懐柔
――そのウィリアムさんっていう人の証言だけでも、別に良いんじゃないかな?
ハリスは、こんな真っ黒な企みの場に自分がいることが、まだ信じられないようだった。
――それに、君のお母さんや叔母さんが、審査員たちを買収しようとしていたのが本当なら、何も、大臣が賄賂の見返りに不正を行ったなんて存在しない事実をわざわざ作り上げる必要は……。
――ウィリアムさんの話だけでは、説得力に欠けるんですよ。見るからに、適当なことを言いそうな人ですからね。
エリオットは微笑を浮かべながらハリスを見つめた。
――その点、あなたなら信用に欠けるということがありません。社会的地位もあって、人品骨柄卑しからぬ紳士。皆信じますよ。
――い、いや。私はそんな……。
謙遜しつつも、ハリスの鼻の穴が膨らんだ。副大臣など、大仰な名が付いている割には便利屋のような役職であり、ノストルダム家も貴族の中では中流という高くも低くも無いような身分なので、こういったことを言われることがあまりないのだ。また、スミス・ウィークリーの愛読者ならば、彼が出世しないとしょっちゅう細君に愚痴を言われていることも知っていた。
――収賄だの票の操作だのが発覚すれば、フォーレスト大臣の失脚は確実ですよね。
エリオットは澄まし顔で言う。
――そうなると、次の宮内大臣としてノストルダムさんの名前が挙がるのは間違いないでしょうね。
――わ、私が大臣に……。
今まで手にすることが叶わなかった地位が目の前にあると、ハリスは不意に気が付いたようだ。ゴクリと生唾を飲み込む。
――夢のようだ……。
――夢じゃないんですよ。
エリオットは囁いた。
――あり得る未来なんです。僕に協力すれば、掴めますよ。
エリオットは、とっておきの笑顔を作った。そんなライバル家の次期当主の口八丁を、ダニエルが純粋に面白がりながら見ている。
実のところ、エリオットはフォーレスト大臣に何の恨みもなかった。だが、それでも彼を陥れようとしているのは、ハリスを味方に引き入れたいがためだ。『ウィリアムの証言だけでは信憑性に欠けるから、もっと社会的信頼性の高い人物の証言が欲しい』という先程のエリオットの言葉は、嘘でも何でもなかった。別にハリスでなくても良かったのだが、どうせなら与しやすそうな人物を、と考えた結果、彼に白羽の矢が立ったのである。
――た、確かにフォーレスト殿は、大臣としてはあまり良くない人物かもしれない。部下である私に、いつも無体な命令ばかりするし……。
ハリスは視線を宙にさまよわせながら、言い訳がましく呟いた。
――私も、そろそろ一花咲かせるべきか……。
ハリスの心は、ほとんど決まりかけていた。しかし、完全にエリオットの手のひらに転がり落ちてくる前に、彼ははっとなってこちらを見た。
――でも……エリオット君。確かに私は、け、計画に乗ることによって、少なくない利益を得るけど……君は? 大臣や審査員たちを、君のお母さんや叔母さんが買収していたことが分かれば、ローゼンベルクの家名に傷がつくんじゃないかい?
計画の首謀者の心配をするなんて、こんなときまでハリスはお人好しだった。だが、彼の想定した事態を、あらかじめ考えておかなかったエリオットではない。「平気ですよ」と返して、最初にユリアに遮られた話をすることにした。




