狐火
「茜、これ!」
「ん?え……嘘……」
辺りを警戒しながら歩いている途中で幹隆が見つけたもの……
「水!」
「おう!」
ダンジョンの壁から水が湧き出し、小さな流れを作っている。流れはすぐに地面の穴に吸い込まれてしまっているが、ここに水がある、と言うことが大事なのだ。
「飲めるかどうか確認する」
最悪、狐火の癒やしを連続使用することを想定しながら幹隆がそっと水を手で掬い、口元へ。
コクリ……
「ん!」
「ミキくん?!」
「んんん!!」
「だ、大丈夫?!は、吐き出して!」
慌てて茜が幹隆の背中を叩き、吐き出させようとする。
「!!!!――うまい!」
「感激してたんかーい!」
ペチッと茜が幹隆を小突く。
「大丈夫。飲めるよ」
「うん」
茜も手で掬い一口。
「はあ……」
「だ、大丈夫か?」
「染みわたるぅ」
「茜?」
「生きてて良かったぁ~はぅぅ~」
「茜、帰ってこい!茜!!!」
水でトリップとか安上がりにも程がある。
「はあっ、はあっ……さすがに……疲れた……」
「お疲れ様……」
穴に戻り盾でフタをするとグテッと倒れる二人。
村田幹隆
狐巫女 レベル82 (173/820)
HP 30/1180
MP 76/1180
STR 118
INT 118
AGI 118
DEX 118
VIT 118
LUC 118
川合茜
ハーフエルフ・盗賊 レベル3 (724/3000)
HP 31/112
MP 134/134
STR 5
INT 6
AGI 20
DEX 19
VIT 4
LUC 8
狐火による経験値アップはもはやよくわからない次元になっていて、幹隆は計算することを早々に諦めた。また、レベルアップによるステータス上昇の効果はすさまじく、スケルトンウォリアーもケイブベアもそれほど苦労せずに倒せるようになってきた。だが、後ろに茜を守りながら、攻撃を受けないように慎重に盾を使いながら、というのはかなり神経を使う。倒す時間が短くなっても、それはそれで大変なのである。
少々の怪我ならば狐火の癒やしで治しているが、相変わらず熟練度が0のままで成長が見られないし、どの程度まで治せるのかイマイチわからない。かなりの重症も治せるようだが、注意しておくに越したことはないだろう。
少しの休憩の後、ケイブベアの肉を焼き、二人で食べる。さすがに肉の臭みにも慣れてきたが、やはり味気ない。
「外に出たら」
「出たら?」
「あの串焼きを絶対に食う!」
「そうね。私もあの大雑把な味付けでお腹いっぱいになりたい」
世界史で大航海時代を習った時に聞いた、「香辛料を求めて」という理由がものすごく納得できる。塩コショウは偉大だ。
また一つ外へ出るモチベーションを高めると、改めてゆっくりと休む。本来は見張りを立てて交代でと言うところだが、この穴ならば安全に眠ることが出来る。
目を覚ますと、少し残しておいた肉を口にして水を飲み、ダンジョンを進む。それほど遠くまで行くことはせず、十分程度歩いたら戻るように心がける。何があるかわからないのがダンジョン。安全のためのマージンは多めにとっておいても取り過ぎることはない。
「前方、骨」
「了解」
幹隆が盾を構え、茜も剣を構える。本来は弓矢を使いたいが、既に矢は使い切っている。騎士の剣は長さがある分だけ重いが仕方ない。
ガシャガシャと骨を鳴らしながらスケルトンウォリアーが迫り、ブンッと剣を振り下ろす。ガキン、と盾で受け止めると、左右から剣と棍で叩きまくる。すっかり定番になったパターン。だが……
「!マズい!」
「え?」
「後ろ、骨!」
「くっ」
今までずっと一対一になるようにしてきていたし、今回も油断はなかった。だが、ダンジョンのどこに魔物が出るか、なんてランダムだから急に背後に現れるのも珍しいことではない。
「逃げ……」
逃げろと言いたいが、狭い通路。逃げる場所はない。考える余地はない。幹隆は迷うことなく茜に盾を押しつけて通路の壁に張り付かせる。
「うおおおお!」
先に戦っていた方はだいぶダメージを与えているのでやや動きが鈍い。これなら茜が盾の陰に隠れていれば大丈夫と判断し、新手の方へ向かう。
今まで盾で受け止めていた分を、回避するようにしなければならないが、おいそれと戦闘スタイルは変えられない。だが、ここまでに上昇していたステータスのおかげか、それともスケルトンウォリアーの振り回す剣が鈍なのか、当たってもそれほどのダメージにはなっていない。数発食らう毎に狐火の癒やしを使えば倒せそうだ。
「キャッ」
後ろの悲鳴に思わず振り返ってしまう。
茜が掲げていた盾と壁の隙間にスケルトンウォリアーの剣が刺さっている。
「茜!」
「ミキくん!前!」
「くっ」
振り向きざまに一発、また一発。
なんとか倒して茜の元へ向かうが、ちょうどスケルトンウォリアーの剣が盾を弾き飛ばし、茜に斬りかかったところであった。
「きゃあっ」
痛みに苦悶の表情を浮かべる茜。左腕から出血している。
「狐火の癒やし!癒やし!癒やし!」
これで治ってくれと願いながら、スケルトンウォリアーへ棍を振りかざす。茜の怪我も心配だが、今のこの脅威を振り払わねば!
