悪役令息も信頼くらいします
――最後はクリアリーさんです。
エリオットはダニエルの方を見た。
――指示が無くてもするとは思いますが、一応言っておきます。他の貴族たちの扇動を担当してください。勝者は不正により決まった。こんなことが許されて良いのか、という抗議の署名か何かを集めて、直訴してほしいのです。できれば国王陛下辺りに。
――私らしい役回りだな。良い仕上げだ。
快活に笑いながら、ダニエルはエリオットを称賛した。
――私の息子にも見習ってほしいものだ。あれには狡猾さが足りない。
そんなことを言いつつも、彼は息子のニルスを大切に思っているのだ。ヘレナは七周目でニルスと恋仲になったが、ローゼンベルク家の者と息子が結ばれることに、ダニエルは猛反対し、ニルスは勘当される寸前まで追い詰められた。
だが、最終的にダニエルは、愛息子が愛した相手だからとヘレナのことを認めただけでなく、自身も彼女の一途さに心を動かされ、義理の娘としてヘレナを可愛がることになるのである。元々一家円満として知られるクリアリー家で、ヘレナはその後幸せに暮らした。ニルスのルートでローゼンベルク家が没落するのは、義理の娘の今までの扱いに激怒したダニエルが、全力でローゼンベルク家を潰しにかかってきたからだ。
ダニエルは、たとえ敵対関係にある相手でも実力を認めることができるし、正当に評価もする。エリオットは、彼がそういう一面を持っていることを知っていたから、今回、仲間に引き入れても平気だと判断したのだ。彼なら信用できると思ったのである。もちろん、そんなに簡単に彼の眼鏡に適うとは思っていなかったが、ダニエルの反応の変化からするに、彼はエリオットに対して、好意的に接する気になってくれたらしい。
――お褒めの言葉、ありがとうございます。……あっ、そうだ。クリアリーさんが僕の計画に乗って、受ける利益の話なんですけど……。
エリオットは、ふと思い出して付け足した。
――何もかもが終わって、僕が家の当主になった後のことですけどね。僕は、元々あった財産を減らしもしなければ増やしもしないような、緩やかな経営方針を取るつもりですので、これからは、ことあるごとにローゼンベルク家とクリアリー家が張り合うような事態は起こらなくなると思います。つまり、ローゼンベルク家はクリアリー家と反目することはなくなるし、宿敵の座からも降りることになりますね。
野心なんて欠片もないエリオットにとっては、ローゼンベルク家の現在の状態が維持できれば、それで良かった。だから、いつまでも名門の矜持を賭けて、他の家と様々なところで争う気などさらさらなかったのだ。
――クリアリー家にとっての目の上の瘤がなくなりますから、これからは心置きなく、あらゆる方面で覇権を握っていってください。僕は邪魔をせずに、クリアリー家が栄えていくのを、隅の方でのんびりと見守っていますよ。
――……何だ、やはり無欲じゃないか。
ダニエルは、膝の上でゆったりと指を組みながら言った。
――積年の好敵手がいなくなるのは妙な気分だな。だが……君がそれを望むというのなら、止めたりはするまい。クリアリー家の輝かしい隆盛を、草葉の陰から見守っていてくれ。
――……僕の話、聞いていました? 僕は、ローゼンベルク家を凋落させる気はありませんよ。
ダニエルの冗談に、エリオットは笑って応じた。その傍らで、ユリアがうずうずしている。
――ああ……楽しみですね。
ユリアは、今にも鼻歌を歌いだしそうな晴れ晴れとした表情で、頬を薔薇色に染めていた。ウィリアムやハリスのインタビューを掲載した新聞が、飛ぶように売れるところを想像しているのだろう。名門貴族が起こした不祥事という、またとない特ダネ。それを真っ先に報じる権利を獲得できるというのが、ユリアがこの計画に携わるメリットだ。エリオットが逐一説明せずとも、そんなことは彼女にはよく分かっているようだった。
――でも、どうせなら、もっと早く決行してしまえば良かったのに。そうすれば、今月初めの冬の特大号の一面記事として載せられたんですけど……。
ユリアは、まるで誕生日の贈り物がお預けになった子どものように、口惜しそうに目を細めた。
――実際にローゼンベルク家が品評会で優勝してしまってからの方が良いんですよ、こういうのは。
残念がるユリアに対して、エリオットは事も無げに言い切った。確かにローゼンベルク家が行った裏工作を暴くだけなら、彼女の言う通り、他のタイミングでも良かったのだが、エリオットは復讐のために、最適な瞬間まで待つことにしたのだ。
――だってその方が、皆の嫌悪感を煽れるでしょう?
最適な瞬間とは、言うまでもなく、ミランダやアイリスにとっては最悪となる頃合いのことだった。
誤字報告ありがとうございます。
「草葉の陰」は主人公をからかうために使用した言葉となっています。




