勝負の時
「やっぱり無理ぃぃぃ!」
「止まれ!落ち着け!って、この流れ何回目だ?!」
歩き始めて五分もしないうちに巨大Gに追われて、逃げ回る二人。正確には逃げる一人を追う一人か。
「くっそ、こういうときだけ足が速い!」
火事場のなんとやらというヤツだろうが、明らかにステータスで上回る幹隆が引き離されていく。
その脚力には感心するが、ヘタに魔物にばったり遭遇したらどうなるかと気が気でない。
後ろから追ってきているGには狐火の火球でも当てれば爆散しそうだが、全力疾走中に出来ることではない。
「落ち着け茜!止まれって!」
「いやぁぁぁぁぁ!」
無駄に体力を消耗する二人だった。
「うう……気持ち悪い……」
「全力疾走したからな。体力使い果たしてんだよ」
「あう……」
二人とも体力を使い果たしてダウン。しかも場所は……
「ボス部屋の前。スタート位置か」
「ゴメンね……うう」
「いいって。気にするな」
寝転がったお腹を枕にした茜の頭をなでる。
「はう……ミキくんのお腹、柔らかくて気持ちいい~」
「まあ、いいけど」
「ついでにこっちも柔らか……って、痛い」
茜がペちんと叩かれた手をさする。
「どさくさに紛れてどこを触ろうと」
「胸……乳房……あえて言うならおっぱい!」
「茜のおっさん化が酷い」
「おっぱい!おっぱい!」
「こ、こら……茜」
寝転がった幹隆のお腹を枕にしながら手を出そうとしては、はたかれる。
手を出そうとする。はたかれる。
手を出そうとする。はたかれる。
「茜……休憩にならないぞ?」
「い、癒やしを……癒やしを求めて……」
「癒やしって……自分のを触れよ。お前のだって相当なもんだろ?」
「自分のなんてつまらないじゃない。へへ、よいではないか、よいではないかぁ」
「ああ……完全におっさんになってる。主に手つきが」
ため息をつきながら、頭をポンポンとしてやると少し落ち着いた。
「ふにゅ~そうされるの、好き~」
「そうか?」
「ミキくん、昔はよくそうやってくれたのに、最近ずっと何か素っ気なかったし」
「そうだっけ?」
「そうだよ?」
いや、いくら従兄弟同士でも高校生にもなって頭ポンポンはマズいって。
そう思いながら、案外叩き心地の良い(?)茜の頭をポンポンする。
「ふう~」
「俺、起きてるから、少し休め。な?」
「ありがと」
とりあえず茜がいきなり走り出すのを防ぐために、手を繋いで歩くことにした。
結果、デレた。
「んふふ~、ふふ~っ」
デレッデレである。
「えへへ~、むふ~」
最初は手を繋いでいただけなのだが、だんだん腕を組むようになり、今では完全に腕に抱きついている。正直歩きづらい。と言うか、この状態で火球を使ってG退治とか意外に面倒くさい。
「茜、スケルトンウォリアー」
「ハイ!」
シュピッと敬礼のポーズの後、オーガキングの剣を振りかざして一撃。剣の性能がいいのか、それともレベルとステータスのおかげなのか。
『ただいま、この階層での魔物討伐数が百体となりました。対象者は報償として経験値百六十万を獲得します』
「お、やったな」
「おお~」
道がわからずウロウロしながらチマチマと倒した甲斐があった。
川合茜
ハーフエルフ・斥候 レベル269 (31589/269000)
HP 3326/4046
MP 4425/4425
STR 53
INT 65
AGI 179
DEX 125
VIT 37
LUC 61
「さすがになかなかレベルが上がらなくなってきてるね」
「いや、もうかなり人外のレベルだと思うんだけど?」
「ミキくんには敵いませんってば」
村田幹隆
狐巫女 レベル173 (103/1730)
HP 1260/3260
MP 151/3260
STR 326
INT 326
AGI 326
DEX 326
VIT 326
LUC 326
「俺、人じゃないし」
「それを言ったら私もよ」
「ま、いいか」
お互いをよく知る者同士の他愛ないやりとり。
でもそれは、異世界に召喚されてダンジョンにたたき落とされたという非日常を逃れようとして求めたホンの少しの安らぎ。
二人の心を癒やす、大事なひととき。
