帰還用魔法陣
「はあっ、はあっ」
「な、なんか……っ」
「すごい……まぐれ……ははっ」
左手の法則も結局ジャイアントスパイダーから大量Gのコンボで崩れ、半狂乱で走り回る茜になんとか追いついたところにあったのは……
「上への階段……そして」
「階段下にある……」
疲れ切っていたがハイタッチ。
「「帰還用魔法陣!」」
そのまま少し手を取り合って小躍り。
階段下の安全地帯のおかげで魔物が寄ってくることもない。
「やっと着いたね!」
「ああ、長かった!だけど、着いた!」
そのままゴロンと並んで大の字に。
「ふぅ……」
「はぅ……」
帰還用魔法陣は、正確に言うと地上に出るわけでは無く、一層のどこかに出るらしい。どこか、と言っても出る場所は決まっているのだが、一層のマップなんて頭に入っていないから、どこかだ。
「一応レベルも上がって、ステータスも十分だけど、一層に出ていきなり戦闘とか無理だから、休んでから行こう」
「そだね。さすがにヘトヘト……」
そして安全地帯だからと言うことで、そのまま目を閉じる。つかの間の休息、だけどあと少しの辛抱だ。
「はあっ、はあっ……よし、倒したぜ!」
「はあ……稲垣……おい、聞いているか?」
「……っんだよ?」
「さっきのは何だ?」
「ああ?」
「とぼけるな!貴様が邪魔だと蹴ったホブゴブリンがどこに行ったのかわかっているのか?!」
「はあ?ホブゴブリンくらいでどうこうなるなんて「おい、稲垣!」
「……何だよ?!」
「大概のことは目をつぶってきたが、さすがに今回のはダメだ。お前はホブゴブリン相手でも平気だろうが、米山は戦闘職じゃないんだぞ?」
頭に血が上った塚本に代わり、鈴木が冷静に問題行動を指摘するが……
「知るかよ」
「貴様っ!!」
さすがにこれには塚本が切れ、武器を振りかざす。
「くっ」
稲垣も剣を抜き、対峙する。ガキン!と言う音と共に、槍と剣がぶつかり合う。
「稲垣、さすがに仲間のことを考えない行動はダメだ。俺も擁護できない」
「はあ?仲間?誰が?」
ダメだこいつ……
「貴様!その発言、撤回しろ!」
「何でだよ?俺、何か悪いのか?」
階層ボス部屋に剣と槍がぶつかり合う音が響き渡る。
「仕方ない……米山」
「塚本だけ、バフを」
「う、うん……」
言われるまま、米山が杖を掲げ、聖句を唱えると、塚本だけぼんやりと光に包まれる。
聖者の魔法――正確には神の奇跡と言うらしいが――祝福の御手はSTR、AGI、DEXと言った、武器戦闘に関わるステータスを一時的に向上させる事が出来る。
祝福無しではほぼ互角の二人だが、一方にだけ祝福がかかるとどうなるか。
「ハッ!」
塚本が槍で剣を跳ね上げ、無防備となった腹に蹴りを入れる。
「ぐはっ」
祝福によるステータスの上昇はおよそ十%
それぞれのステータスで見ると一しか違わないが、ほんのわずかに速く、ほんのわずかに正確で、ほんのわずかに強い力は均衡を破るには充分な差だった。
「ふっ!」
バランスを崩した足下を槍で打ち払い、倒れたところに穂先を突き立てる。さすがに突き刺しはしないが、顔のすぐ右、耳をかすめるほどの位置。
「そこまでだ!」
付き添いできていた騎士たちが割って入る。
入るのが遅いだろ、と鈴木は毒づく。騎士たちが二人に何か説教を始めたようだが、塚本にしてみれば筋違いだろうに。
「なんか疲れた……」
鈴木はがっくりと項垂れ、壁にもたれかかるようにして座り込む。この階層ボス、ゴブリンリーダーと戦うのは何回目だろう?四回目?五回目か。異世界に来てからの言動がおかしい稲垣だが、階層ボスに挑み始めてからさらにおかしくなった。なんとかフォローをしていたのだが、今回とうとう後衛の、しかも支援職の米山に向けてホブゴブリンを蹴り飛ばしたのだ。すんでの所で塚本が気付いて対処出来たからいいようなものの、もし間に合わなかったらと思うとぞっとする。
稲垣健太
剣聖 レベル4 (2678/4000)
HP 202/262
MP 86/86
STR 17
INT 5
AGI 14
DEX 12
VIT 9
LUC 5
