落花心なし
「あ、あいつだよ!」
その状態で、アイリスは儚い抵抗を試みた。エリオットの方を素早く指差す。
「あいつが全部やったんだよ! 捕まえるなら、あいつにしな!」
しかし、警邏隊の者たちはその場から動こうとしなかった。エリオットは、愉快な気持ちになって薄く笑う。
「助けてあげましょうか?」
意外すぎる一言に、ミランダもアイリスも目を見開いた。エリオットは、明日の朝食の献立を尋ねるような、何気ない口調で続ける。
「ただし、お二人が今までのことを、姉上と僕、それにヘレナに謝罪するならですけど」
「何を仰りたいのですか!」
ミランダが、頬をまだらに紅潮させながら叫んだ。その隣では、アイリスも口の端を痙攣させている。二人とも、まるでエリオットに酷い侮辱の言葉を吐かれたかのような表情をしていた。
「わたくしがいなくなったら、困るのはあなたですのよ! わたくしの他に、一体誰がローゼンベルク家の当主を務めることができると仰るのかしら!?」
「あなたも代理じゃないですか」
エリオットは呆れつつも、緩くかぶりを振る。しかし、心の中では冷ややかに哄笑していた。
ミランダたちがこんな提案を承知しないということくらい、エリオットには分かっていた。今まで見下していた者たちに、今度は自分が首を垂れるなど、プライドが許すはずがないからだ。それでもエリオットがあんなことを口にしたのは、二人を辱めるために他ならなかった。
二人とも、エリオットに言われたことを自分たちが実行する光景を――床に額を擦りつけて、エリオットたちに必死で許しを希う様を、束の間、頭の中に思い描いてしまったことだろう。そして、そういった想像をせざるを得ないほどに追い詰められているということに気が付き、愕然とすると共に、耐えがたいほどの屈辱を味わった。
そんな彼女たちの内心に想いを馳せていたエリオットは、すまし顔を崩さないように全神経を顔面に集中させなければならなかった。油断していると顔の筋肉が弛緩して、つい大笑いをしてしまいそうになるからだ。