ガシャン、とスケルトンウォリアーが倒れると、茜のもとに駆け寄る。
「大丈夫か?」
「う……うん」
「血が!」
「ミキくん、大丈夫。もう傷も塞がってるよ。拭き取れば……ほらね?大丈夫。ありがと」
「……良かった」
いや、良くない。茜に怪我をさせてしまったのだ。
「一旦戻ろう」
「うん」
さすがに少し気持ちが落ち着かない。今までが順調すぎて、気が緩んでいたと言えなくもない。まずは落ち着ける場所へ行こう。
魔物に会うこと無く、穴に戻り、盾でフタをすると改めて茜の傷の具合を確認。狐火の癒やし三連発のおかげか、どこを切られたのか全くわからないほど綺麗に治っている。
「はあ……よかった……いや、ちっとも良くないけど……茜がなんとか無事で」
「ミキくん、大げさだよ」
「いや、治せたから良かっただけだよ。治せなかったらどうしようもなくなってたんだぞ」
「そうだけどさ。治ったからいいじゃ無い、結果オーライよ」
「そうだけど……」
「ここはダンジョン、危険なのは当たり前。二人とも無事で良かった、でいいじゃない?」
「茜がそう言うなら……」
「でも、さすがに少し休みたい。ちょっと膝が笑っちゃってて」
「同じく」
村田幹隆
狐巫女 レベル84 (93/840)
HP 151/1200
MP 30/1200
STR 120
INT 120
AGI 120
DEX 120
VIT 120
LUC 120
川合茜(狐火の影響下)
ハーフエルフ・盗賊 レベル3 (854/3000)
HP 21/112
MP 134/134
STR 5
INT 6
AGI 20
DEX 19
VIT 4
LUC 8
「……なんかおかしい」
「え?」
戦闘開始前の幹隆のレベルはこれだ。
狐巫女 レベル82 (173/820)
そして、あとから来たスケルトンウォリアーを倒した。狐火の癒やしを何度か使ったのでこうなった。
狐巫女 レベル83 (453/830)
そして、狐火の癒やしを三回使って茜を治療し、スケルトンウォリアーを倒した。狐火はちょうど三十個。
狐巫女 レベル84 (23/840)
レベルが上がっているのでわかりづらいが、レベル84になるまでに必要な経験値は307だった。ということは獲得した経験値は400と言うことになる。
そして茜の方だが、戦闘開始前はこうだった。
ハーフエルフ・盗賊 レベル3 (724/3000)
それがこうなった。
ハーフエルフ・盗賊 レベル3 (914/3000)
経験値が190入っている。
茜が経験値を130獲得するためには、スケルトンウォリアーに半分以上のダメージを与えていなければならない。だが、実際にはダメージのほとんどを幹隆が与えている。
「……確かに変よね?」
「ん?もしかして……って、そもそもその『狐火の影響下』って何?!」
「何だろ?」
改めて狐火の説明を読む。
狐火魔法
狐火 消費MP10
熟練度 0
狐火魔法の基本となる魔法。
使用すると術者の周囲を漂う狐火を召喚する。位置はある程度の範囲で自由。
狐火を戻すと、MPが十回復する。ただし最大値を超えて回復しない。
狐火のある間、術者は経験値を十%多く獲得する(端数切り上げ)。
狐火の影響下にある者は経験値を五%多く獲得する(端数切り上げ)。
ただし、どちらも現在レベルよりも多く獲得することは出来ない。
狐火を複数出していた場合は加算される。
「この狐火の影響下、という状態だとしたら……」
仮定の話だけど、と前置きして幹隆は話す。
スケルトンウォリアーの経験値は200。だが、この狐火の影響下にある者同士は経験値を平等に配分するとした場合、幹隆と茜はそれぞれ100ずつ経験値を獲得する。
そして幹隆は狐火一個あたり十%多く経験値を獲得する。狐火一個あたり十。つまり三十個の狐火があったので三百の経験値を追加で獲得するので合計は四百。
茜の場合、狐火一個あたり五%多く獲得できるので、一個あたり五。だが、茜のレベルが三なので、一個あたりの経験値は三で止まる。その代わり三十個の狐火のおかげで追加獲得経験値は九十になり、合計で百九十。
「計算は合うわね」
「これって、結構とんでもないことかもな」
魔物を倒した時の経験値は与えたダメージで配分されるため、ここまでは幹隆が大半の経験値を得ていたが、平等に配分するなら茜のレベルアップも加速する。おまけに経験値アップのボーナスが付くならば……
「この仮定が正しいとすると、外への脱出の危険性がグッと低くなる」
「そっか、私のレベルが上がれば、それなりに戦えるようになるから……」
「すぐにでも確認したいけど、今はとりあえず休憩しよう」
「うん。慌てず騒がず落ち着いて、ね?」
絶望的とも言える状況に一筋の光明。
何としても生き抜こう、と決意を新たに二人はひとときのまどろみに身を委ねていった。




