異世界転移、学年全部
不定期連載になると思いますが、よろしくお願いします。
最初だけ2話同時投稿です。
村田幹隆について聞いたら中学時代の友人は揃ってこう言う。
「普通の奴だった」
「一緒に卒業できなかったのは残念だったけどな」
村田幹隆について聞いたら高校の同級生は揃ってこう言う。
「一コ上だからちょっと取っ付きにくいかな」
「話すと普通なんだけどな」
高校二年の彼は、修学旅行のバスに乗っていた。
行き先は、良くありがちな、奈良と京都。高速道路を走るバスはあと一時間もすれば最初の目的地である東大寺に到着する予定だったが、突然道路がまばゆく光り、四台のバスを全て飲み込んだ。
幹隆は、その光に思わず強く目をつぶり、体中を何かが這い回るような感覚に気味悪さを感じていたが、どういうわけか体を動かすことが出来ず、やがて意識が遠のいていった。
「う……痛てて」
体の奥にじわじわと染みるような痛みを感じて目を覚ますと、硬い床の上に寝かされているようだった。両手をついて体を起こし、辺りを見回す。どこか地下室を思わせるような暗い部屋の中には同じように体を起こし、周りを見回している者がちらほら見える。暗くて誰なのかさっぱりわからないが。ここはどこで、一体どういう状況なんだろうか、と思った拍子にいきなり頭からバサリと布をかぶせられた。
「わわっ」
慌てて両手をバタバタさせたが、どうやらただ単に布をかぶせただけで、拘束しようとしたりと言った意図はないようだ。そして布は袋に穴を開けた、いわゆる貫頭衣のようなもので頭と両腕を出すと、ちょうど腰のあたりに結ぶためのヒモがついていた。周りを見ると、あちこちで幹隆にしているように布をばらまいている者が数人いて、目を覚ました者は戸惑いながらもその服――と呼ぶにはあまりにも粗末だが――を身につけているところだった。
一体全体何が起きているのだろうかと、とりあえずヒモを結びながら幹隆には気がかりなことがあった。
体の感覚がおかしい。いろいろな意味で。
ヒモを結び、とりあえず『服』らしくなったところで、ゆっくりと立ち上がる。胸元に感じる違和感、そして股間の喪失感。
――俺、女になってる?!――
もう一つの違和感は……きっと性別すら変わるほどの変化のせいだろう。
川合茜について聞いたら高校の同級生は揃ってこう言う。
「普通の子だよね」
「ちょっと小さくて可愛い子」
実際、高校二年生にしては背が低く――本人は百五十センチあると主張している――誰が見ても「ちょっと小さい」と感じるが、本人が気にしているようなのであえて言う者はいない。顔立ちは目立って美人ではないが可愛らしい、ごく普通の女の子だ。ちなみに一年生の時に一度だけ、隣のクラスの男子に告白されたこともある――テンパりすぎて断ってしまったが。本人としてはもう少し背の高さが欲しく、さらに欲を言うならボンキュッボンの最初の「ボン」の増加を願っているが、なかなか難しいところであることは理解していた。
茜も幹隆同様、修学旅行のバスに乗っており――隣のクラスなので、バスは別だった――同じように突然の光に飲み込まれ、暗い部屋に倒れていたのだが、いきなり布がバサリとかけられたことで目が覚め、「ひゃうっ」と悲鳴のような声を上げて飛び起きた。
「な、な、なな……」
何で裸なの?と声を上げそうになるのを抑えつつ、頭からかけられた布を慌ててかぶる。頭と両手を出す穴があることに気付いて、なんとか服らしくなったところで、ちょっとだけホッとする。下着を着けていないのでかなりスースーするが全裸よりマシだ。
腰のあたりにあったヒモを結びながら、茜は体に感じる違和感に気付いた。
手足が長くなってるような気がする。そして
――なんか、スタイルが良くなってる?!――
その部屋にいた者全員が突然こんな所にいるという事実に戸惑い、ほぼ全員が体の違和感を抱いている中、一人の男――服装はなんだかおとぎ話に出てくる王国のえらい人のように見えた――が、明かりを持った男を引き連れて一段高いところに立ち、告げた。
「全員、そちらの扉から出て突き当たりの部屋へ移動するように。詳しい説明はそちらでする」
誰もが「なんだかわからない」という表情であったが、とりあえず言われるままに――茜は流されるままに――歩き始めた。
扉を出ると、長い廊下になっており、幹隆は集団の中程を歩いていた。この歩く、と言う行為自体がありがたいと思いながらも精神的なショックは計り知れない。
(息子よ……)
思春期まっただ中の男子にとって、その悲しみは如何ほどか。
廊下の壁には明かりが灯されており、皆の様子がよく見える。集団の後方を歩きながら茜は考える。
(ウチの学校、人間しかいなかったよね?)
