新たな階層の探索
「無理無理無理ぃーっ!!」
「待て!茜!待てってば!」
全力で走る茜を必死に追いかける。
逃げ出したくなる気持ちはわかるよ、うん。
でもね、ダンジョンを闇雲に走る方が危険だよと言いたい。声を大にして言いたい。
「うひゃう!」
なんとか追いついて茜に飛びついて、強引に止める。
「はあ……はあ……頼むから、落ち着いてくれって」
「でもでもぉ、クモだよ、クモ!足が八本もあるんだよ!」
「それはそうだけど、一人で逃げ回る方が危険だって」
「うう……」
ボス部屋から出てすぐに遭遇したのはスケルトンウォリアーとケイブベア。すっかりおなじみだったので油断していた。階層が違えばモンスターの配置も違うということをすっかり忘れていた。
結果、いきなり上からジャイアントスパイダーに襲われ、茜がパニックを起こしたのだ。
「これからは上も気をつけるから。大丈夫、茜は俺が守る」
「うん……お願いね」
そして困ったことに走り回ったせいで右手の法則が崩れ、現在地がわからなくなった。
「少し休もう」
「うん」
ボス部屋から出たところ、つまり普通に来た場合のボス部屋手前が安全地帯になっているかと思ったら、普通に魔物に襲われたので、この階層でゆっくり休める場所が無い。交替で見張りながら休むか、無理を承知で休み無しで突破していくかの二択。どちらにするかも考えなければならない。
階層ボスを倒したと行っても、運が良かったというレベルで、二人ともダンジョン初心者であることに変わりないのだ。
「落ち着いていこう、な?」
「うん」
声を掛け合い、肉を少しかじり、水を飲む。落ち着いて行動すれば、今の二人のステータスならここの魔物に後れを取るなんて事は無いのだから。
「きゃあああああ!」
「うひぃぃぃぃぃ!」
全力で駆けていく。
「ミキくん!早くやっつけて!やっつけてよお!」
「いくらなんでもアレは、生理的に無理!」
二人の後を追うのは体長二メートル程で、長い触覚を持ち、黒光りする昆虫……Gだ。しかも数えるのを拒否したくなる数で。
「はあ……」
すっかり片付いた室内を見渡し、周囲に誰もいないことも確認すると、ティアは一つため息をついた。二人の生還の可能性はなくなったとして片付けを命じられたのだが、他の連中と違って物を散らかすと言うことの無かった二人だったため、片付けと言うよりも掃除だった。
あの二人、何かと手のかかる印象はあったが、迷惑をかけるような人物では無かった。改めてこの状況になってよく考えればわかるのだが、彼らの元いた世界には魔物はおらず、魔法もない。文明を持って生活しているのも人間だけで、亜人や獣人はいない。それが、こちらに召喚されたときに種族が変わり、一人は性別まで変わった。だから色々と生活する上で不慣れで、小さな失敗が続いていた。
それだけだ。それどころか、二人ともティアに対して礼儀正しく接していて、何となく好感が持てる人物だった。
それがダンジョンで行方不明になり、生存は絶望となった。
何となくだが、今回の異世界からの召喚も失敗に終わりそうな気がする。根拠はないが、直感で。
騎士の連中が「一番優秀だ」と言っているAグループは見込みがありそうに見えるが、半数近くが性格に難あり、Cグループに至っては待遇の悪さもあって、ほとんどやる気が見られない。この部屋にいた二人はそこそこ頑張っていたようだが、帰ってこなかった。
ドアに鍵をかけ、廊下を歩きながら考える。
今回召喚された勇者候補は百人以上いたが、既に二十人以上が死んでいる。ティアの立場では詳細が確認出来ないが、偉い人たちは半年程度の訓練後に魔王軍へ挑もうとしているらしい。果たしてそれまでに何人生き残っているだろうか。
そしてそもそも、勝てるのだろうか。
控え室に入り、鍵をしまい、侍従長へ部屋を片付けた旨を報告すると、一週間程の休みをもらえることになった。休みになるのは嬉しいが、どうしようか。一週間程度では実家に帰る程の余裕もないし、かといって何か趣味があるわけでも無し。うーん。
「ミキくん、そろそろ起きて」
「ふあっ……ああ、おはよ」
「ん、おはよ」
見張りを交代しながらの休憩を終え、肉をかじり水を飲むと歩き始める。
