魔王の脅威
「では失礼します」
「ありがとうございました」
思い切り軽蔑した態度を隠すことなく、ティアが軽く頭を下げて部屋を出て行く。
「ミキくん……」
声をかけるが、幹隆はベッドで頭から布団をかぶり丸くなっていて、なんの反応もない。
「……はあ」
仕方がないのだ。
頭を通しているだけの布をまくり上げて座るまではよかった。
何度も入念に座る位置を確認した。今までと要領は違うが、ここで大丈夫、と確信が持てた。
だが、まさにその時に、尻尾が突然ピン!と立ってしまい、体のバランスが崩れた。慌てて立て直そうとしたが、立て直そうとすればするほど尻尾はあちこちに勝手に動き、結果として……大惨事になってしまった。
騒ぎに気付いてドアを開け、惨状を確認した茜がティアを呼び、掃除やらなんやらしてもらったのだが、『人間としての尊厳』を著しく傷つけられた幹隆は完全に自分の殻に閉じこもってしまった。
部屋に備え付けの時計――地球と同じように一日は二十四時間だった――を見るとまもなく十一時。教えられた手順で部屋の明かり――魔法の道具だそうだ――を消すと、茜もベッドに潜り込んだ。
願わくば、これが悪夢で、目が覚めたときには元通りになっていますように。
それが叶わないなら、せめて幹隆が立ち直っていますように。
茜が目を覚ましたのは六時を少しまわった頃だった。とりあえず、昨日から着たままの布を脱ぐと、昨日受け取ってそのままにしていた服に着替える。下着が日本で着ていた物とだいぶ違う素材と形で少し戸惑ったが、まあ何とかなった。七分袖の麻のシャツにデニムっぽい生地の膝丈オールインワン風に膝下五センチ程までのブーツ。あまり可愛くないが動きやすいのでいいか。
幹隆は、布団で丸まったままだった。まあ、気持ちはわからないでもないが、いつまでもそのままではダメだろう。無理にでも起こさなければ。
「ミキくーん、起ーきーてー」
ポンポンと布団を叩く。起きているようだが反応はない。
「布団剥がすよ-」
反応がないので、布団に手をかける。起きているのは間違いないが、ゆさゆさ揺すっても出てくる様子は無い。仕方ないので、えいやっと布団ごと持ち上げる。幹隆が小さく、軽くなったから出来ることだ。
「起きてー」
「……」
「起きようよ-」
「……」
「わかりました」
「……」
「このまま連れて行きます」
「うわあああ」
幹隆がジタバタと暴れてドサッとベッドの上に落ちると、すぐに布団をつかみ引き寄せる。
「さすがにそれはダメ!」
「じゃ、起きよう?」
昨夜のアレコレで、幹隆は体を拭いた後、何も身につけていない。さすがにこれで外に連れ出されたら人として超えてはいけない一線を飛び越してしまう。
「うう……」
布団からピョコンと顔を出した幹隆が茜を睨むのだが、その上目遣いになる顔立ちは、別な意味での攻撃力が大幅に増しており、迫力が無いどころか、頭をなでなでしたくなる衝動に駆られる。
いかんいかん、今は我慢だ。
「さ、服着よう」
「うん……」
積まれた服の山を前に、幹隆は固まる。
「着方がわからない、と」
コクリ、と幹隆がうなずく。当然か。これで詳しかったらそれはそれで問い詰める必要がある。服の山から下着を取り出し、前後を確認して渡し、穿くように言う。
モソモソと反対側を向いて足を通し……
「ダメか」
「……」
尻尾が出るように穿くと、いわゆる半ケツ状態でずり落ちる。しっかり穿くと尻尾が上を向いて固定され……しばらくすると、尻尾が降りてくるのに合わせてずり落ちる。
「ちょっと待ってて」
茜は廊下で待っているティアに頼み、目一杯ローライズの物を持ってきてもらった。
そしてあれこれ手伝い、着終えたのは七時を少しまわったところだった。
長袖のふわっとしたシャツにコットン生地の膝丈ジャンパースカート(尻尾用の穴付き)。結構似合ってるどころか、後ろでフリフリ揺れる尻尾も含めると破壊力が半端ない。
このまま抱きしめてゴロゴロしたいのをグッとこらえる。
「さ、行きましょ」
渋る幹隆の手をやや強引に引きながら、ティアの案内で廊下を歩いて行く。
(なんかスースーする……ちょっとした動きで見えそうで怖い……)
布面積が小さいせいもあって、実は既に脱げてるんじゃないかと気が気でない。
「こちらです」
食堂に通され、料理が並べられている隅のテーブルに案内される。すぐにトレイが渡され、横に移動していくと料理の皿とスープ、パンが置かれる。
「今からの時間ですと、食べ終えたらすぐに講堂ですね。廊下でお待ちしております」
そう言ってティアは出ていった。
食堂内を見渡すと、髪や肌が色取り取りとしか表現のしようのない面々がテーブルについて朝食を摂っていた。空いているところに座り、料理を眺める。
パンは……手に取ってみるまでもなく固い黒いパン。スープは申し訳程度の野菜が浮かんでいるだけ。皿の上には所々焦げたスクランブルエッグとベーコンか。