まず、半数近くは人間のように見える。だが、髪の色は黒だけでなく、金や銀がちらほらいるし、緑や青、ピンクなんてのもいる。そして、背の高さもまちまちで、高いものは三メートル近くあるし、低いものは腰のあたりまでしかない。映画やアニメでしか見たことがない、ドワーフとかエルフとかそう言うものもいるのだろう。そして、残りはさらにカオスな状況だ。例えばすぐ横を歩いているのは、顔が完全に猫で全身が毛で覆われて尻尾の生えた猫人間だし、その向こうはトカゲのような見た目だし。他にも鳥のように羽があったり、筋骨隆々で角の生えた鬼のようだったり様々だ。あ、一人だけケンタウロスがいた。
そんなふうに観察している内に、廊下の突き当たりの扉が見えてきた。
中は先ほどの部屋よりも広く、正面とおぼしき壁際には完全武装の騎士が――いわゆるファンタジーで見るような甲冑に大剣を携えている――ずらりと並んでいる。
幹隆が誰かに声をかけてみようとしたとき、騎士達の並ぶ中央に先ほどの男性が大きな箱を持った男女数名を連れてやって来た。
「静まれ!今からお前達に何が起こったのか手短に説明する!」
ザワザワとしていた集団は意外にもスッと静まり、全員が男に注目した。
「まず初めに私だが、この国『レクサム』の宰相ダミアン・マシューだ」
ダミアンと名乗ったその男は、この事態について「詳しくは明日説明するが」と前置きして話し始めた。
レクサムのある大陸の遙か北の方に魔王がおり、人類を滅ぼすべく活動を開始したこと。その動きに対抗すべく、異世界から勇者候補を召喚する儀式を行ったこと。
「あの、質問いいですか?」
「構わんよ、なんだ?」
金髪イケメンが挙手して質問をする。
「異世界から勇者候補を召喚って……俺たちは普通の人間でしたよ?勇者候補と言われても……」
「ああ、そういうことか。簡単な話だ」
召喚により世界を隔てる壁を超えるとき、魂が壁に攪拌されて、いろいろな影響を受けて、元の世界にいた頃とは違う才能に目覚めるのだという。だが、その才能が、魔王を打ち倒すためのものになるかどうかはかなり確率の低い賭けになる。そのため、魔王に勝てる勇者が召喚されるまで、何度も行わなければならないのだが、魔法の触媒や魔術師の準備が膨大になるのが問題だった。
しかし、大勢を召喚すると攪拌するときの波が相互に干渉するらしく、魂が受ける影響も大きくなる事が長年の研究でわかっている。つまり、一人を召喚するよりも大勢を召喚した方がより多くの才能……すなわち勇者候補を召喚できる可能性が高いというわけだ。
だが、一方で受ける影響が大きすぎて肉体にも影響が出る。その結果、顔立ち・体型・髪色と言った見た目の変化では済まず、性別はおろか種族すら変わってしまうことも珍しくない。実際、ここにいる中で『人間』のままだった者でも、顔立ち・髪色などはかなり変わっており、元の日本人だった頃の面影のある者は見当たらない。
「なお、ここに召喚したのは十代の男女のみだ」
「え……」
「才能を目覚めさせるには、そのくらいが一番良いらしいのでな」
つまり、あのバスの中からいきなり生徒だけが消えたと言うことになる。バス四台分、約百四十名がいきなり消えるだけでも充分ニュースだが、生徒だけというのはさらに異常だろう。
元の世界の現状を想像し、茜は少し目眩がした。高速道路と言うだけでも結構心配されたのだ。多分、母は一週間くらい寝込むのではないだろうか。
幹隆は「よくありがちな異世界転移、勇者召喚タイプ、クラス全部対象で四クラス分」と理解した。部活などをしていない彼はその手のラノベをいくつか読んだことがあるので。しかし、状況を理解したと言っても、元の世界で各方面に心配をかけているのは間違いないだろう。
「さて、ここに召喚された者の才能を調べる魔道具がある。これで全員の才能を調べる。その後はこちらで用意した部屋で休み、明日からはもっと詳しい、今のこの大陸の情勢を教えたり、魔王と戦うための訓練を行う」
