徒花の葬送
「ミランダさん、さっきの手紙、まだ持っていますよね? 僕の代わりに開封しても良いですよ」
「て、手紙……?」
ミランダは、先程エリオットから取り上げた紙切れのことを、すっかり忘れていたようだ。訝しみつつも、封を切る。
「なっ……」
中を見た途端、ミランダの顔色が変わった。「何だい?」と言いながら、アイリスも横から覗き込み、顔を強張らせる。
「あなた……いつの間にこんな勝手なことを……」
「半年くらい前ですかね」
エリオットは飄々と答えた。ミランダたちは足の先から徐々に震えを立ち上らせ、最後には、花びらのような美しい形をした唇を戦慄かせていた。まるで、葉を切り落とすための鋭い顎を持った蟻が、自身の体の上を這い上って来るのに気が付いた植物のようだった。
「長々と引き留めてしまって、申し訳ありません。もう話は終わりました」
エリオットは警邏隊長に、にこやかな笑顔を向けた。もっと二人をいたぶって遊んでやるのも悪くはないが、どんな物事にも引き際はあるものだと思ったのである。
「ちょっと! 何を勝手な……!」
ミランダは憤慨して留まろうとしたが、無駄な足掻きに終わった。警邏隊の者たちは、乱暴ではなかったものの強引に、ミランダとアイリスを屋敷の外へ連れ出した。
残されたのは、床に落ちた一枚の紙だけだ。ミランダに強く握られていただけでなく、警邏隊員にも踏まれたので、皺くちゃになり、あちこちに泥が付いている。それでも、書かれていることを読み取るのに不自由はなかった。
『エリオット・フォン・ローゼンベルク殿
貴殿は前期卒業試験において、以下の成績を収めましたことをお知らせいたします。貴殿は本学院の定める卒業要件を満たしておられますので、今年度の卒業証書授与式にご参加いただきますようご連絡を申し上げます。
聖エリザベート学院学院長』
エリオットの卒業試験の成績が書かれた紙の方は、人波に揉まれた際に、ホールの隅の方まで滑っていって、そこで丸くなって転がっていた。だが、わざわざそんなものを拾いに行かずとも、今持っている手紙に目を通しただけで、エリオットが卒業試験に合格したのだということを知るには事足りた。
聖エリザベート学院の卒業試験は八月と一月に行われ、そのどちらかで及第点を取れば卒業できる。そして卒業試験は、最終学年以外の生徒でも受けることが可能だった。ミランダもアイリスも学院の卒業生なのに、そんなこと、すっかり忘れていたらしい。
エリオットが受けたのは、八月の前期卒業試験の方だった。試験が始まったのは学院の一日の授業が全て終わった後だったので、帰宅時間がいつもより随分と遅くなってしまったが、その日はたまたま、ミランダのもとに大勢の記者が品評会についての取材のために訪れていたので、彼女はエリオットの動向にまで気が回らず、帰宅が遅いことを変に勘ぐったりはしなかったようだ。
貴族家の当主となるには、聖エリザベート学院を卒業していることが第一条件である。この手紙によって、ミランダが危惧したような、当主不在の期間は卒業式までの三か月間だけとなった。その後に、エリオットは正式にローゼンベルク家を継ぐ。エリオットとしても、よく知りもしない遠縁の親戚などを家の当主として引き入れて、また屋敷が住み心地の悪い場所になるのだけは避けたかった。
「ライザ、スフレを作ってきてよ」
エリオットは晴れやかな表情で、まだミランダたちが連れて行かれた方を見ているライザに声を掛けた。
「後で、談話室にでも運んで。姉上と僕と、それからヘレナの三人分を、ね」