「虫系が出るから左手の法則で」
「うん!」
あの後、偶然にもボス部屋前に戻ることが出来たので、今度は左手で壁を辿りながら進むことにした。
現在この階層で遭遇した魔物は、スケルトンウォリアー、ケイブベア、ジャイアントスパイダー、キラービートル、そして巨大Gとジャイアントセンチピード――巨大ムカデ――である。
生理的に受け付けたくないようなのが揃っているのは精神的にきつい。早いとこ抜け出したいと願うのみだ。
「はあ……はあ……倒し……たぞ……」
巨大Gの群れをなんとか倒し、肩で息をしながら壁際で震えている茜の元へ向かう。今回は逃げようとしたが袋小路に追い込まれたので仕方なく戦ったのだが、茜は完全に戦意喪失状態だ。
「ああああ……あり……がとね……みみみみ……ミキくん」
「こいつら、数は多いけど、強さはたいしたことなくて助かったよ」
地球で見ていたようなGのしぶとさをそのまま巨大にしていたらどうなっていたことか。
「ミキくん……その……言いにくいんだけど……」
「何だ?」
「……くさい」
「知ってた」
返り血ならぬ返り体液を躱しきれず、とてもくさい。嗅覚が鋭くなっていることもあって、かなりきつい。
「近くに水が湧いてたよな。そこまで行こう……それまでは我慢してくれ」
「うん」
小さな湧き水のそばで体を洗うことにする。
髪を洗い、手足を洗い……そこで固まった。
「においの主な原因が、服についた体液なんだが」
「洗う……しか?」
「着替えがない」
「……困ったね」
我慢すればいいかとも思ったが、このにおいで他の魔物を誘引してしまうと厄介なので洗うことにした。出来るだけ汚れたところだけを洗うようにしたのだが、結果的にはほぼ全部洗うことになってしまい……
「乾くまでこれ、か……」
「わ、私以外には誰も見てないから……」
棍に着ていた服を物干し竿の要領で引っかけて、下着だけ着た上に革鎧(胸あて、腕、脛当てのみ)という、とても人に見せられない格好が出来上がった。
「俺さ、日本に帰ったら」
「うん」
「ビキニアーマー撤廃運動しようと思う」
「が、頑張ってね」
幸い、乾くまでの間に魔物に襲われることは無かった。
「ああっ!クソがっ!」
荒れる稲垣を前に、本日何度目かのため息をつく鈴木。荒れている原因は今日のダンジョン遠征。
「普通、五層の階層ボス倒して帰還用魔法陣で戻ったんなら、次に行ったときは六層からじゃねえの?!」
そう、レクサムダンジョンは地上へ帰るための魔法陣は設置されているが、降りていくための魔法陣がないので、「では続きから」とならないとても面倒くさいダンジョンだ。そのために、今日もまた一層から開始となり、五層のボス、ゴブリンリーダーを倒したところで時間切れとなって帰還となった。
稲垣健太
剣聖 レベル5 (12/5000)
HP 287/295
MP 101/101
STR 17
INT 5
AGI 15
DEX 12
VIT 9
LUC 5
鈴木裕樹
賢者 レベル4 (105/4000)
HP 140/144
MP 120/320
STR 8
INT 21
AGI 8
DEX 14
VIT 4
LUC 7
「ま、それでも前回より早く倒しているからな。あと二、三回もやれば六層を回れる時間も作れるんじゃ無いか?」
なんて言ってみたらまた一暴れしそうなので言わない。
それに、廊下を荒々しく歩いてくる足音も聞こえてきたし。
バタン!
「うるさいぞ!」
「だって「黙れ!」
ゴスッ!ドンッ!バキッ!
バタン!
頭を掴んでみぞおちに膝蹴り、首投げ、顔面踏みつけの華麗な三コンボを決めて去って行った。
塚本幸子
槍聖 レベル4 (1468/4000)
HP 241/253
MP 140/140
STR 17
INT 7
AGI 12
DEX 13
VIT 7
LUC 5
絶対に槍を使う職業じゃ無くて、格闘家とかそう言うのではないかと最近疑い始めている。
「おーい……って、ダメだな、完全に気絶してる」
頼むから、痛めつけられるのが快感とか言い出さないでくれよ?
床であらぬ方向へ手足を投げ出している稲垣に毛布を掛けると明かりを消してベッドに入った。全く、気苦労が多い。




