生きるために
「はあっ、はあっ」
「ミキくん、大丈夫?」
「ああ、何とか」
スケルトンウォリアー以外の敵、ケイブベア。分厚い毛皮と筋肉による防御は固く、倒すのにかなり時間がかかる。おまけに、ぐいぐいと盾を押してくるのを押し返しながらの戦闘はかなり幹隆の体力を消耗させる。あの冗談みたいな太さの爪でも傷一つ付かない盾には驚いたが。
茜はフラフラの幹隆を引きずりながら穴に飛び込む。
「少し、休もう」
「うん……」
村田幹隆
狐巫女 レベル22 (18/220)
HP 11/250
MP 7/250
STR 25
INT 25
AGI 25
DEX 25
VIT 25
LUC 25
川合茜
ハーフエルフ・盗賊 レベル1 (412/1000)
HP 31/88
MP 102/102
STR 5
INT 6
AGI 19
DEX 18
VIT 4
LUC 8
「ミキくん」
「はい」
「耳を塞いでください」
「こう、かな?」
幹隆が頭の両側を両手で押さえる。
「ミキくんの耳はそこじゃないでしょ?」
「あ、そうか」
頭の上の耳をペタンと倒して両手で押さえたのを確認すると、茜は一つうなずいて穴の奥の方へ。幹隆は通路側を向き、耳を塞いでひたすら待つ。
ただの生理現象である。
さすがの茜も目の前で堂々できるような神経は持ち合わせていないし、聞き耳を立てるようなデリカシーのないことをするような幹隆ではない。
しばらくすると、チョンチョンと茜が幹隆の肩に触れる。
「……」
「……」
「……」
「……なんか言ってよ」
「えと……お疲れ様?」
「バカ!」
なんで叩かれなきゃならないの?て言うか、こういうとき何て言えばいいんだ?若干の理不尽さを感じながらも、次までに何か気の利いた台詞を考えておこうと思った幹隆だった。
「ふう」
「休もうか?」
「そだな」
また何度か戦い、無事に生き延びたことを喜びながら、二人揃って穴の奥の方でゴロンと横になる。
「……喉渇いたな……」
「うん」
「……水探さないとな……」
「そだね」
ダンジョンの中は暑くもなく寒くもなく。だが、生きるために水は必要だ。かき集めていた水筒は節約しながら飲んでいたが、先ほど全部飲みきってしまった。
幹隆は横で寝ている茜をじっと見つめる。額に、首筋に光る汗……ゴクリ、と喉が鳴った。
「……ミキくん?」
「わわわ……な、何でも無いよ。うん、なんでもない」
「……えと……その……な……舐めたい……の?」
「う?うふぇええええ?!」
「べ、別にいいよ……でもその代わり……私……私も!舐めるからね!」
「えええええ?!」
不毛だったのでこの辺にしておいた。汗を数滴舐めたところで何も変わらないのだ。
だが、喉の渇きよりも、空腹よりも……幹隆は飢えていた。獣人の本能が、それを喰らえと言わんばかりに感情を昂ぶらせていた。隣で寝ている茜の首筋、二の腕、太もも。
食いたい。
肉を食いたい。
本能と極度の飢えが引き起こす衝動。幹隆はグッとこらえ、目を閉じる。今は少しでも体を休めよう。目が冴えて寝付けない。羊を数えようとしたが、柵を跳び越える羊を片っ端から捕らえてジンギスカンにしてしまうイメージになってしまう。それでも三頭目で、何故か満腹感が得られ、スッと眠りに落ちていった。
数時間後、幹隆はまたしても茜にじっくりと寝顔を見つめられている状況で目を覚ました。
「お、おはよ……」
「ん、おはよ」
「起きるの待ってた?」
「私も起きたばっかり」
「そうか」
起き上がり、パンパンと両手で頬を叩く。疲れはなんとか取れて……いない。やはり食事、水分補給を何とかしないとな。
ダンジョンに長期間潜る場合、水と食料はすぐに直面する大きな問題となる。水に関しては魔法が使える者がいる場合、水を作る魔法が使えることが多いため、あまり大きな問題ではないが、食料に関してはなかなか難しい問題となる。長期保存が利き、調理の手間をかけずにぱっと食べられ、かさばらない物。大抵は干し肉か、固いパンに少し味を付けただけの物のどちらかになる。
だが、それでもアクシデントはある。何らかの理由で荷物を落としてしまったり、魔法が使えない状況になったり。そう言う時にはどうするか。現地調達である。
「……最有力候補は、あのクマ?」
「だなあ……」
スケルトンウォリアーは骨しかないから食べる所なんて無いが、ケイブベアはクマだから肉がある。
