狐火とは
「クソッ!まだ追ってくる!」
幹隆と茜は現在全力疾走中。理由は簡単。そのすぐ後ろに半透明の魔物が追いかけてきているからだ。
ゴーストと呼ばれるそれは、アンデッド系の魔物の中では比較的低位の魔物であるが、厄介なことに物理的な攻撃を一切受け付けないという特徴を持つ。幹隆も茜も武器を振り回すタイプなので、どうにも対処が出来ず、逃げているのだが、なかなか移動速度が速く、振り切ることが出来ない。
せめて、騎士の剣が何らかの魔法的強化を施されたものであればゴーストにもダメージを与えられるのだが、ただの立派な剣なのでどうにもならない。
「……そうだ!」
「何?ミキくん?!」
狐火の矢 狐火二個消費
熟練度 0
狐火二つを一つにまとめて魔力の矢として撃ち出す。
熟練度が上昇することで、威力が向上する。
「これ、魔力の矢と言うことは、ゴーストにも効くはず!」
ズサーッとブレーキを掛けながら体の向きを反転し、ゴーストに向けて手をかざす。
「狐火の矢!」
幹隆の周囲を漂っていた日が二つ螺旋の軌道で絡まり合い、一本の矢の形となり……
「やっぱりぃぃ!」
ゆるゆるへろへろと進むだけ。そして、ゴーストはその矢を驚異と感じず――この見た目ではそう言う判断をするだろう――にそのまま突っ込んできた。
「ダメか……」
諦めかけた瞬間、
「ギャアアアアゥゥゥ……ァァァアア!」
触れた瞬間、矢が光の粒となってはじけ、同時にゴーストがのたうち回りながら逃げていった。
「た、倒せなかったけど……逃げていったな」
「はあ……よかった」
王都レクサムのダンジョンは十層を超えたところから難易度が跳ね上がる。一番厄介なのは魔物の分布が大きく変わることだ。
この世界にある普通のダンジョンは階層ごとに出る魔物は一定している。つまり、ある階層にスケルトンウォリアーが出るとすると、その階層のどこにでもスケルトンウォリアーは出現する。だが、ここのダンジョンは十層を超えたところから、魔物の出現範囲が決まり、予想もしなかった魔物に遭遇することがあるという。例えば、スケルトンウォリアーはダンジョンの北西部にしか出現せず、北東部にはゴーストが、南東部には……と言ったように特定の領域にしか現れないというもので、幹隆達はゴーストが現れるとは思ってもいなかったのだ。
「……矢、特に威力が上がったようには見えなかったよな?」
「うん」
「なんであんなに悲鳴上げて逃げていったんだろ?」
「……あ、もしかして」
「ん?」
「属性、属性だよ!」
「属性か……って、どう見ても火だよね?」
「実は聖属性とか?」
「ああ……そういう……」
アンデッド系には聖属性というのは定番の組み合わせだ。そしてもしも、この矢が聖属性なら威力は小さくても効果てきめんだろう。
「……と言うことはもしかして?」
「え?」
幹隆がスッと立ち上がり、通路を見据える。その方向から現れたのは一体のスケルトンウォリアー。
「狐火の矢!」
矢が生成され、へろへろと進み始める。同時にスケルトンウォリアーもこちらに向けて歩みを早める。
そして、スケルトンウォリアーと矢がすれ違う。
「骨の間を抜けていったよ!」
「ダメなパターンだった!」
期待させやがって、と棍を振り下ろすと、衝撃でスケルトンウォリアーが数歩下がり、肩甲骨に矢羽根の部分が当たり、矢がはじける。すると、はじけた光が当たった箇所からボロボロと崩れていき、粉々の骨と魔石を残してスケルトンウォリアーは倒れた。
「「……」」
二人少し見つめ合う。
「想像以上の威力だった!」
「もっと早く気付いておけば!」
魔石を拾い上げて、しばし地団駄を踏む。最初に出会った時、スケルトンウォリアーは恐ろしく強くて、ギリギリの戦いを強いられる強敵だった。狐火の矢を使うという発想をしていればもう少し楽だっただろうか。いや、一発撃つのにMP十消費は結構コスパが悪いか。
「なんだかわからないが、意外に使えるかも知れないというのはわかった」
「うん」
「……だけど、なんかすごく疲れたから休もう」
「賛成」
穴に向けて歩きながら思う。矢でこの威力だということは……
狐火の火球 狐火五個消費
熟練度 0
狐火五つを一つにまとめて、火の玉として撃ち出す。
命中すると爆発する。
熟練度が上昇することで、威力が向上する。
こっちも期待していいんだよな?