稲垣の言動がおかしい理由は何となくわかっている。レベルが上がっていないのだ。五階層までの魔物で入る経験値はこの階層ボスでも二百程。六階層よりも深いところへ行かなければ経験値的においしくないダンジョンになりつつある。そのため、稲垣は何としても短時間でボスを攻略し、少しでも先へ行こうと気が急いていて周りが見えなくなっている。それで後衛職に敵をなすりつけるなんて本末転倒もいいところだが。
「はあ……どうすりゃいいんだ」
「あの、鈴木くん……あまり思い詰めないで。その……私もほら、防御魔法とか使えばホブゴブリンの攻撃くらいなら耐えられるから」
「ああ、うん。大丈夫。大丈夫だから」
米山はニコッと微笑むと怒鳴り散らしている騎士たちを宥めに行った。
(癒やされる……守りたい、あの笑顔)
だが、今日は少しだが時間に余裕がある。なんとか騎士を口八丁で言い負かせば、六層を少し回れるだろう。それで稲垣が少しでも大人しく……ならないだろうな。
また今日も部屋の椅子とかテーブルが壊されて、侍従に小言を言われるのかと思うと気が重いが……『我々の業界ではご褒美です』を合い言葉に立ち上がると、米山の援護に向かうことにした。
「さてと」
「いよいよね」
ゆっくり休んで疲れも取れたところで、魔法陣の前に立つ二人。
「やっと……やっと地上に」
「お風呂……」
「メシ……」
「柔らかいベッド……」
二人は顔を見合わせる。
「「何よりも、ちゃんとしたトイレ!」」
もうすっかり、お互いに恥ずかしい事なんて無いと言うくらいになってしまっている。何となく盾で隠し、何となく視線を逸らし、何となく耳を塞ぐ。幹隆は元男として、ある意味開き直って堂々としようとしていたが、さすがに元の世界でも女の子の茜にはそろそろ限界だろう。
「よし、乗るぞ」
「うん」
どちらからとも無く手を繋ぎ、魔法陣の上に乗る。
待つ。
待つ。
待つ。
「あれ?」
「転移しない……ね?」
念のため魔法陣から降りて、よく観察する。
大きな円形によくわからない文字や模様が描かれた、いかにもなそれは間違いなく魔法陣のハズだ。あまり真面目に講義を聴いていなかったし、後ろの方の席だったからよく見えなかったが、「これが帰還用魔法陣」と見せられた物によく似ている。
「うーん」
「どうしようか」
困った。
「よし、そろそろ帰るぞ。時間だ」
「……」
「返事は?」
「……チッ、わかったよ」
六層を少し回った程度ではレベルなんて上がるはずも無く、逆に要注意人物と認定されたために、予定よりもやや早めに切り上げることになり、帰還用魔法陣へ戻る。
「ほら、さっさと乗るんだ」
「わーったよ、うるせーな。押すなよ、乗るってば」
文句を言いながらも魔法陣に乗る稲垣。既に他のメンバーは魔法陣に乗っている。
「じゃ、行くぞ」
鈴木が短く告げ、魔法陣に魔力を流し込むと、ぼんやりと光り出し、その光が全員を包み込み、光と共に乗っていた四人の姿が消える。
「やれやれ、アイツらにも困ったもんだな」
「才能は間違いないんだが、性格に難ありだな」
そうぼやきながら、騎士たちも魔方陣を使い、帰還した。
「ミキくん、もしかして」
「ん?」
「魔法陣って、魔力で動くんじゃないの?」
「あ、そう言うことか」
ただ乗っただけではダメ、と。
「よし、もう一度」
「うん」
魔法陣に乗る二人。
「では……」
「行きましょ」
「……」
「……」
「……」
「ミキくん?」
「茜……魔力ってどうやれば魔法陣に流せるんだ?」
「私も同じ事考えてた」
少し考える。
もう少し考える。
さらに考える。
結論:よくわからん。
「さて、どうしようか」
「あのさ」
「うん?」
「狐火!狐火って魔力になるんじゃないの?」
「あ」
では改めて。
「行くぞ」
「うん」
幹隆が狐火を一つ操作して、魔法陣に振れさせると、スッと吸い込まれていった。
「お」
「いい感じかも?」
やがて、ぼんやりと魔法陣全体が光り出し、二人の姿が消えた。
ストックゼロになりました。
評価を押してもらえると、明日の更新に向けて頑張れると思います。




