なりたいもの
「ヘレナ……今までごめんなさい」
エルティシアは喉奥から絞り出すような苦しげな声を出した。ドレスのスカートをぎゅっと握りしめている。ふっくらとした手の甲が白くなっていた。
「私、本当に嫌な子だったわ。あなたに酷いことばかりして……。許してなんて言えないわ。でも、私……」
「エルティシア様……」
ヘレナは胸が一杯になったような表情をしていた。震えるエルティシアの肩に手を置く。
「……エルティシア様も辛かったんですよね。もう良いんですよ。……あの人たちはいなくなったんですから。私たち、まだやり直せると思います」
「……優しいのね」
エルティシアは顔を上げた。赤くなった目を瞬かせ、鼻をグスグスすする。その後、ゆっくりと微笑んだ。
「私たち、なれるかしら。この絵みたいに。……こんな風なきょうだいに」
「きょうだい……」
ヘレナが呟いた。彼女の視線が絵画へ、そして次にエリオットの方へと滑る。その後、何故かヘレナは意を決したような表情になった。
「無理、じゃないでしょうか」
ヘレナはエリオットの方を向いたままだった。顔が真っ赤だ。心なしか呼吸も荒くなっているような気がする。
「私はエリオット様のきょうだいにはなれません。あ、あなたの恋人になりたいから……」
言い終えるとヘレナは顔を俯けてしまった。ヘレナは、まるで何時間も走り続けた後のように心臓を脈打たせ、疲れ果てているように見えた。
精も根も尽き果てたように感じられるヘレナを前に、エリオットは沈黙していた。言われた内容をとっさには呑込めなかったのだ。あたかも雨が降った後の水捌けの悪い土壌のごとく、ヘレナの言葉が脳内へと上手く浸透していかなかった。
「……だめ、でしょうか」
だが、ヘレナの消えて無くなってしまいそうな小さな声に、エリオットは我に返った。突然の事態に呆然としていたのが嘘のように、頭の回線が繋がっていき、どこかで停滞していたヘレナの言葉が腹の奥へと落ちていくのを感じる。ヘレナはエリオットのことが好きだと言ったのだ。好きだから恋人になりたい、と。だとするならば、自分が返すべき答えなど、一つしかないではないか。
「ヘレナ……。勝利を確信しているときは、もっと堂々としていて良いんだよ」
今度は、エリオットがヘレナの肩に手を置く番だった。
「僕が前に君にプロポーズしたの、覚えてないの?」
ヘレナははっとなったようだ。エリオットは自然と零れ出た柔和な笑みで続けた。
「君のことが好きだよ、ヘレナ」
ヘレナが目を瞠った。たちまちその頬が羞恥とは違う薔薇色に染まる。本当に綺麗だと思った。
「これが、エリオットだけの幸せだったのね」
見つめ合う二人の傍ら、エルティシアが呟いた。
「……でも、無理なんてことないじゃない。だって、私にとっては結局、ヘレナは妹っていうことになるんだから」
そう言ったエルティシアもまた、幸せそうな笑みを浮かべていた。




