転移先
「「え?」」
二人の声がハモる。
何でここに?
どういうこと?
そんなことを考え始めると同時に二人の体は落下し始める。
「ええええええ!」
「なんでー-?!」
最初に下に落とされたのと全く同じように見える縦穴。
前回との違いは最初から幹隆が正気だというくらいか。
「クソッ……茜、手を」
「うん!」
魔法陣に乗ったときから繋いだままだった手を強く握り、抱き寄せる。
「大丈夫……」
「うん!ミキくん!」
「ん?」
「信じてる!」
ぎゅっとしがみついてくるのをしっかりと抱きしめると、少しだけ下に視線を向ける。あと少し、もう少し……
「狐火の浮遊!」
「で、またここか……」
「はう……なんでなのよお」
「茜」
「ん?」
「ちょっと、頼む。少し休む」
「うん……わかった。大丈夫?」
「何とか」
落下の衝撃は狐火の浮遊で軽減したが、それでもかなりのダメージ。狐火の癒やしを連続使用して痛みは引いたが、全身がだるいので、少し休みたい。
それにしても……ここはあの穴だよな。どうしてまたここに?
二時間程で幹隆は目を覚ました。
「可能性なんだが」
「うん」
「帰還用魔法陣って、階層ボスを倒したから使えるんだよな?」
「そうだね……あ」
「そう、俺たちはイレギュラーで階層ボスを倒さずに帰還用魔法陣を使っちまった」
「使用条件を満たしていないと、トラップになるって事?」
「可能性は高いというか、それくらいしか考えられない」
「そっかぁ」
「だが、そうなると……」
この階層から登って階層ボスを倒す。そしてさらに進んで、あの階段を上って階層ボス――今のところ正体不明――を倒す。そして階段を下りてきて魔法陣使用。
なかなか面倒だが、なんとか頑張ってみよう。
お互いの考えていることは一致していたので、改めて地上への帰還を目指す。
「まずはあの高さまで……ん?待てよ?」
「どしたの?」
「茜……今、ステータスはどうなってる?」
「えっと……」
川合茜
ハーフエルフ・盗賊 レベル188 (166322/188000)
HP 726/2728
MP 2891/2891
STR 36
INT 43
AGI 113
DEX 80
VIT 27
LUC 39
「あれ?」
「どうした?」
「盗賊のところ、なんか光ってる……何だろ」
茜がステータスウィンドウの文字に触れる。
「あ」
「どした?」
川合茜
ハーフエルフ・斥候 レベル188 (166322/188000)
HP 726/2763
MP 2891/3098
STR 36
INT 43
AGI 115
DEX 112
VIT 27
LUC 39
スキル
言語理解(大陸)
追跡
射撃向上
登攀
罠感知
罠解除
「何か、才能が盗賊から斥候に変わった」
「そうか」
今後のためにも詳細を確認し合う。
「いきなり壁が登れるようになったのは、登攀スキルか」
「ステータスに出る前から使えたって事?」
「おそらくな。このステータスの表示、スキルに関しては表示されて無くても使えるとか、そう言うのがあるのかもな」
「そっか」
「で、思ったんだけど」
「ん?」
「この壁、茜なら普通に登れるんじゃ無いか?」
「あ」
この壁、滑らかではあるが、デコボコが全くないわけではない。いけそうだ。
「やってみる」
「おう」
ふう、と大きく息を吐き、壁を見上げるとぼんやりと壁のあちこちが光って見える。一番近くのそれに触れると、確かな手応え。これなら指をかけて体を持ち上げられそうだ。グッと力を込め、さらにその上に手を伸ばす。届いたら次へ、また次へ。スッスッとためらうこと無く手足が動き、あっという間に登っていく。
「俺が言うのも何だけどさ」
「うん?」
「何かすげーよ」
「あはは」
途中で止まってこちらを振り返る余裕もあるのか。
幹隆の目には滑らかで、手をかけるところが見当たらない壁。そこをすいすいと登っているのはちょっと現実味がない。