「もしも才能に目覚めていない者がいたら?」
「召喚直後は目覚めていなくてもあとから目覚めることもあると言うからな。見捨てたりはしない」
ダミアンが合図をすると扉の近くにいた騎士がゆっくりと扉を開く。するとメイド服を着た女性が数名入ってくる。
「この隣の建物に諸君の寝泊まりするための部屋を用意した。さすがに一人一部屋は用意できなかったので、そこは我慢してくれ。だが、各部屋に一人ずつ侍従をつけるので、生活には困らないはずだ」
「あのー、服とかは……?」
「廊下に用意してある。大きさをいろいろ用意しているので部屋に行くときに受け取ってくれ。人数分そろえるのに精一杯だったので、飾り気の無い服だが、街で自由に買うことは可能だから、それまでは我慢してくれ。さて、質問はこのくらいでいいな?才能を調べよう」
魔道具の準備が整ったらしく、早速手近な一人が前に連れ出される。幹隆の位置からは詳しい様子は見えないが、何か水晶玉のような物に触れると文字が浮かび上がる仕組みらしい。
「狩人です」
「よし、次」
ダミアンと一緒に入ってきた者達が結果を読み上げ、記録しているようだ。
二人目は「鍛冶職人」と聞こえたのだが三人目でどよめきが上がった。
「け、剣聖……」
「おお」
名前通りに解釈すれば、剣の達人の才能と言うことだろう。いわゆる勇者候補、と言う奴だ。
その後も次々と調べられていく。吟遊詩人、薬師、占星術師といったあまり戦いに向きそうにない才能が見つかる中……
「賢者」
「聖者」
「槍聖」
二十人も調べないうちに勇者候補が四名も見つかり、ダミアンもなかなかに機嫌が良いようだ。
(さて……こうして見ていても始まらないし、行くか)
幹隆は早めに才能を調べてもらうつもりでいた。自分がどういう才能を得たかも興味があるが、それ以上に切実な問題があった。
(早めに動かないと一人部屋がなくなる可能性がある)
少ないながらも一人部屋はいくつかあるだろう。いくら同級生と言っても、赤の他人。せめて寝るときには最低限のプライバシーを確保したいのは決してわがままな考えではないはずだ。そう考えて少しずつ前へ進んでいった。
(どうしよう……)
茜は悩んでいた。なんだか状況はよくわからないし、周りに見覚えのある顔はない。不安ばかりが先行してることもあり、誰かが「茜、私だよ、○○だよ」と言ってくれた方がありがたい。辺りをキョロキョロ見回したとき、ふと目に入った人物に目を引かれ、一か八か、すぐ後ろに並ぶことにした。
「……次」
幹隆は三十人目くらいに滑り込み、水晶玉の前に立つ。
水晶玉はソフトボールよりも少し大きいくらい。幹隆がそれに触れると、ほんのり光り、文字が浮かび上がる。
「名前は?」
と聞かれたので、前にやっていた者と同じように「幹隆」と、姓はつけずに答える。
「……」
「よし、行っていいぞ」
男が浮かび上がった文字を読み上げて、何かに書き込むと外へ向かうように言われた。
読み上げられた才能の内容が全く理解できないまま追い出されるように部屋の外へ。年配の女性が上から下まで見回しサイズを確認すると、隣にいる女性達に手早く指示を出す。指示を受けた面々はささっと服を手に取り、まとめて幹隆に押しつけてくる。
「部屋はどうしますか?」
「そうだな……」
「……ミキくん?」
一人部屋が開いているか?と聞こうとしたところで思わぬ名で呼ばれた。
目について気になった人のあとに続いて才能を聞き、茜は部屋の外へ。あの歩き方、ちょっとした仕草、間違いない。服を受け取ったところで、思い切って声をかけた。この学校で彼女しか使わない呼び方で。
幹隆のことをそうやって呼ぶのは、家族と親戚くらい。高校でそうやって呼ぶ人物には一人しか思い当たる者はいない。
「……茜か?」