「考えても仕方ない。とりあえず今まで通りに誘い込んで倒す作戦。それでケイブベアが倒せたら、肉を剥ぎ取ろう」
「ん、わかった」
お互いに装備を確認し、穴から通路へ出る。幹隆が盾を構えて前に出る。慎重に。焦りは禁物だ。
「はあっ、はあっ」
ドサリ、と幹隆が倒れる。ようやくケイブベアを倒したが、さすがに体力が限界だった。
「ミキくんは休んでて。私がやるわ」
「いや、茜こそ休んで」
「いいから」
起き上がろうとしたがグイッと肩を押されると、ストンと座ってしまう。そして、動けない。ダメだな、俺は。茜の負担になっていないかと不安になってくる。
しばらくごそごそとやっていた茜が穴の中に戻ってくる。大きな肉のかたまりを持って。
だが、幹隆もただ待っていたわけではなく、火を点けて調理する準備を整えていた。
「それにしてもあの騎士……携帯コンロに鍋も持っていたとか意外だったな」
「そうね」
携帯コンロは魔石を燃料として、火をおこすことが出来る魔道具。それほど高価ではないが、買うには金貨が必要な道具である。燃料にする魔石は大量にあるので、気軽に使えるのはありがたい。
とりあえず肉を薄く切り分けて、鍋の中へ投入。焦げ付かないように気をつけながら火を通す。フライパンとか鉄板ではないが、火を通すだけなら普通の鍋でも十分だ。
「……とりあえず食ってみる」
「うん」
焼き色の付いた肉を一切れ、口に運ぶ。
「……茜」
「何?」
「すっごい臭い」
「マジで?」
恐る恐る茜も一切れ口に。
「むあ……ホントにくっさい」
「香辛料って偉大だな」
「でも……我慢するしかないんだよね?」
「ああ」
肉という栄養、そして肉汁という水分――大半は油だと思うが――で腹を満たす。獣臭さがひどいが、我慢するしかないと自分に言い聞かせればなんとか食べられた。そして……
「ミキくん、何か目が生き生きしてる」
「そうか?」
「やっぱ、肉食なんだね」
「まあ、満足感はある」
食べ終えたところで改めて作戦会議。
「戦い方は今まで通り」
「うん」
「ただし、ケイブベアを倒したら出来るだけ肉を取って食べる」
「うん」
「そのために時間を割いても別に構わないとしよう」
「オッケー」
「それと、俺のレベルが五十になったら」
「なったら?」
「もう少し遠くまで行ってみよう」
「そうね」
ここ数回、目に見えて戦う時間が短くなってきているので、状況によっては穴に戻らずに戦ってもいいかもしれないと幹隆は考えている。油断は出来ないが、いつまでもこの穴から離れられないというのも問題だ。
少しの休憩の後、ダンジョンの通路へ進む。魔物を見つけると少しずつ後退しながら誘導し、穴に隠れながら倒す。倒し終えたら魔石を回収して、また通路へ。地道な作業だが、一番確実なやり方だ。
ダンジョンの中は時間に関係なく薄明るいため、時間の経過がよくわからない。おそらく三日か四日はたっただろうという頃、ようやく幹隆がレベル五十を超えた。
村田幹隆
狐巫女 レベル51 (13/510)
HP 243/660
MP 7/660
STR 66
INT 66
AGI 66
DEX 66
VIT 66
LUC 66
川合茜
ハーフエルフ・盗賊 レベル2 (133/2000)
HP 61/99
MP 117/117
STR 5
INT 6
AGI 20
DEX 18
VIT 4
LUC 8
既に狐火の数は二十個を超えており、一回の戦闘で入る経験値は考えるのが馬鹿らしいほどに増えている。
そして、スケルトンウォリアーは言うに及ばず、ケイブベアもそれなりに戦えるようになってきており、剥ぎ取って焼いた肉を袋に詰めて保存食代わりにする程度の余裕が出てきていた。
「まずはレベル五十を超えた」
「うん」
「予定通り、もっと遠くへ進むことにしよう」
「うん」
「だが、その前に休む!」
「賛成」
バッグを枕にして並んで横になる。
「ミキくん、起きてる?……」
「ん?何だ?」
「大丈夫?」
「何が?」
「無理、してない?」
「……多分してる」
「えっと……」
「だけど、無茶はしない」
「え?」
「茜と一緒に外に出る。そのためには多少の無理は承知の上。だけど、無茶をして取り返しが付かなくなるのは絶対に避ける。それだけは約束するよ」
「ん……ありがと」
茜が寝息を立て始めたところで、幹隆も目を閉じる。いよいよ、ここからが本番だ。




