用心が肝心
――家名だの何だの、僕は興味ありません。僕は昔から、ローゼンベルク家が好きではありませんでしたから。
全てはミランダとアイリスのせいだ。彼女たちがやって来たことによって、エリオットはローゼンベルクという家に好感を持てなくなった。恐らく、クリアリー家がライバルとしてローゼンベルク家を嫌うよりも、エリオットの方がもっとこの家を厭っているのではないだろうか。
――でも、だからと言って、ローゼンベルク家の誉れが地の底まで落ちるのは困ります。そんなことになったら、姉上がシャルル様と結婚できなくなりますからね。
昔は、エリオットと結婚すると言って聞かなかったエルティシアの気が変わったのは、幼い彼女が、初めて王宮の舞踏会に出たときのことだった。そこで出会った、輝かんばかりに美しい王子――シャルルに、彼女は一目惚れをした。それ以来、エルティシアはずっと彼の虜なのだ。
エリオットには、大好きな姉の恋を成就させてやらなければならないという使命がある。エルティシアがシャルルの婚約者になれたのは、一重に栄誉ある名門貴族の令嬢という肩書があったからだ。それが失われた結果の悲劇を、今は無きヘレナのセーブデータは嫌と言うほど記録していた。そんなことを、今回も引き起こす訳にはいかない。
――だから僕は、スミスさんとクリアリーさんにお願いしたんですよ。今後は変なちょっかいを掛けないでくださいね、って。……今更、嫌なんて言わないでくださいよ?
確かにローゼンベルク家の者が不正を行っていたとなれば、それは一族にとっての汚点となり得るだろう。だが、長い歴史を持つ名門の名を真に廃れさせるのは、起こった出来事を、家の外の人間がどう受け取るかということなのだ。皆が気にしないと言えば、どんな欠点でも無いも同然になるし、目くじらを立てれば、些細な棘でも取り返しのつかない傷となる。
そして、人々の判断はそれほどまでに肝心なものであるにも関わらず、彼らの多くは、自分の頭で善悪を考えるよりも先に、誰かに植えつけられた意見の方を鵜呑みにしてしまうのだ。ローゼンベルク家が不祥事を起こした場合に、真っ先に人々に自らの見解を押し付けるのは、ライバルのクリアリー家か、名家のゴシップが大好物のスミス・ウィークリーだというのは、火を見るよりも明らかだった。
しかも彼らは、ローゼンベルク家の者が犯した失態に、寛容な態度を取るはずもない。声の大きい二者からさも悪者のように扱われるローゼンベルク家は、人々の目にも悪玉のように映り、皆、糾弾を開始するだろう。そうやって、人為的に作られた悪感情によって、ローゼンベルク家は没落していくのだ。