目的のもの
「あら、ヘレナだわ」
ふと、階下に人の気配がするのに気が付いたエルティシアが、視線を下に向けた。彼女の言う通り、ヘレナが庭の掃き掃除をしている。
「今日は暖かいけれど、それにしたって、随分薄着ね」
エルティシアは心配そうに言った。ヘレナは時折箒を動かすのをやめて、かじかむ手に息を吹きかけている。
「後で温かい飲み物でも持って行ってあげるように、誰かに言おうかしら。ねえ、どう思う? エリオット」
エルティシアがエリオットの方を向いて首を傾げた。
それまでも少しずつエルティシアがヘレナに歩み寄る兆しは見せていたが、ミランダとアイリスがいなくなってからは、精神的に余裕ができたのだろう。エルティシアはヘレナに対して、気遣いすらできるようになっていた。やはりあの二人の存在が、エルティシアから健全な思考を奪っていたようだ。毒気の抜けたエルティシアは、エリオットの目には、前にも増して美しく、気品あふれる令嬢のように見えた。
「そうですね」
エリオットは、エルティシアの眩しさに目を細めながら思案顔になった。温かい飲み物も良いが、ふとあることを思い付いたのである。せっかくエルティシアも生まれ変わったのだし、『あれ』を見せるのに今は最良の時期なのかもしれない。
「姉上、少し出掛けませんか? ヘレナも入れて三人で」
「どこに?」
「ローゼンベルク家領ですよ」
エルティシアは「どうして?」と首を傾げた。自分の家が治めている土地ではあるが、彼女は特別な用がない限り、自領に足を踏み入れるようなことがこれまでになかったからだ。だというのに、いきなり弟がそんな話を持ち出したため、驚いているようだった。
「見せたいものがあるんです」
エリオットは詳しく説明しなかった。実物を見てもらう方が早いだろうと思ったのだ。