チラリと部屋の反対側を見ると、『勇者候補』の才能持ちの連中が見える。明らかに皿の内容が違う。柔らかそうな白いパン、スープはポタージュっぽいし、ベーコンエッグには野菜炒めのような物が添えられているようだ。
「ま、文句を言っても仕方ないから食べましょ」
「うん」
きちんと「いただきます」をしてから食べ始めるのは、幼い頃からの習慣。そしてスープを一口飲んで……
「味がしないね……」
「うん……」
朝食のメニュー全般がほとんど味のしない物ばかり。むしろ固いパンが飲み込むまでに何度も噛むので逆に味が出てくるという皮肉な物だった。
食べ終えて食器を指示された場所に下げて廊下に出ると既にティアが待っていた。
「こちらです」
こちらを振り返らずにスタスタと歩いて行くので、慌ててついていく。
「あの」
「何かご用ですか?時間があまりないので手短にお願いします」
「……いえ、いいです」
なんかちょっと機嫌が悪い感じだ。
一度建物の外に出て隣の建物へ。案内された扉に入ると、そこが講堂だった。三分の一くらいが既に来ているが、特に話をしたりもせず、静かに待っている。
後ろの方の席に案内され、座って待つように言い残し、ティアは出ていった。
朝食がひどかったという感想を小声で交わしている間に他の者もそれぞれ案内されながら席に着いていく。やがて、柱時計が八時を指す頃、体格のよい男が数名の男女を連れて入ってきて、扉が閉められる。始まるようだ。
「異世界より来た諸君。私は君たちの教育責任者、王国騎士団第三隊副隊長のアレックス・ゾーイだ。そしてこちらが座学を担当する、王宮魔術師のペイン・リットンだ」
隣に立つローブを着た男が一歩前に出る。
「ペイン・リットンだ。アレックス共々、諸君を鍛え上げるのでそのつもりで」
挨拶はそのくらいで、と早速講義が始まった。
まずは地理。この国を取り巻く情勢だ。
現在幹隆達のいるレクサムは大陸のやや南側西海岸から中央付近までの広大な面積を誇る、大陸で最大の国家である。レクサムの南には二つの国『ニブル』『フィヨン』が、東には『アント』、北には『ミガル』が接しており、さらに北にある『コフィル』の北には大陸を横断する数千メートル級の山脈がある。その北が魔族の領域で、いくつもの小さな国があるという。
『魔王』とはその魔族の中から数十年に一人程度生まれる、驚異的な能力を有する個体。これまでの歴史の中で幾度となく、その圧倒的な力とカリスマで魔族の国をまとめ上げ、人間の住む領域へ攻め込み、多大な被害をもたらしてきた、人類にとってまさに災厄である。
魔族は人間よりも肉体的な能力が高く、魔法に長けた者も多い。そして魔王はそれを統べるだけの力を持っているだけあって、何度も人間は全滅しかけてきたが、異世界から召喚された『勇者』により、なんとか持ちこたえ、倒してきた。
単純な戦力だけで言えば、魔族側が圧倒的なのだが、山脈を越えてくると言うのは魔族にとっても容易ではなく、超えてきた直後であれば、人間も互角に戦える。そこに圧倒的な力を持つ勇者が参戦することで、魔王を倒してきたのだ。
これまでに幾度となく繰り返されてきた魔王による侵略。その予兆を探るべく潜伏させている諜報員により、約十年前に新たな魔王の誕生が確認された。魔族をまとめ上げ、攻め込んでくるまで早ければ十年との判断つきで。
すぐに異世界からの召喚が行われたが、才能のある者はなかなか召喚されず、才能のある者を多く召喚できる大人数召喚を行うことを国王が決断し、幹隆達が連れてこられたというわけだ。
(異世界召喚あるある、ばっかりだな)
自分が巻き込まれるとは思ってもいなかったが、とりあえず状況は理解できた。隣の茜は……ダメだ、口から魂が抜けかけている。状況に追いつけていないようだ。
「テンプレ通り、いよいよ俺の時代が来た……」
近くの席から小さな呟きが聞こえる。どうやらこの手のラノベを読んだことがあるのだろう。そう簡単にいくとは思えないんだけどな、と幹隆は正面で話を続けるペインを見る。
「昨日、君たちは全員オーブに触れ、才能を調べたはずだ」
調べたな。狐巫女とか言うふざけた才能だったが。
「あのオーブに触れたことにより、君たちは一つの魔法が使えるようになっている。『ステータス』と唱えて見よ」
「ステータス」「ステータス」「ステータス」「ステータス」「ステータス」「ステータス」
全員が唱え、ザワザワし始める。幹隆も茜を揺さぶって正気に戻してから唱える。
「ステータス」
目の前にガラスの板のような物が現れた。周りを見るが、そんな物は見えない。本人だけに見えるものらしい。そして表示内容に軽い頭痛を覚えた。
村田幹隆
狐巫女 レベル1 (0/10)
HP 10/10
MP 10/10
STR 1
INT 1
AGI 1
DEX 1
VIT 1
LUC 1
スキル
言語理解(大陸)
狐火魔法
これ、ひどい数字なんじゃないか?