と思っていた。
「だから走るなって!」
「やっぱり無理ぃぃぃぃぃ!」
いきなり真正面に現れると我慢できないらしい。
「やっと着いた」
結局両手で少し足りないくらいの回数走り回り、ようやく上への階段へたどり着いた。
階段すぐ横には、あの忌ま忌ましい魔法陣が相変わらず鈍い光を放っている。
「虫がぁ……虫……ウフフフフ……わあ……」
「茜~、戻って来いよ~」
目の前で手をヒラヒラしてみるが、顔にGが張り付いた事が数回あって、抜けた魂はしばらく戻りそうに無いようだ。
座らせて顔を拭ってやり、水を飲ませると、目が据わっていた。
「ミキくん」
「はい、何でしょうか」
「絶対ボスを倒して地上に戻るわ!もうこの階層には来ない!」
「OK、その意気だ。じゃ、ボス戦の前に休憩な」
「おう!ミキくん、気合い入れて休んで!」
「何だそりゃ」
休憩の後、ボス部屋まで登って中の様子を確認する。
「ゴブリンの群れだな」
「真ん中のはゴブリンキング?」
「あれは……ゴブリンシャーマンとか言う奴か?」
「ゴブリンアーチャーにホブゴブリンもいるね」
「あのでかいのは何だろうな?チャンピオンとかジェネラルとかか?」
「ゴブリンオールスターズね」
「……」
「……」
触れたくない事実があるが、触れねばなるまい。
「オールスターズはいいんだ!ある意味総集編かも知れないからな!」
「ミキくん、ダメ!」
「いいや茜、ここははっきりと言っておくべきだと思う」
「ダメよ!それだけは!」
「いいや、言う」
「放送出来なくなるわよ!」
構うものか。
「なんでゴブリンが全裸なんだよ?!」
「あうぅぅ……見なかったことにしようとしてたのに……」
少なくとも今までに見たゴブリンは粗末ながらも服っぽく布を身につけていたのに、ここにいるゴブリンは何も身につけていない。
そしてもう一つ……幹隆は必死に記憶を辿る。
ゴブリンの身長は一メートルを少し上回る程度で、小学校低学年程度の体格である。
(……覚えている限りだから正確なことは言えないが……確実に……俺のよりでかい、だと……?!)
食品用ラップフィルムの筒のようなサイズ……
幹隆が密かに衝撃を受けている様子を見て、茜は幹隆が戦慄を覚えつつも、気合いを入れようとしているのだと勝手に勘違いしていた。
つくづく男とはバカな生き物である。
ざっと見たところ、ゴブリンが三十、ホブゴブリンが十、シャーマンとアーチャーが五、他の上位種はキングを除き二~三。
数は多いが、ゴブリン・ホブゴブリンは雑魚。今の二人なら瞬殺出来るだろう。
だが、上位種はそれ単独でオーガ以上の戦闘力がある。
しかもキングがいる限り、いくらでも再召喚される。闇雲に戦ったら永久にゴブリンがわき続ける可能性もあるので、綿密な作戦が必要だ。
少し階段を下りて準備をする。
「ほい、スケルトンウォリアーの剣」
「十本……よく拾ったわね」
「これで上位種が牽制できると思う」
「剣を弓で撃つって発想がそもそもおかしいって自覚ある?」
「あるぞ。だが……これはロマンだ」
「ロマン?」
「想像してみろ。幹部のくせに小物な悪役が捨て台詞と共に逃げ出す。その背中に剣を投げて突き刺して倒す主人公」
「お、ちょっとカッコいいかも」
「な?ラスボスの二個か三個前の戦闘結末シーンっぽいだろ?つまり、剣を投げるのは王道なんだ」
幹隆が茜の肩に両手を置く。
「その王道の先、弓で剣を射る。新しいと思わないか?!」
「ゴクリ……これってつまり……」
「茜は新たな王道の開拓者だぞ!自信持て!」
「うん!」
茜も案外チョロい。
スケルトンウォリアーから回収した剣はボロボロで刃が欠けていて切れ味なんて皆無に等しいが、弓で撃ち出せばミノタウロスすら貫くだろう。牽制に使うには十分すぎる威力。茜の活躍に期待したい。
「茜、今後の展開……ざまあに一票だって」
「ああ、あれね。三村と大竹のお笑いコンビ」
「それ、さまぁ~ず」
「糸井重里」
「それ、マザー」
「神奈川県中部にある」
「それ、座間市」
「アンデス地方に生息するラクダ科の」
「それラマ」
「……」
「わかりづらいボケは止めよう、な?」




