王城のクズ共
幹隆が、比較的どうでもいいことを除いて、あの日ダンジョンに入ってからのことをティアに話した。
とんでもない深さを落下したこと。そのときに他の者は亡くなったこと。必死に戦い、生き延びたこと。最終的にゴブリンキングを倒して一層に戻ってきたこと。
「ちょっと待ってください……ゴブリンキング?」
「あ、はい。ゴブリンキングで合っているはずです」
「えーと……それ、十五層のボスですよ?」
「そうみたいですね」
「取り巻きにチャンピオンとかジェネラルとかがいたはずですよ?」
「いましたね」
「うん、いたね」
「それを……倒した?」
「はい」
「倒しました」
「はあ……」
ティアが考え込み、しばしの沈黙。
「えーと……詳しい事情は聞きませんが、二人ともかなり非常識な強さになってませんか?」
「非常識がどういうレベルかよくわかりませんが……」
「落っこちた時よりも大分強くなったのは間違いないよね」
「はあ……あのですね、ゴブリンキングという魔物ですが……」
「はい」
「王国でも何年かに一度、突如として生まれ、ちょっとした街くらいなら壊滅させるほどの戦力を率いてくる……いわば災害のような魔物です」
「災害……」
「ダンジョン十五層のボスの場合、上位種を多く率いていることもあって、より強敵だとされているのですが、それを倒したと」
「強敵だったのは確かですけど……」
「頑張って倒しました!」
茜の台詞にティアがため息をつく。
「あれを頑張って倒せるなら苦労はしません。一五層のボスがゴブリンキングだと判明してから凡そ二十年。誰も倒せていないんですよ?」
「あ、あはははは……」
そして、ビシッとティアが二人を指さす。
「お二人に聞きたいことがあります」
「な、なんでしょうか……」
「これからどうしたいですか?」
「どう、って……」
「城に戻って、今まで通りの生活に戻るか、王国に縛られない生活に移るか。どちらにしますか?」
「今まで通りの生活……か……」
城の生活も今まで通りではないんだが。ん?何か雰囲気がおかしいな……
「ティアさん」
「何でしょうか」
「城で、何が起きてるんです?」
「察しがいいですね……最低の事態が進行しています」
「最低の」
「事態?」
「まず、Aグループの一部ですが、ダンジョンで順調にレベルを上げています」
「ほう」
「詳細を確認していないので、推測ですが、おそらくそろそろレベル十くらいになるのではないかと」
「レベル十……」
「しかも、勇者候補だけあって、レベル以上の成長を見せています。特殊なスキルを持っているなどしていて、実力的にはレベル二十くらいと言ってもいいかという程でしょう」
その先、イヤな予感しかしない。
「そして、一部ですが……かなり増長しています」
「あまり聞きたくないけど、具体的にはどんな?」
「ごく数名ですが、Bグループ、Cグループの女性を自分の部屋に連れ込んであれこれしているようです」
「あれこれ……ねえ」
「もう少し具体的には、魔王との戦いに出なくていい代わりに自由にさせろ、と言っているようですね」
「最低だな」
「うん」
「本来なら窘めるべきなのですが、何しろ実力が伴っています。王国の上層部では『彼らなら魔王を倒せるだろう。このくらいの犠牲は仕方ない』と考えているようです」
「上から腐ってた」
「知ってた」
「で、改めて質問ですが……戻りたいですか?」
「お断り……と言いたいところだけど、その状況を放置するのもな」
「そうだよね」
二人とも、クラスの中心的存在とかリア充とかではないが、それなりに仲の良い友達もいる。姿が変わってしまったので、誰が誰だかわからずなかなか見つけられないのだが、辛い思いをしているのなら手を差し伸べたいし、おかしな道に進んでいるなら引き戻したい。
「ティアさん。さっき王国に縛られない生活って言ったけど、それはどういうこと?」
「若干面倒ですが、王国を脱出する方法があります。おそらく今のお二人なら可能かと」
「城に戻ってからでも王国を出られるかな?」
「そうですね……出来ないことは無い……いえ、今の状況なら手順さえ間違えなければ可能ですね」
「そっか」
