取り戻した平穏
一騒動が終わった後の時間は穏やかに、しかしながらあっという間に過ぎていった。害意と侮蔑の消えた屋敷は、こんなにも広く、明るく、暖かかったのだと皆、改めて思い出したようだ。以前は、本を読んでいても庭を散歩しても食事中でも、始終張り詰めた空気を感じていた。それが、春の訪れと共に溶けた淡雪のように、どこにも存在しなくなったのである。
「もう、あの人たちはここに来ることはないのね」
ミランダたちが辺境の城砦へ輸送された日の朝、廊下で出会ったエルティシアは、晴れ晴れとした表情をしていた。「もちろんです」とエリオットは返す。
「この屋敷は安全になりました。もう誰も、姉上を傷つけません」
「あら、私だけじゃないわ。『私たちを』でしょう?」
エルティシアは柔らかな笑みを浮かべた。『私たち』とは、自分とエリオットのことだけではない。この屋敷中の人のことを指しているのだ。彼女もまた、ローゼンベルク家に流れていた、冷たく淀んだ空気が澄み渡ったものに変わったのを、肌で実感したのだろう。
「姉上、書斎へ行きましょうか? さっきマリーが部屋へ来て、証拠品として提出されていた指輪が返ってきたと教えてくれたんです」
もちろん、指輪とは、ローゼンベルク家に代々伝わる家宝のことだ。ミランダたちの裁きは終わったので、今まで重要な証拠品として押収されていたものたちも、元通りに返却されることになったのである。
エリオットの提案にエルティシアも同意して、二人は書斎に足を運んだ。中に入ってみると、ちょうど使用人たちの手によって、指輪が棚の上に戻されているところだった。久方ぶりに定位置に帰ってきた指輪は、事件のことなど我関せずといった風に、冴えた光を放っていた。
「指輪は万全な状態かしら?」
使っていた梯子を片付けている使用人に、エルティシアが尋ねた。使用人は「もちろんでございます」と恭しく答える。
「ここに戻す前に職人にも見せましたが、傷や欠損は見当たりませんでした。以前と何ら変わりないとのことです」
片付けを済ませた使用人たちは、エリオットたちに一礼してから退出していった。エルティシアは棚の上の至宝を眺めて、「良かったわ」と漏らした。
無論、この指輪の価値は、ついている宝石の数や、彫刻のきめ細やかさではなく、指輪自体が持つ歴史にあるのだが、その外観も昔と変わっていないことに、エルティシアは安堵しているようだった。
「もちろん、扱いには気を付けてくれると思っていたけれど」
エルティシアはエリオットの方を見て、意味深長に笑った。
今回の事件が、自分の暗躍の末に引き起こされたものであることを、エリオットはエルティシアに言っていない。こんな真っ黒な話は、エルティシアが知らなくても良いことだからだ。だが、どうやら彼女はエリオットの関与を薄々察しているらしかった。それでも、深く追求する気はないようだ。
エルティシアは、ダンスを踊るような軽やかな足取りでテラスに出て、伸びをした。そして、弟に向けて朗らかに笑ってみせた。称賛の笑みだ。エリオットはその隣に立って、舞踏会のパートナーにするように、エルティシアのふわふわした手を優しく握った。
そのまま見つめ合った姉弟は、お互いに悪戯が成功した子どものような表情を浮かべていた。テラスの向こう側の空は、遠くまで透き通っている。まだ冬の盛りだが、日差しは柔らかかった。まるで、天気まで自分たちを祝福してくれているようだった。