「完全にス○イダーマンの壁登りだな」
「んー?なんか言った?」
「いーや、何にも」
確か、伯父さんがブルーレイで全作持っていたはず。元の世界に戻れたら一気見するかな。あまりアメコミ系の映画は観たことが無いけど、一緒に観るのも楽しいだろう。多分伯父さん、喜ぶだろうな。
「よーし、じゃあ荷物を……あ」
「あ」
さっきと逆の要領で茜が降りてきた。
「はい、ロープ」
「うん」
さすがに手ぶらで登ってしまっては意味が無かった。やっちまった感がすごい。
「も、もう一回登るね」
「うん……」
改めて登り、荷物を上げ、幹隆が狐火の浮遊を使ってジャンプして上に。穴の外をチラ見して、最初の場所と同じらしいと確認して改めて階層攻略に。
「上へのルートは何となく覚えてるから大丈夫かな」
「また階層ボスかぁ」
「ま、茜がレベル上がってるし、大丈夫だと思う」
「さ、行くぞ」
「うん!」
穴を出て歩き始める。
「うん、見た感じ、最初に落ちたところと同じだな」
「んー、結構距離があったよね」
「そうなんだよな……何か来た」
「うん……って……アレ?」
「スケルトンウォリアー……じゃない?なんか立派な鎧を着てる?」
「け……剣もなんか立派だよ?!」
「クッ」
一気に近づいてきたそれの振り下ろす剣を盾で受け止める。
「ちょっと強いかも!」
「頭低くして!」
「おう」
首をすぼめたところを茜が剣で斬りつける。ちょうど首の骨に当たって頭が飛び、少し遅れて体がガラガラと崩れた。
「ふう……今のは……」
落ちている魔石を確認。スケルトンナイト?
「レアモンスターとかそう言うの?」
「それなら……って、違う、さらに来た!」
「えっと……」
「一時撤退。穴に戻るぞ!」
なんとか穴に戻り、改めて状況整理。
「スケルトンナイトについて」
「講義では言ってなかった……と思う」
「と言うことは」
「私たち、さらに下に来ちゃったって事?」
「あり得るな。もしかしたらだけど、トラップが発動するたびに下へ下へと進んでいく可能性がある」
「だとしたら最悪」
「ああ」
二人でしばらく脱力する。
「でもさ」
「ん?」
「行くしか無いんだよね?」
「そうだ」
「ミキくん、行こう……ほら、立てる?」
「え?あ、ああ、大丈夫。問題ないよ」
「がんばろ?ね?」
「ああ、頑張ろう!」
茜が頑張ろうとしているんだ、俺が頑張らなくてどうすると幹隆は自身を奮い立たせる。
互いに励まし合い、改めて穴から出る。悩んだって始まらない。進むしか無いのだから。
「さて、どうしようかしら」
狭い、と言っても一般的な平民の部屋に比べるとかなり上等な自室でティアは一人呟いた。
いきなり与えられた一週間の休み。実家までの最速の手段――数回前に召喚された勇者候補が開発した鉄道という交通手段――を使えば片道二日なのでなんとかいけるかとも考えたのだが、ちょうど王都を出たばかりで次に出るのが四日後だったので諦めた。とりあえず一日目は、街へ出掛けて買い物をしていた。
侍従の仕事はそれほど忙しい物ではない。王城は広いし、仕事も多いのだが、侍従の人数が多いので、普段なら三日おきに休みがもらえたりしていた。しかし、勇者候補が大量に召喚された影響でずっと休みが無かったから、色々と身の回りの物が足りなくなりつつあったのでこの休みは助かる。
が、特にアレコレ必要になるような生活をしていないティアは、一日あればだいたい買い物も済んでしまう。このままでは六日間、暇を持て余すことになってしまう。
「んー、そうだ。あそこに行ってみようかな」
勇者候補が来るまでは休みのたびに行っていた場所。
今は行きづらさを感じる場所でもあるが、何となく行っておいた方がいい。
「よし」
そうと決まれば、早速準備だ。クローゼットの奥にしまった箱を取り出し、中身をチェック。最後に使ったのは三ヶ月前かな。少し手入れをしておこう。




