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幸福の結晶

 水彩画のような澄んだ青が広がる空に、真っ赤な薔薇の花弁が無数に舞う。国で一番歴史のある教会の鐘の音が響き、正面扉から新郎新婦が登場した。


 初夏に行われたサンドリヨン王国の王太子の結婚式は、国を挙げて祝われた。町中が祝福の言葉で溢れかえり、どの通りを見ても国旗が翻っている。貯蔵庫からはワインが出されて、今日だけは皆、無礼講で美酒に舌鼓を打っていた。


 皆の希望が一点に集められたような華やかな式も、いよいよ終盤に差し掛かった。教会の正面扉から門の外に止めてある馬車まで赤い絨毯が敷かれ、その上を本日の主役である王太子、シャルルが歩いていく。真っ白な礼服が眩しく、裾を彩る金糸の刺繍が日の光にキラキラと輝いている。髪を後ろに流した彼は、優しげな美貌が引き締まって、いつもより頼もしそうに見えた。

 

 二人目の主役は、シャルルと腕を組んで歩く女性だ。大きなブーケを持ったエルティシアである。艶のある栗色の髪は複雑に結い上げられ、その上で生花が楽しそうに咲き乱れている。ゆったりとした白いドレスは清楚で、いかにも新妻の衣装に相応しかった。シャルルの腕を取って赤絨毯の上を進む足取りは優雅なだけでなく、誇りと気品に満ちてもいる。さながら、自分以外にこの役目を全うできる者など他にいないのだと、国中の女性に喧伝しているようだ。


 だが、何と言っても目を引くのは彼女の表情だろう。エルティシアは笑みを浮かべていた。しかし、それは王太子妃然とした取り澄ました笑顔ではなく、夢を叶えた少女の微笑みそのものだった。まるで国中の幸福を凝縮したかのような面持ちだ。幸せという目に見えないものが、形を持って人々の前に降り立ったとしたらこんな姿を取るのかもしれない。喜色を露わにする花嫁の明るい前途を、誰もが信じて疑わなかったことだろう。


「お二人とも、とても素敵ですね」

 時々立ち止まりながら参列者から花を受け取るシャルルとエルティシアを見て、ヘレナが感嘆のため息を漏らした。


「本当だね。今日の姉上は……いつにも増して綺麗だよ」


 ヘレナの隣で、エリオットは濡れたハンカチを握りしめた。体の奥から歓喜が大波のように押し寄せてくるのを感じる。できることならば、今すぐにでもその情動に従って、久方ぶりに散歩に連れて行ってもらえた子犬のように、そこらを駆け回りたい。誰彼無しに、「あの人は僕の姉上です。素敵ですよね。うらやましいでしょう?」と大声で自慢話を繰り広げるのも悪くはなさそうだ。


 エリオットはそんな衝動と戦うように、足をピクピクと痙攣させた。だが、走り回ったり、国中の人に話しかけたりしたいのと同じくらい、ここにもいたかった。ここにいて、エルティシアの晴れ姿を目に焼き付けておきたいのだ。

 

 そんな葛藤に苛まれたように、視界が滲んでくる。しかし、一生に一度しか見られない大好きな姉の花嫁姿を一秒たりとも見逃してしまうのが惜しくて、ハンカチで目頭を抑えながら、エリオットは涙を零すのを懸命に堪えた。

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