穴に戻り、改めてこの階層の魔物について考える。
「スケルトンウォリアーとケイブベアがこの穴の周囲にいた」
「そして離れた位置にゴースト」
「反対側とかさらに違う方向とか……色々考えるべきことが増えたな」
「せめてこの剣とか、ミキくんの棍が魔力の通った武器だったらよかったんだけどね」
「まあ、言っても仕方ないけどな」
「教会にお布施をすると聖水がもらえて、それを振りかけると乾くまでの間は聖属性武器になるんだっけ?」
「言ってたな、そう言えば……」
「でも、聖水なんて持ってないよね?」
……無いぞ。聖水なんてどこにもないぞ?
「ミキくんの狐火になんか無い?いろいろ出来るっぽいし」
「見てみるか……」
狐火魔法を広げてみる。
右側にスクロールバーっぽいのがあって、しかもかなりたくさんあるように見えるんだが……探しきれるのか?
狐火の収納 狐火二百個消費
熟練度 0
無限の広さを持つ収納庫を作り出す。
大きさも重さも制限がなく、中に入れた物は時間が止まる。
「……」
「なんかすごいのがあったね」
「今のところ使い道はないな」
狐火の転移 狐火百個消費
熟練度 0
狐火を設置した場所へ瞬間移動する。
半径五メートル以内にいる狐火の影響下にある者も一緒に転移可能。
「設置方法についての説明がないな」
「意外に不親切ね」
狐火の纏 狐火十個消費
熟練度 0
狐火を身に纏う。
防御力、攻撃力が向上する。熟練度が高いほど大きく向上する。
「これなんかどうだろう?」
「あーそれっぽいね」
試すのは一度休憩してから、とした。
休憩の後、穴から出てすぐに遭遇したケイブベアで試すことに。
「いくぞ……狐火の纏!」
狐火が螺旋を描き、幹隆の体に吸い込まれる。そして……
「ミキくんすごい!超サ○ヤ人だよ!!」
「そうだな……」
全身を炎に包まれたような姿になり、手にした棍も炎に包まれている。そして、わずかだが体が軽く動き、棍の一撃がずいぶん強くなったような気がする。実際、ケイブベアを倒すのも簡単になったように感じる。
「これならゴーストもいけそうだな」
「そうだね」
「でもさ……」
「ん?」
「茜しかいないからいいけど、すっげー恥ずかしい!」
「あははは」
その後ゴーストに遭遇したあたりまで進み、戦ってみた結果……
「多分だが、狐火の影響下とかと同じで、効果は一時間かな?」
「そして、ゴーストにも有効だった」
「だが、使ったあとの疲労感がハンパない」
炎が消えたと同時に幹隆は立っていられなくなり、崩れ落ちた。なんとか茜が穴まで無事に運べたからいいようなものの、これがもしももっと強い魔物相手だったらと想像するとぞっとする。
「早めに欠点に気付けただけ良し、としよう」
「そうだね」
「ある意味、ここぞと言う時に使う必殺技みたいなもんだな」
「ゴースト対策はまた改めて考えないとね」
「そうだな」
最悪、ゴーストは狐火の矢でもいいだろう。
「それより問題は」
「今のところ上に進めそうなところが見つからない事ね」
「まだ行ってない通路がたくさんあるからな……」
迷わないようにいわゆる右手の法則で進んでいるのだが、そろそろ他の方法を考えないと心身共にきつい。
「ねえ、ミキくん」
「何だ?」
「私たち、死んだって思われてるかな……」
「多分な」
時間の感覚が全くわからないが、食事や睡眠の回数的に十日以上経っているはずだ。ダンジョンで十日も音沙汰無しなんて、普通に考えたら生きているとは思わないだろう。
「でも、俺たちは生きてる」
「うん」
「絶対に外に出てやる」
「うん!」
今はそれだけだ。




