方を指す。
「何だ……ん?」
「オ、オークの群れだ!」
「デカい……多分リーダーもいるぞ!」
「鐘だ!鐘を鳴らせ!」
この日、国境検問所はオークリーダー率いる五十以上のオークの群れに襲われた。なんとか撃退出来たものの、警備の騎士の半数以上が全治二ヶ月以上の重傷。無傷の者がいないという被害を出し、補充要員を出すためにボリスがまた頭を抱えるという惨事であった。