「ミキくん?」
幹隆が茜に向かって言う。
「少しだけ、みんなの様子を見たい。自分に何が出来るかなんてわかんないけど、何もしないで出ていくのは何か違うと思うんだ。それに、いざとなったら強引に逃げ出すことも出来るだろ」
「そだね」
「強引……まあ、いいでしょう。それでは一度城に戻ると言うことでよろしいですか?」
「はい」
「でも基本的にすぐ逃げる方向で」
「わかりました。それでは……」
ティアが簡単にこれからの流れ、つまり城に戻り生還を報告したあとに王国を出るまでの流れを説明する。
絶対にこれをしてはダメ、これは必ず守ること、そんな注意点を述べていく。
難しいことのように聞こえるが、今の二人の状況ならさほど難しいこともない。
「以上のようになります。大丈夫ですか?」
「はい……って、ティアさんにも迷惑がかかっちゃいますけど、いいんですか?」
「構いません。ここ数年の王国のやり方には疑問を持っていましたし、今回の勇者召喚からの諸々は特に酷いですから。国を捨てるにはちょうどいいです」
「国を捨てるって、気軽に言えることじゃないですよね」
「気軽には言えませんよ。私の家、貧乏ながらも貴族の末席に名を連ねてますからね。でも、これを機に他国へ逃げることにします。家族共々」
「はは……」
地方の、大して力がないとは言え、貴族が一家揃って国を捨てる。それがどういうことなのか、貴族の仕組みに疎い二人にはよくわからなかったが、大変なことだというのはわかる。
そして、そこまでしたくなるほど王国が腐っていると言うことも。
では行きましょうかと席を立ち、店の外へ。
「ちょっと事前の仕込みをしますので」と冒険者ギルドに立ち寄り、その後は商店の並ぶ通りへ。王国を脱出する以上、着の身着のままというわけにはいかないと、あれこれ買っていく。
「これ、貸しですからね。ちゃんとあとで返してもらいますよ」
利息が怖い。
一通り買い物を終えると、荷物をまとめて狐火の収納へしまう。
「微妙に便利な能力ですね……ちなみに狐火の洗浄とかないんですか?」
「無いみたいです……火ですから」
汚物は消毒だ、とは行かないのだ。
そんなやりとりをしながら城へ向かう。
門で一旦止められるが、ティアの「行方不明だったうちの二人が生還したわ。その報告よ」だけで通過する。
「城の警備って、ザルなのか?」
「ひとえに私の信用です」
「さいですか」
単独でダンジョンの八層まで行けるような実力者を無碍にすることは無いのだろう。
城内をずんずん進み、騎士団団長の執務室へ。
「団長、ティアです。ご報告が」
返事を待たずに入っていくという神経には少しヒヤヒヤする。
「相変わらずだな。返事くらい待ったらどうだ?」
「どうせ他に来客など来ないでしょうに」
「お前な……まあいい。報告というのはそっちの二人か?」
「ええ。一ヶ月前の行方不明者を保護しました」
「何?!」
ティアがかなり端折って報告する。
一層に罠と呼べるものがあり、かかった者をダンジョンの下へ落とすこと。この二人はたまたま落下に対応できるスキルがあったため生きているが、他は全員亡くなったこと。一ヶ月間、必死に生き延びてどうにか五層まで上がってきたところで、偶然ダンジョンから帰ろうとしていたティアが見つけ、連れてきたこと。汚れがあまりにも酷かったので洗浄魔法で洗ったが、とりあえず食事と風呂のあとは寝かせ、詳細は明日以降にすること。
微妙に嘘が混じっているが、全く気づかせること無く報告を終える。
「ではそういうことなので、二人に詳細を聞くのは明日以降でいいかしら?」
「ああ……と言ってもそれほど聞くことは無いか」
「そう。それじゃ失礼するわ。二人とも、まずはお風呂へ」
「は、はい……」
「では失礼します」
そしてそのまま風呂場へ歩いて行く。
「すぐに団長から宰相へ報告されるでしょう。上の方はそのままでも問題ないでしょうね」
「問題はAグループか」
「少し探りを入れておきます。まずはごゆっくり」
「あ、はい」
なお、一ヶ月ぶりと言うこともあってすっかり要領を忘れていた幹隆が、お湯で重くなった尻尾でひっくり返るのはお約束であった。