幹隆に促され、茜もステータスを確認する。
川合茜
ハーフエルフ・盗賊 レベル1 (1/1000)
HP 88/88
MP 102/102
STR 5
INT 6
AGI 19
DEX 18
VIT 4
LUC 8
スキル
言語理解(大陸)
忍び足
射撃向上
「確認できたか?それでは説明する」
名前の次に表示されているのは「才能」と呼ばれ、「職業」とか「役割」と読み替えても良いらしい。
そしてレベルはその「才能」の熟練度合い。その次は経験値。二つの数字は現在の値と、レベルを上げるために必要な経験値だ。経験値を稼ぎ、レベルを上げることで才能が伸びていくという。
経験値を稼ぐ方法は二つ。魔物を狩るか、大勢に認められる成果を見せるか、だが、大勢に認められる成果というと、王などがその治政をたたえられる等、限られているために、普通は魔物を狩るらしい。
HPは生命力で、MPは精神力で現在値と最大値がそれぞれ表示されている。だが、生命力と言っても、どちらかというとスタミナとか活力のような物でゼロになっても死ぬわけではない。また、精神力は気力と言うよりも、魔法を使うためのエネルギーという位置づけだ。
その次に並ぶのは能力値。力強さ、知性、素早さ、器用さ、頑丈さ、運。成人の平均が八くらい。レベルが上がるときに一つか二つ、才能によっては三つステータスが上がる。上がり方は様々でSTRが二つ上がることもあれば、二つの能力が一つずつ上がることもある。なお、知性と言っても魔法に対する造詣と言うことで頭の善し悪しではないらしい。
最後にスキル。召喚された者は全員「言語理解」を有しており、この大陸での会話・読み書きで困ることはない。そのほかのスキルは個人の特性や才能によって変わる。
(完全にゲームじゃねえか)
「今のままでは当然魔王には勝てない。レベルアップが必要だ。そこで、君たちには明日からこの王都レクサムにあるダンジョンで魔物を狩り、レベルアップに勤しんでもらう」
テンプレだな。
「どの国も、王都などの大きな街にはダンジョンがあり、ダンジョンの魔物による素材は国家として無視できない規模の経済だ」
テンプレだな。
「明日からのダンジョン探索の前に、今日の午後は教練場で全員がゴブリンと戦ってもらう。魔物との戦いという物をあらかじめ知っておく必要があるからな」
ゴブリンか。隣の茜を見ると、明らかに嫌そうな顔をしている。周りにもそういう者が数名いる。顔が見えないが前の方の席にも大勢いるだろう。
こちらはただの日本の高校生だ。剣道部とかでも無い限りは武器を持って戦うなんて経験は無いだろうし、たとえ剣道部でも命のやりとりまではしない。
そんなこんなで大半は異世界転移あるあるだったり、ゲームではよくあることだったりを聞かされて午前の講義は終了した。
「では最後になるが、全員冒険者ギルドに登録しておいた。冒険者証を渡すので名前を呼ばれた者から来るように」
一人ずつ名前を呼ばれた者が前に出て何かを受け取り外へ出て行く。呼ばれる順番の意味に気付いた者がいるようで、やれやれという表情を見せている。呼ばれている順序はあからさまだった。まずAグループ『勇者候補の内、人間』が呼ばれ、次にBグループ『勇者候補の亜人または戦闘向きの人間』が呼ばれ、最後がその他、Cグループである。
「なんだかな……」
人間至上主義とでも言うべきか、亜人差別と言うべきか。呼ぶだけ呼んでおいて勝手な話だ。しかし、見方を変えると、『勇者候補』を優先して扱い、魔王を倒すことが出来れば、残りの者は安全に暮らせる。そして元の世界に帰る時期も早まるのだろう。帰れるのであれば、だが。
やがて幹隆の名が――ラスト四人くらいで――呼ばれ、鉄で出来た小さなタグを受け取って外に出た。なお幹隆よりも早く呼ばれていた茜がティアと待っていたのだが、待たされ続けたせいか、ティアは今までで一番険しい表情だった。
一度トイレに寄ってから食堂へ行き昼食、その後は教練場。結構忙しいスケジュールだ。
なお、トイレは先に尻尾を両手で抱えるようにしたらなんとかなったことを幹隆の名誉のためにも書き添えておく。